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努力が報われないのは、みんなと同じ努力をするから?間違った努力だから?

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「努力が報われない」ということを口にする人がいる。努力をしても成果が出ないことに対して、当然不満はあるのだろうが、その努力は本当に正しい努力なのか?は分からない。正しい努力というのも基準がないもので、なんとでも言えるものだが、本人は努力をしているつもりでも、それが努力になっていない、別の人から見たときには努力に見えないということがあるはずだ。努力が報われないと感じたときには、努力が足りないという可能性もあるのだけど、本人がやっている努力それ自体が間違っている可能性がある。間違っている努力をやっている限り、成功はしづらい。そして、多くの人間は「みんなと同じことをやること」が努力だと思っているんじゃないか?と思われる。例えば、会社で勤めている人がいて給料が上がらないと不満を口にする人がいるだろう。給料が上がらないことに不満を感じている人は、自分なりに会社で努力をしているのかもしれないが、会社でやる努力というのは、言ってしまえばみんなやっている。その会社だけじゃない。別の会社との利益の奪い合いという意味では、全国の会社、または全世界の会社を含めた中での努力として評価しないといけない。

 

だから、例えば、自分が毎日12時間労働をしているとしても、他の会社の労働者みんなが同じ時間だけ労働をしていたら、その努力の分は差にならず、会社の利益にもなりづらく、結果として給料は増えない。努力の差が成果に結びつくときには、同じような努力をしている他者と差ができないといけないのだが、たくさん働くという非常に簡単な誰でも思いつく努力は、言うなればみんながやっている。自分の見えないところで、それぞれの人がたくさん働くという努力をしているがゆえに、自分がたくさん働いたとしても、それが給料に反映されるとは限らないのだ。つまり、この場合努力をすることによって報われる可能性が低いということになるのです。元の給料がものすごい低ければ、たくさん働くことによって給料が増える余地はあるだろうが、ある程度の額をすでに貰っているとなると、それ以上稼ぐのは難しい。就職試験だと、こういった部分は非常に如実に表れている。webテストという、事実上カンニングや協力プレイなどがし放題の試験があるのだが、そういうことは「やってはいけないこと」と考えている人も多いようです。問題はそれが本当にやってはいけないことと言えるのか?どうかです。

 

webテストをやる就活生の中には、カンニングや協力プレイなどをやる人は少数派だと思うが、一定割合はいると思う。彼らは多分悪いことをしているとは思っていないと思うのです。何でやらないの?くらいに思っているのではないだろうか?私が知っている限りでは、そういった行為が不正行為として扱われたというのは聞いたことがないし、それによって内定取り消しに遭ったというのも聞いたことがない。就活生は面接で嘘をつきまくっていると思うのだが、なぜ嘘は良いのに、そういった行為はしてはいけないと思うんだろう?理由として1番大きいのは、面接の嘘はみんながやるから罪悪感がない。しかし、webテストカンニングや協力プレイは明らかに少数派なんだろうから、やって当たり前の感覚になれない。だから、やってはいけないと思ってしまうのでしょう。でも、やって当たり前と思っている以上、その努力はみんなやるので差になりづらい。しかし、みんながやらないような行為を努力として行うと、それは如実に差になりやすい。結果、世間で非難されるような人が成功するみたいな構図になるわけです。

 

何かの番組で、林修氏が「嫌われる人ほど成功しやすい」とか、「成功者は嫌われやすい」とか、そういうことを言っていたと思うのだが、これはもうその通り。非常識なことをしないと成功しないのだから、非常識を嫌う日本人においては、成功者は嫌われますよね。という、非常に簡単な話なのだが、基本的に多くの人は嫌われるのを嫌うんですよね。嫌われるのを嫌うっていう感覚は私は正直言ってよく分からない。私は嫌われることに関して何の抵抗もない。それは別の言い方をすると好かれることに特に価値を感じないからなのです。芸能人とかは重要なのかもしれないけど、普通の人には関係ない部分のような気がするのですよね。好かれた結果昇進するみたいなことがあると思うので、無関係ではないんだろうけど、好かれる努力によって得られるものがあまり魅力的に思えないというのが、私の感想です。さっきのwebテストのやり方に関しても、少数派のやり方をして、それと公表すると多分嫌われますよね。でも、それって本人にとっては、真っ当なんですよ。だって、目標は内定を取ることであって、その内定を取るためにはwebテストを通過しないといけない。通過する確率が上がるならば、それは目標を達成するための努力として正しいんですよ。1人で受けるという行為が努力として間違っているとは言えないかもしれないが、努力の効果がより大きいのは、さっきのやり方なんですよね。だから、効果が大きい方法があって、誰でもすぐに思いつくのに、なんでやらないの?という疑問を持つ人がいると思うのだが、そういう人からすると、1人でひたすら問題を解き続けるのは、間違った努力に見えてしまうのではないか?ということなのです。

 

この場合、1人で解き続けるのは自己満足しかないと思うんですよね。あえて、そっちの方法を選ぶ理由がないって感じなんじゃないでしょうか?私も1人で解いてましたけどね。私の場合はそもそも頼める人がいなかったというのが原因だが。私は留年したので、大学の知り合いなどは1年先に就活していたわけですよ。だから、頼める相手がいなかったので、1人で解いて、そして落ちてという感じでした。就活もすぐやめたから、webテストも1社受けていないんですけど。当時の自分を振り返って、1人で解き続けることが正しい努力とはあまり思えないのです。企業の採用基準を考えたときに、1人で全て解いて80点の人よりも、他人の力を借りて85点の人の方が欲しいだろうなと思うわけです。会社での仕事って、カンニングも協力プレイもオッケーなんで、要はビジネス向きなのはそっちの人間なんです。優秀な営業マンほど、嘘をつくのが上手い(ばれない嘘をつく)と言われているみたいなのですが、それも営業で相手を騙すのはよくないって風潮があるんでしょうね。そういう風潮があるならば、みんな営業では大きな嘘はつかないので、そこを突いて大きな嘘をつきながら、それがばれないような状況に持って行こうとすれば、その営業マンは結果的に優秀というか、成果を出しやすいとなるのでしょう。一言で言えば、みんなと違う性質の努力をすることが重要ですが、もっと詳しい言い方をすれば、正しいとされている風潮こそが間違っていると思えるような人の努力は実を結びやすいのではないでしょうか?

 

 

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