就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

早稲田大学も震災当時は意味不明なことを言う不謹慎厨だったという事実

【スポンサードリンク】

毎年この季節になるとどこかで水害が起き、たくさんの被害が出ることが多い。今年もそういった状況のようだ。それを受けて、広島と阪神の3連戦がすでに中止となったようだ。「広島 9日からの阪神3連戦中止を発表 豪雨で多数犠牲者「十分に検討した結果」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース」の記事をたまたまネットで見つけたのだが、あまり腑に落ちない。

 

>これまで地域と共に歩んできた広島東洋カープといたしましては、このような甚大な被害により、多数の犠牲者が出ている中で試合を行っていいものか十分に検討した結果、明日からの阪神戦を中止する決断をいたしました。

 

詳しい状況は分からないものの、公共交通機関などが乱れており、中止は妥当という意見もある。仮にそれが理由ならば納得できなくはないのだが、記事に書かれていることを見ると、それが理由なのではないのではないか?と思えてくる。なんとなく試合をやって楽しんではいけないみたいな雰囲気から、中止にしたんじゃないの?と思えてくるのだ。試合を見たかった人もいたと思うし、そういう人がいてはいけない理由はないと思います。そういう人を不謹慎とかいう言葉を使って責める人間もいるのと思うが、客観的に悪いことをしているわけじゃない。他の人が感情論で責めたくなるようなことをしているだけだから。この記事を見て、7年前のことをふと思い出してしまった。私自身もそういう経験してますからね。2011年の東日本大震災のときには、地震発生後2週間後くらいかな?計画停電とかあった頃だと思うけど、当時私はゲームセンターに入り浸っており、その当時も春休みで特にやることもなかったから、ゲームセンターに行こうとしていたら、確か営業時間がすごい短縮されていて、夕方くらいには閉店してしまっていたのですよ。そのことをmixiの日記か、つぶやきかなんかで書いたら、自分のマイミク(中学生のときの同級生)から、「こんなときによくゲーセンなんか行けるよな」みたいなコメントが書かれていたんですよ。

 

当時、こういうことを思っている人は多分多かったと思うし、彼らにとってはそれが正しいってことだったんでしょうね。私は表面上は空気を読んでコメントを返したが、心の中では「あ、こいつバカだな」とかなり蔑視した状態でした。バカだと判断した理由は、私がゲーセンを自粛することの結果を何も考えていない(震災直後にゲーセンに通うイメージの問題だけで判断をした)こともあるが、自分の感覚が絶対に正しいと思っちゃう奴、しかもそれを他人に平気で強要する奴なんだなと思ったし、マジで面倒だから、関係をさっさと切りたかった。私がゲーセン通いを自粛して何のメリットがあるのでしょう?ほんとに理解できませんでしたね。後に話題になるけど、こういう自粛は何も生まない。経済を停滞させるだけであり、不謹慎厨が叩かれたのは記憶に新しい。あと、さらにはあの早稲田大学が卒業式と入学式を中止にした際に以下のことを言っていたらしいのだ。「卒業式はなぜやるのか、なぜやらないのか : yoh-labの風景」から引用させてもらう。

 

東北関東大震災をうけて、大学の卒業式が中止になっている。我が早稲田大学の決定は相当に速く、卒業式も入学式も中止、さらに前期授業開始が連休明けまで延期された。それ以前の決定である被災した入学学生に対する措置(入学時期の最大1年延期)には、熱いメッセージを感じたが、それ以降にとられた措置には、だんだんと疑問が募ってきた。 そして今日、教務部長から、自主的な卒業式も禁止するという発表があった。その文面は、以下の通りである。

「【重要】2011年3月に卒業される学生の皆さんへ(再掲)  

東北地方太平洋沖地震等による余震や計画停電による交通機関の混乱が 予想されるため、多数の関係者が一堂に会することの危険性を軽んずるこ とができないことから、3月25日、26日に予定しておりました卒業式・大学 院学位授与式を中止としたことについては既にご承知のことと思います。 新たな社会への門出としての卒業式を中止せざるを得ないことは、 心苦しい限りではありますが、一部の学生の中では、このような状況にも 関わらず自主的に卒業式を行おうとする動きがあるやに聞き及んでいます。 もとよりそのような行為は、自分達だけが良ければそれでよいという自己本位の考えであり、本学学生として恥ずべき行為であります。 早稲田大学を卒業するにあたり、最後まで本学学生としてふさわしい 節度ある行動をとることを強く望みます。」大学HPより。

 

当時、卒業式や入学式が中止になったのは早稲田大学だけではなく、いろいろな大学であった。私の大学も中止になったらしい。私は本来ならばこの年に卒業するはずだったのだが、私は1年留年したので、卒業式は2012年の3月になった。とはいっても、私は卒業式に出ていないので、中止になったとしても、私に影響はない。ただ、何で中止にしたの?という理由はいまだに納得がいくものではない。上記の引用文は元々早稲田大学の学生がブログに書いたものなのだが、その本人もこの文面に納得はしていないみたいだ。それが以下の部分です。

 

>大学が想定している「自主的な卒業式」についての情報を私はもたない。もしかすると、ばか騒ぎをしようというバカ学生の情報があるのかもしれない。それを諌めるのは、わかる。
しかし、「自主的な卒業式」をすべてひとくくりにして「自分たちだけがよければそれでよいという自己本位の考え」と断定することが私にはまったく理解できない。

 

早稲田大学が言っていることははっきり言ってよく分かりませんね。大学が卒業式を行わないから、学生たちが自主的にやろうとするとのを自己本位であると断じているわけだが、それの何がいけないの?自主的に卒業式をやることで誰が困るの?被災者のことを考えろ的なことで言っているのかもしれないが、結局これも不謹慎厨と一緒なんですよ。何も生まないのです。早稲田の学生が卒業式を自主的に開催して楽しむことが恥じるべき行為であると言って、何の意味があるの?楽しめる余裕のある人は楽しんで良いしょうよ。はっきり言って、早稲田の学生は首都圏に住んでいる人が多いだろうから、震災の被害をダイレクトに受けたわけではない。だから、彼らは楽しむ余裕がある人たちなんですよ。私もそうですよ。私も首都圏に住んでいたから、そんなに被害があったわけでもない。だから、ゲーセンに行く心の余裕があったの。確かに東北の人たちと比べたら気持ちの持ちようは違うと思います。でも、立場が違うのだから、それをひとまとめにする意味はないの。楽しむ余裕がある人は楽しんで構わないでしょう。それを辞めることで何の意味があるの?本当に早稲田ってこんなにバカなの?と、あれから7年経ちますけど、今更思います。

 

早稲田の理屈をそのまま通すと、世界中には食べ物に困って死んでいる人もいるのだから、食事を笑顔で楽しんではいけないってことなんでしょうね。食事を楽しんでいる人間は日本に五万といると思うし、早稲田の在学生や卒業生にもたくさんいるはずですが、早稲田は彼らにこういう忠告してるんですか?これを彼らは正しいと思っているんですかね?本当に呆れるんですけど。食事をするとき、この文面を考えた連中は絶対に世界中で飢餓で苦しんでいる人の顔をいちいち思い出して摂っているとは思えませんけど。そりゃ他人事だからでしょうよ。言ってしまえば、首都圏に住んでいる人も他人事の面はあるんですよ。だって、被害の当事者じゃないのだから、他人事なのは当然だと思います。それをおかしいというならば、自らの食事を見直するのが先だと思うんですけどね。そもそも自分さえよければそれでいいという考えは別に間違ったことだと思いませんけど。空気的にそれを許さないものが存在しているだけで、震災などが起きなければ、普段はそういう風に振舞っている人は山ほどいると思いますけどね。それにまず自分が大切だからこそ、そういう風に振舞うわけであり、それを諫めるのは自分勝手と変わらないと思いますけど?例えば、A、B、Cの3人がいて、Aが自分勝手に行動していたとする。その状況でBとCがそれを諫めたとしたら、BとCは自分勝手に行動するなと言っているわけだから、それは俺たちBとCのことも考えろと言っているわけだ。つまり、他人の自分勝手な行動を諫めることは、それを言った本人の自分勝手の正当性を主張しているのと同じなのだよ。つまり、「自分を優先するな」は「俺たち、私たちを優先しろ」と同義なわけであり、どう転んでも一定の層が自分勝手な主張をするのは変わらない。早稲田はそういうことが理解できてないわけですよね。数が多いから、そういう主張が世間で問題視されないだけなのだ。いわゆる数の暴力でしかない。自分がまず大切なのは不自然な感情とは全く思いません。

 

さらに言えば、自分の安全や安心が確保されなければ、さらには人を助けられる精神的余裕がある人じゃないと、他人を助けることはできないのですよ。公務員が非常に安定した待遇を受けているというのが、その理屈の代表だが、公務員は世の中で1番なくなっては困る職業となっていると言えるけど、その公務員の生活が不安定では、その公務員が仕事を全うすることができず、結果国民の生活が不安定になるのだ。何かにしがみつくとき、そのしがみついた存在が脆弱では、しがみついた人は倒れてしまうだろう。それと同様に、助けを求めた相手がまずしっかりた生活の状況を確保していないと、その人を助けることはできない。だから、まずは各自が自分さえよければ良いと行動し、人を助ける余裕のある人の絶対数を増やすのが先決なのだ。早稲田はそんなことも分からないのだ。あの早稲田大学も実は不謹慎厨だったということで、本当にあの大学に入らなくてよかったと思っています。仮に私が早稲田に入学していたら、これを見た瞬間、一気にこの大学が嫌いになって、母校への誇りも全くなかったでしょう。私は卒業式とか、入学式に価値を見出している人間ではないから、中止になっても一切困らないし、大学が自主的にやってきた卒業式や入学式を自主的に中止にするのは、大学の勝手と言われてはしまえばそれまでだ。理由についてはよく分からないことを言っている場合もあると思うが、ただ、学生が自主的にやろうとする卒業式まで口出しして、訳の分からないことを言っているのは、本当に信じがたい光景として映ってしまった。恥ずべき行為をやっているのはどっちなんだか・・・

 

 

あわせて読みたい記事