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誰も幸せにしない批判を平気でして、自己満足に浸る日本人が多くいて残念だ

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年末年始の高齢番組である「ガキの使いあらへんで」の番組内容がいろいろと批判されている。その中の1つにタレントのベッキーさんにタイキックを食らわせたシーンが批判されているというらしい。私も高校生くらいの頃はガキの使いの笑ってはいけないシリーズを見て、大みそかを過ごしていたのだが、最近は観てないないですね。というか、テレビを見ないですわ。今年になってから7日くらいが過ぎたが、芸能人格付けチェックと箱根駅伝の往路、復路くらいしか観てない。だから、去年のガキの使いもほとんど見てないので、当該シーンも見ていないのだが、インターネットで検索をすると場面の描写が文章で説明されているサイトも見つかって、なんとなく頭の中で想像できる。で、そのシーンを見て嫌悪感を覚えたり、見たくないと言っている人もいるらしい。さらには謎の批判をしている人たちがいる。その代表が弁護士の猪野亨氏と就活問題とかでよくコラムを書いている常見陽平氏の2人だ。この2人は前から言っていることがさっぱりということがあったのだが、今回もさっぱりすぎる。主な批判の内容は「ポリコレ棒を振り回すみなさんを熱くした「ベッキータイキック」の件」に載っているから見てほしい。

 

>猪野氏は「このような番組が正当化される余地はありません」と番組の企画そのものを批判します。

 少なくとも生身の人間に対して暴力を振るうことを「お笑い」とすることはもはや「笑い」ではなく、イジメと同じ構造であり(断れない、拒否できない人を対象にしている)、このような番組が正当化される余地はありません。  

この異常な企画を「笑って見ている人たちが何と下品に見えることでしょう」と批判します。  暴力を振るうことも「シナリオ」になっているのでしょうが、そうした企画自体、異常であるし、ベッキーさんが嫌がる姿が仮に演出であったとしても、そうした姿をさらさせること自体に非人間性を感じるわけです。  笑って見ている人たちが何と下品に見えることでしょう。

 

この文章を読んで、この人バカなんじゃないかな?と思ったのは私だけではあるまい。書いてあることの全体を俯瞰すると、小学生でも言えそうな悪口を、大人っぽい文章に直しただけなのだ。正当化される余地はないという結論を放っておきながら、その根拠は全部が感情論であると。つまり、「俺はお前が嫌いだから否定をする論」なわけですよ。「いじめと同じ構造」とか言ってるけど、いじめをしているのはどっちなんですかね???呆れるばかりなんですが。つまり、特定の対象を否定する根拠が例えば法律とか、ルールではなく、明らかのこの人の感情論なんですよ。感情論で否定をして良いという理屈は、「俺はお前が嫌いだから明日から学校来るな」ということを言い放つのと同じなんですよ。どっからどう見ても、この弁護士の方がイジメの行為に近いはずなんですよ。それに気付かないってヤバイよね。

 

>で、常見氏は出演に感謝しているベッキーさんを「笑止千万の妄言」と批判します。

さらにはベッキーへのタイキック問題。これもどうかと思ったが、彼女はこんなコメントをしていた。 ベッキー ガキ使“タイキック”に感謝「タレントとしてありがたい」

笑われてナンボというタレントの矜持なのかもしれない。また、復活するための禊や話題作りと捉えているのかもしれないが、私はタイトルを見た段階で脱力し。文面を読んで、さらに失望した。 なんだ、こりゃ。 笑止千万の妄言である。  

(中略)

「ガキ使」に対しては、不満と不信が鬱積し、断固たる大衆的反撃の闘いの炎は燎原の火のごとく燃え広がりつつある。このような低俗な手段をもってして延命のあがきをする炎上放火者たる同番組に対しては、イデオロギーを超えて、無慈悲な鉄槌を振り下ろすべきである。

 

常見氏に言いたいことも猪野氏と同じです。全部感情論です。大の大人が人を批判するのに感情論しか言えないというのは情けない。

 

ちなみに上記の記事の筆者に関しては、猪野氏と常見氏を批判するスタンスなわけですね。

 

>だってこれって、ベッキーさんの所属事務所が日テレとその企画を事前同意して録画された「お笑い企画」であります。  

つまりサンミュージックプロダクションが日テレの下品な「お笑い興行」に自社芸人ベッキーをすべて了解した上で「お仕事」させてギャラを得たわけですよね。  

冷静に考えてベッキーさんや所属事務所がこんなお下品な「興行」参加したくないと思えば、参加しなければよかっただけだし、一歩譲ってベッキーサイドが日テレ企画のお下品な詳細を知らなかった、タイキックなどされるとは騙されたとすれば(サンミュージックの力は大きいのでその可能性は限りなくゼロに近いとは思いますが)、編集段階で降りればよかっただけです、話が違う、オンエアするなと(そんな話はこの種の録画番組ではゴロゴロあります)。

つまりベッキーさんや所属事務所は、その内容を納得したうえで視聴率的においしいお仕事として「タイキック」を自主的に「受けた」わけです。  

それだけのことですがな。

 

この意見に完全に同意ですね。頭が悪い人っていうのは、本質的な部分を見たときに、誰も幸せにしていない批判を平気でするわけです。こういうのを西村博之氏は「頭の悪い正義感」という言い方をしていたけど、この2人もまさにそれ。問題なのは、この2人が正義感からこういう発言をしているだろうと推測されること。つまり、この2人は正しいことと思ってこの発言をしているのだ。でも、今回の企画自体がベッキーさんと番組制作側の合意があったうえでのことで、どちらにしてもきちんとメリットをもたらしているであろうと推測される状況ならば、その批判自体は、この両者における望ましい状況をぶち壊す、単に空気の読めない批判でしかないのです。彼らは正しいことをしていると思ってはいるが、結果として誰も幸せにしないんですよ。それを正しいと思ってやってしまっているというのが、彼らの思考力の乏しさなんですよ。結局、批判する側の自己満足に終始するわけですよね。メリットがあるとすればそこだけなんですよ。で、批判する側の自己満足のメリットさえあれば許されるなんて話になると、先ほどもちょっと言ったけど、いじめも正当化できるわけですね。いじめだって、いじめた結果誰かを幸せにするわけじゃないのは同じです。でも、いじめた側の自己満足は恐らく生まれています。つまり、今回の猪野氏と常見氏の批判が肯定されるとしたら、当然いじめも肯定されないといけない。この2人がいじめを肯定しないと、矛盾が出るってことです。

 

世の中にはこういう人多いですよね。見た目のイメージだけで善悪を判断してしまう人たちが。ちょっと前に話題になったけど、サイゼリアかどこかのファミレスで料理を注文したが、ほとんど食べずに帰ったYoutuberが大々的に批判されていたが、あれを批判していた人たちも全く同じなわけですよ。料理を食べずに残して帰る行為が、「もったいない」として批判をしていたと思うのだが、あの状況を批判をすることで誰が幸せになるのでしょうか?まず大前提としてファミレスのような営業形態をしているところは、常に廃棄OKスタンスで運営をしているので、日夜食材が大量に廃棄されています。つまり、普通に考えたら批判を受けたYoutuberがそもそも来店をしていないとしても、食材が大量に待機される現実があるわけです。そのうえで来店したYoutuberが料理をほとんど食べずに帰ったとしても、それは彼らが来店しなかった場合と全く同じであると。つまり、彼らがやったことは「もったいない」には該当しない。すでにファミレスという存在がもったいない状況を生んでいるわけで、その状況はYoutuberの行為で変化したわけじゃないから。だから、ファミレスを批判するなら分かる(多くの人はファミレス、スーパー、コンビニなど廃棄がないと成り立たないお店を日常的に利用しているはずなので、その状況で批判をしても矛盾が出るが)が、Youtuberを批判しても何の意味もないのです。

 

で、ファミレス側からすれば大量の料理が注文されてお店の利益が増える。Youtuber側からすれば動画投稿のネタになるから、結果として彼らの利益も増える。完全にWin-Winなんですけど、これをぶち壊すメリットって何があるんでしょう?批判者の自己満足でしょうね。中には料理を大量に残されたことで、それを処理する店員は大変な思いをしているんだという批判もあったが、それは「ファミレスの店員の仕事だろう」という突っ込みがきてましたよ。それが嫌ならばそこで働かなければ良い。警察官をしていたら、道をいちいち聞いてくる人がいてウザいと言っているようなものなのだ。警察官が道案内をするのも仕事だろうと。それが嫌ならば辞めろという結論になってしまう。あとはファミレスにいた他の客が迷惑という話も出ていたが、一連の行為のどこが他の客にとって迷惑なのか?はさっぱりわからない。仮に迷惑だと感じていたとしても、店側がルールを決められる前提なので、店が許容する範囲内で利用をしていたのならば、それはお店にとって問題ないと。つまり、利用のルールを決める人間が問題ないとしているのだから、客側が文句を言うのは筋違いなのだ。このニュースも結局、批判をしている人間は誰を幸せにしているのか?全く考えないで発言をしていたものと思われる。逆に言うと、こういう脊髄反射で批判する人間が大量にいるから。炎上商法として利用されてしまうんですよね。

 

頭の悪い人々―人のふり見てわがふり直す「大人の教科書」
 

 

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