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ロンハー、クレしん、銀魂以上に子どもに見せたくない番組、教育上よくない番組がある

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子どもに見せたくない番組やアニメというのがあるらしいです。有名なところだとロンドンハーツとかですか。私も小学生の頃は見てた気がするが、最近は全然見ていない。テレビ自体を見る頻度が下がってきているというのもあるが。アニメだとクレヨンしんちゃん銀魂あたりが挙がるらしい。銀魂は見たことがないので、何が子供に見せたくないアニメと捉えられているのか?は分からないが、クレヨンしんちゃんは面白いだろうと思うがね。ただ、こういう教育上よくない番組みたいなランキングがあると、だいたい上位にくる番組は決まっている。そして、その理由は結局のところイメージによるところが多い気がする。私は最近あるテレビ番組を見て、この番組ってある意味教育上よくないよなーと思ったものがあった。それが「林先生の初耳学」というものだ。私はこの番組自体を否定しているわけではなく、この番組で先日取り上げた1つの回が問題だと思っている。それは見た人もいるかもしれないが、男女でTシャツの脱ぎ方が違う理由は何か?というものです。そういえば、男女で脱ぎ方が違うかもね?と私も思ったけど、男性は首の後ろを引っ張って脱ぐケースが多く、女性はTシャツの裾の部分を腕をクロスさせて掴み、そこを上に引き上げて脱ぐケースが多いらしい。言われてみれば、確かにイメージですね。

 

そして、その理由は何なのか?林先生の回答は「女性はメイクをしているので、そのメイクがTシャツにつかないようにしているのでは?」だったが、スタジオからは「いやいや、女性の脱ぎ方でもメイクはつくでしょう(笑)」と、ほとんど賛同してもらえず、結果としても不正解という状況だった。個人的には林先生の目の付け所は悪くないと思っている。それは男女でなぜ差があるか?ではなく、女性がなぜああいうやり方でTシャツを脱ぐのか?という点に着目している点です。男性の脱ぎ方と比べて、女性の脱ぎ方の方が面倒そうな手順が入っていて、より手間がかかっている気がするのだが、すると女性がそのTシャツの着脱の方法をとる理由があるはずで女性に何らかの事情があるために、女性は男性を違う着脱方法になっているのではないか?と考えるのが自然な気がするのだ。つまり、回答のポイントとしては女性にしかない何かを答えるのが良い気がする。そういう意味では、不正解ではあったが、林先生の回答は方向性としては良いと私は思っている。で、結局何が正解なのか?というと、番組上では、男性と女性のTシャツのシルエットが違うため、女性のものは身体のラインが出やすい作りになっているから。と解説されていた。この解説を見て、へー、そうなんだ!と思った人も多くいたに違いない。

 

しかし、私は「は???」って感じでしたよ。なんでそれが理由になるの???と思って、全く腑に落ちない。これって、要は男女でのTシャツのデザインが異なるということを紹介しただけなのです。それが=男女のTシャツの脱ぎ方の違いを説明できる理由になるか?は全然別問題なのです。だって、女性がそれを理由に、こういう脱ぎ方を選択しているとは限らないでしょう?実際、女性の中にも男性と同じような脱ぎ方をしている人がそこそこいるみたいなのです。つまり、女性のTシャツは男性ものよりも身体にフィットしやすいデザインになっているから、男性と同じ着脱方法では脱ぎづらいと、だから両手をクロスして裾を上に引っ張り上げていくやり方になっているんだ。というのが番組が考えた理由なのだろうが、女性もののTシャツを着ている女性の中に、そういう着脱方法をしていない人が普通にいる時点で、この説は崩壊しているのだ。だって、女性もののTシャツを着ている人が、男性の脱ぎ方をしても脱ぎづらさをそこまで感じていない人がいるってことになるから。女性もののTシャツは男性ものよりも脱ぎづらいという傾向が確実にあるということが言えないと、この説は成立しない。だから、男性と同じ脱ぎ方をしている人がいるという話になるし、実際両手をクロスして着脱する方法をとっている女性が、頭の中で「首元を引っ張って脱ぐやり方では脱ぎづらいな。両手をクロス手裾を引っ張って・・・お!これなら脱ぎやすいな!」という思考を経た結果、その脱ぎ方にたどり着いたとは、正直思えない。そういう思考のプロセスを経た結果、そういう脱ぎ方になっているならば、女性が実際にTシャツのデザインの男女差を意識した結果、その着脱方法にしているということになるので、この説は正しいと言える余地は残るが、私は無意識にやっているだけで、そんなことまで考えて導き出された脱ぎ方とは思えないので、これは理由になっていないと思うのです。

 

つまり、番組が用意した回答は、理由になっているように見えるかもしれないが、理由になっていない。それが理由である可能性が残るに過ぎないのだ。そういう意味では、林先生の回答と同レベルということになる。実際、じゃあ男性が身体にフィットした服を着ないのか?と言えば、着ますよね。私は細身の体で、どちらかというとある程度タイトな洋服が好きなので、サイズ的に体のラインがもろに出る服を着たこともあるけど、そのときに両手をクロスさせて脱ごうなんて思ったことはない。私は首の後ろを引っ張って脱ぐか、袖を引っ張って片腕をまず洋服の中に入れてから首を引っ張って脱ぐか?のどちらかのパターンしかない。実際、加圧トレーニングとかに使うTシャツは、女性ものの普通のTシャツと比べても圧倒的にタイトだと思うが、それを着ている男性が両手をクロスさせて脱いでいるシーンというのを見た記憶もないし、そういう脱ぎ方をするという想像もできない。つまり、番組が用意した回答はいくらでも反論ができるものであって、これをまるで正解みたいに扱うのはおかしいと思うのです。それが理由として成立する根拠が何もまるでないのに、勝手にそう思っちゃっているだけ。そして、それを子供から大人まで見て、へーって思っている人もいると思うけど、これは教育上よくないなと思うわけです。なぜならば、間違った知識を植え付けるから。つまり、理由になっていないものを理由だと勘違いさせることになるのです。子供に見せたくない番組やアニメということになれば、私はこういう類のものを挙げると思います。そういうことの弊害は実際に起きていると思う。

 

話はかなり逸れるけど、ベーシックインカムの話になると、絶対に出てくるのが財源問題なのですよ。ベーシックインカムの反対の人もいると思うんだけど、その理由の1つに「財源が確保できるとは思えない」っていうものがあります。これが反対理由だって人がいるんだけど、これもまさに理由になっていないケースの1つだ。財源がないだろうというのは、そもそもベーシックインカムに反対の理由になっていない。なぜならば、財源があるか?どうかというのは、ベーシックインカムが成立するか?を問う要素だからだ。つまり、これはベーシックインカムの可否の理由にはなるが、賛成や反対の理由にはならない。ベーシックインカムに賛成か?反対か?というのは、ベーシックインカムが成立するとしたらあなたは実現してほしいか?ほしくないか?を問う話であって、財源の問題は賛成か?反対か?とは別次元の話になってしまう。ベーシックインカムが成立するか?という問題がまず最初にあり、それが解決されたうえで、改めて賛成か?反対か?という問題が生じるのだ。だから、ベーシックインカムなんて実現できるわけがないという主張をするときの理由としては適当だが、ベーシックインカムに反対するときの理由にはならないと私は思っている。

 

子供に見せたくない番組やアニメという観点において、私はちょっと違う理由で見ているけど、ロンドンハーツやクレしん銀魂などはエンターテイメント性に関しての番組であって、面白いか?面白くないか?を争う内容だから、正直どうでも良いと思っている。しかし、大人になるまでの過程において、思考力や起こっていることの実態に関して、いかに正確に把握する能力というのにもろに悪影響を与える番組がこういったものになると私は思っている。先ほども言ったけど、林先生の初耳学という番組を否定しているわけではなく、そういう理由になっていないものを理由として説明してしまうような番組を否定しているので、他にも該当する番組はあるだろうし、当該番組の他の回はそんなに問題がないと言える可能性もある。教育上よくない番組として、林先生の初耳学で扱う内容な内容は絶対に挙がらないでしょうね。ああいう番組は雑学として、人の知識など役に立つと思っている人が多いと思うから。ただ、私に言わせれば間違った知識や思考力を植え付ける諸悪の根源になりかねないと思っているので、場合によってはああいう番組は子供に見せたくない番組やアニメの筆頭になると思っています。

 

林先生が驚く初耳学! (1)

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