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テレビ番組のパクりを否定する人って、単なる無理難題を言っているのに気が付かない?

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>2月21日に放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)で、またもや“パクり疑惑”が浮上している。番組では八百長を持ちかけられた芸人たちの反応を調べる企画が放送されたが、別の企画との重複を指摘され、番組が批判を浴びた。

この日の放送では、同じTBS系列で放送される『スポーツマンNo.1決定戦』を模した企画を用意。ビーチフラッグスやアームレスリングで対決させる前に、別日程の決勝と別のスケジュールとが重複していることを指摘し、わざと負けるよう芸人に打診。互いに“わざと負ける義務”を背負ったふたりに八百長をさせ合う勝負の場を設けたのだ。

番組では『ペナルティ』のワッキーや『レイザーラモン』のHG、元ボクシング世界チャンピオンの内藤大助らにマネジャーが八百長を提案。ビーチフラッグスに参加した面々は、旗に向かって突進しながら、旗の存在に気付かないふりをするなど、わざと負けるために必死な姿を見せた。

極めつけはボビー・オロゴンなかやまきんに君のアームレスリング対決だ。八百長を持ちかけられて不満気味のふたりは、負けるために普段の腕相撲とは逆方向に腕を引っ張り合った。

視聴者は対戦相手同士が勝ちを譲り合う姿を見て面白がっていたが、ツイッターでは『Qさま!!』(テレビ朝日系)と同じ企画だという指摘があった。

《「Qさま!」の企画と同じ》

《これどっかで見たことあるぞと思ったけど昔のQさまか。マネージャーが八百長を指示する、みたいな流れから一緒だったから見覚えありまくりだったなぁ……》

水曜日のダウンタウン観てたら、初期のQさま!思い出した》

ツイッターの情報によると、Qさま八百長企画は、青木さやかが司会進行をし、にせの水泳対決企画への参加者に対し、八百長を持ちかける企画だったようだ。

番組制作側が企画の重複を認識していたかは定かではないが、《水曜日のダウンタウン見てるけど、八百長は割とあるんやろうな》といった投稿もあった。 視聴者がテレビ業界の“ヤラセ体質”を疑っているのは否めないようだ。

 

これは「水曜日のダウンタウン「八百長企画」にパクリ疑惑 | ニコニコニュース」からの引用になるが、少なくともここに載っているQさまと同じ企画だという声は、「批判」って感じでもないけどな。単なる指摘であり、そこに批判的なニュアンスは特に感じられない。ここに載っているコメント以外で、パクりに対する批判をしている人もいるかもしれないけど。こういうパクりはいけない的なニュアンスを含んだ記事を書いている時点で、そういう人に向けた部分もあるんだろうなと思いつつ、今回の水曜日のダウンタウンの企画以外でも、他番組のパクりを批判する声は見たことがあるので、実際パクり企画をよくないと思っている人は一定数は間違いなくいると思います。この際調べてみたら、確かにパクりを批判している人はいました。ただ、結局言ってしまえば、パクりの何がいけないの?で終わりだけどね。他の局の番組をパクることがいけないなんて決まりはどこにもないと思うし。もっと堂々とパクっている番組だってある。例えば、今はもう放送していないが、同じくTBSの「クイズタレント名鑑」という番組で、フジテレビの逃走中やテレビ朝日の帰れま10!などの番組を明らかにパクっている企画が放送されていたのだが、私は明らかにタレント名鑑のパクり企画の方が面白かった。その逃走中をパクったクイズタレント名鑑の企画「ギリギリ有名人が逃走中」は、その後水曜日のダウンタウンでもさらにパクられ、ピンポンダッシュしながら逃走中、オシャレしながら逃走中といった企画へと進化している。

 

パクった側がパクられた側よりも面白くなっているケースが多々あると思うので、パクることで生み出されるメリットも当然あるし、そもそも世の中のほとんど何らかのパクりだろう。成功例っていうのはだいたい真似されるものなのだから、それと同じだと思うんだよね。それこそYoutuberもテレビの企画を明らかにパクって(オリジナルに進化させて)いるような現状なので、パクりはもはや当たり前の現象だろう。それを批判した結果、誰が幸せになるのか?全く分からない。パクり企画だろうがなんだろうが、面白いと思っている人がいる限り、番組が視聴率を維持し続ける限り、番組側にとっても、スポンサー側にとっても本来何の問題もない。観ている側も何も問題ない。しかし、そういう状況を批判する人がいることで、一体誰が幸せになるのか?と言えば、それを批判している側の自己満足だけだ。つまり、その批判はあまりにメリットの小さい(デメリットの大きな)主張ということに、たいていの場合はなるのだろう。しかも、これは「批判」という言い方をしているけれども、基本的には批判じゃないんですよね。悪口に近い。だって、多くの場合が「つまらない」とか、「気持ち悪い」とかなんだもん。そうじゃないケースもあるかもしれないけど、私が見たところではそういう意見が多く見られる。論理的に根拠を持ち出して否定をしているわけではなく、感情的な否定なので、言ってしまえば、「いじめ」と何が違うんだろう?ということです。

 

要するに、何がいけないのか?具体的な客観的な説明はできないが、俺はこれが嫌いだという指摘であり、まさしく学校で起きているいじめと指摘の仕方は一切変わらないと思うんだよね。メディアも「批判」という表現を使っているけど、私に言わせれば、これは局側に対するいじめだわな。と思えてくる。「俺はお前が嫌いだからもう学校来るな」と言ったら、間違いなくいじめ認定されるだろうが、テレビ番組に対して、「(過去に前例のある)同じような企画はつまらない、気持ち悪いからもう作るな」という指摘は、性質は全く変わらない。つまらないとか、気持ち悪いという言葉は侮辱的な言葉なので、これがいじめとして扱われない意味は分からない。メディアも頭が悪いんだなと思っているけど、世間もこういう発言をいじめと思わないのは、同様の行為をみんなしているからだろう。テレビ番組に対して面白いとか、つまらないとか、そういう発言をすることが世間一般的におかしいことではない、悪いことではないという雰囲気が存在するため、それの是非ついてそもそも考えることをしない。犯罪者に対しては罵詈雑言を浴びせて良いという謎の理屈と同じようなものだろう。世間の大半はいじめがよくないと思っているにもかかわらず、無意識のうちにいじめと同じことをしているのだ。私も例外ではないと思うが。ただ、私はいじめとされているものが本当に全部否定されるべきものか?というのが疑問ですけどね。特に犯罪に該当しないもの、無視とかの不作為行為は何がいけないのか?マジで説明ができない。

 

で、ちょっと話は変わるけど、パクり企画だったとして、過去のいずれの番組、いずれの企画と全く似ないものを作ることはおよそ不可能だと思うんですよね。そんな方法があるなら教えてほしいし、パクりを批判している人って、そういう現実が見えていないんじゃ?、現実的にほぼ不可能なことを強いて、自己満足に浸っているとしたら、それこそおかしな話だと思うんですよ。佐野研二郎氏の東京五輪のロゴのパクり疑惑のときにも私は同じことを言ったのだが、デザインのパターンなんてこれまでどれだけあったのか?分からない中で、過去のいずれのデザインにも似ないロゴを作れというのは無理難題だ。たまたま誰からも似ているという指摘がなかったとしても、それは知られていないだけで本当に似ているデザインがどこかにあるかもしれないし、過去のどのデザインとも似ていないロゴを作るなんて不可能なのです。ましてや佐野氏のデザインやパクられたとされているデザインはいずれも非常にシンプルな構成要素で、複雑なところがほぼないから、パクる気がなくても似ることは十分考えられる。あのニュースのときにも当然パクり疑惑で佐野氏を批判していた人間は結構いたのだが、彼らに対しても「過去のあらゆるデザインと一切似ることがないデザインの編み出し方があるなら、それを教えろ」と私はブログ上で言った。もちろんそんな方法はないので、結局佐野氏を批判していた人間も単なる無理難題を強いて、自己満足に浸っていただけなのだろう。

 

それにブームには乗っかるのが当たり前で、視聴率がとれる企画があるならば、それをパクるのは明らかに得策だ。秋には焼き芋が売れやすいというのはあると思うけど、今では全国のいろいろなところで秋になると焼き芋を売る屋台が顔を出すはずだが、あれだって最初は1人の人間が始めたはずで、それをパクった人間が多数いるからこそ、今日のような状況になったのだ。あれも言ってしまえばパクりなのに、誰も批判をしない。秋に街中で焼き芋ばっかり売るんじゃない!他にもいろいろな売れば良いだろう!という批判は一切聞かない。それは焼き芋を売る屋台が秋になる出る光景がもはや当たり前に思っているからであり、何の違和感もないからだろう。違和感を覚えれば批判するし、覚えなければ批判はしない。そんな部分が多くの人にあるのではないか?と思う。秋になると焼き芋を売る行為もパクりではあるとしても、それはそれが商売をやるうえで得策だから。であり、番組が企画をパクるのも同じ理由だ。視聴率がとれると思ったからだろう。番組のパクりが悪口言われないといけないならば、世の中で同じようなことを言われるべき存在は山ほどあるのに、どうして他には向かないのか?謎であるし、パクりを否定して一体誰が幸せになるのか?否定をした側だけが幸せになっているとしたら、この現状はいじめと何が違うのか?世間に訴えたい。

 

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