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衝動的な殺人よりも計画的な殺人の方が罪が重くなる理由の真実

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人を殺すときに、衝動的に殺してしまう場合と計画をあらかじめ練って殺す場合があるが、日本の場合には後者の方が罪が重くなるケースが多いという。これに疑問を持つ人もいるようなのだが、恐らく理由はあるんでしょうね。インターネットで調べても確実にこれだという理由は見つからず、各自が推測しているのみです。私の中には、恐らくこれが理由の大本だろうというものは存在している。それは結局衝動的に人を殺す人間よりも、計画的に人を殺す人間の方が、より悪質だと言えるだろうという根拠が見出せるからだ。それを説明するために、良い教科書があるので紹介したい。教科書といっても漫画なのだが、今日たまたま読んだ金田一少年の事件簿R(リターンズ)の3~4巻にかけて載っている狐火流し殺人事件という回が、この題材を説明するのに個人的にはちょうどいい例だと思っている。以下はネタバレも含むので、見たい人だけ読んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

この狐火流し殺人事件というのは、主人公である金田一一が小学生だったころ、ボーイスカウトに所属していたときの友達とあるきっかけで再会することになるのだが、そこでそのボーイスカウト時代の仲間が次々と殺されていく。そして、犯人はそのボーイスカウト仲間の中にいる。問題はその犯人の動機だ。その犯人は実はボーイスカウト時代に起きたある出来事がきっかけで、そのボーイスカウト時代の特定の仲間に殺意を持つ。それはそのボーイスカウト仲間がやったイタズラです。イタズラというのは何をしたのか?と言えば、スズメバチを捕まえて、それをその犯人の持ってきた水筒の中に入れたのだ。なぜそんなイタズラをしたのか?と言えば、その犯人に対して、イタズラをしたメンバーはある出来事がきっかけで、嫌悪感を持っていたということになる。だから、イタズラをしたのだが、そのイタズラが後にとんでもない出来事を引き起こしてしまう。そのスズメバチが入った水筒を家に持ち帰った犯人だが、その水筒を開けたのはその犯人の母親だった。そして、スズメバチに刺されて亡くなってしまう。その母親は以前にもスズメバチに刺された経験があり、それが原因となってアナフィラキシーショックを発生し、結果死んでしまったのだ。はっきり言って、こんな結末になるなんてそのイタズラをしたメンバーは想像もしなかっただろう。当時、小学生だし。

 

しかも、水筒にスズメバチが入っていたという事実から、そのイタズラをやったのはその犯人自身であると、母親と父親は認識しており、その誤解が解ける前に、2人とも亡くなってしまうのだ。そして、その後イタズラを仕掛けたメンバーが誰かを知り、結果としてそれにかかわった3人を殺す。うち、1人は衝動的に殺してしまったようだが、2人は確実に計画を練ったうえで殺している。この狐火流し殺人事件は何とも後味が悪い話のように思えるけど、この回を読んだ読者は、犯人に同情し、イタズラをやった人間らに怒りを覚えたのではないか?と思います。この狐火流し殺人事件の感想などを検索すると、実際にそういう人はいる。ただ、確実に言えるのは、どう考えてもこの犯人の方が悪だよね。ということなのです。イタズラをやった人間らと比べて。イタズラをやった人間は当時全員が小学生だが、彼らを殺した犯人は、殺人を犯した当時高校生という部分も含むけれども、もっと重要な理由のは別のところにある。それはこの犯人は計画的に殺しているというところです。

 

少なくとも2人は計画的に殺している描写があるのです。ってことはどういうことか?衝動的な殺人と比べて、冷静に考える時間があったにもかかわらず、殺人を犯したってことです。殺人が法的に悪だと十分に認識したうえで殺しているということは、これは悪いことなんだという忠告が効かない可能性が高いってことです。イタズラをやった人間らははっきり言って人が死ぬかもしれない想像はないでしょうし、悪いという気持ちはほとんどなかったと思います。元々ある理由から、その犯人に対して嫌悪感を持っていたわけで、その仕返しの意味もあったのだろうから、当然ながらこれが悪であるという認識はほぼないだろう。当時、小学生ならば尚更だ。しかし、高校生になってから殺人を犯した犯人は、殺人の悪質性については十分に理解をしているはず。それでも人を殺したということは、悪質性を理解しても、恨みを晴らすことが重要だという考えに至ったということになります。イタズラをやった人間は、高校生になって同様のイタズラをする可能性は低いと思っているし、仮にその場でスズメバチの危険性に関して忠告する人間がいたならば、最悪の結果は避けられたかもしれない。それにスズメバチのイタズラによって人が死んだのは不運な部分もあったわけで、あれをやったから絶対に人が死んだとは言い切れない。人が死ぬ危険性があったという意味ではその通りだろうけど。

 

しかし、犯人は確実に殺意を持って殺そうとしている。そして、悪であると認識したうえでやっているという部分を含めると、私はどう考えても悪なのはこの犯人の方だなと思います。イタズラ以上のことをやっていますよね。スズメバチのイタズラで人が死んだのは結果論のところもあると思うのですよ。詳しくは漫画か、アニメを見てほしいのだが、いろいろな条件が重なった結果死んでしまったので、死なない予測も十分あったと思うのです。さらに言えば、人が死ぬかもしれない行為って、私たちは日常の中でやっていると思います。車や自転車を運転している人はまさにそうで、あとはインターネットで罵詈雑言を書き込んでいるような人もそう。下手すれば、その対象の人間が自殺するかもしれない。これらは私たちが当たり前のようにやっているから、みんなやっているから、人を殺しかねない行為っていう認識にはなっていないのですよ。当然ながら、この犯人だって同じことをしているんじゃないの?と思うわけです。自分がしている行為の中で、人が死ぬかもしれない行為をしている。結果的に人が本当に死ぬケースっていうのはなかなかないだろうが、それは運が良いから誰も死んでないだけかもしれない。漫画ではこの狐火流しの事件の間の数日の描写しか描かれていないが、この犯人の日常を観察したら、水筒にスズメバチを入れることと同じような、危険な行為をしている可能性はある。本人に自覚はないだろうけど。都合のいい部分しか見えてこないのが人間なので、リアルの多くの人はそんな感じだと思います。

 

さて、衝動的な殺人と比べて、計画的な殺人の方が罪が重いとされている理由に関して、私の考えが理解できたでしょうか?衝動的な殺人は殺人が悪か?どうかの判断をする間もなく、本能的に殺しているから、冷静になりさえすればそれを避けられた可能性があるが、計画的な殺人は冷静になっても避けられなかったのだから、人間としての凶暴性が大きいということになる。だから、計画的な殺人の方が罪が重いのではないか?と私は考えている。恐らくこれが真実だと、私は思っている。金田一少年の事件簿は犯人の動機がかなり重く、犯人に同情する人も多くいると思うが、それは事件当時の描写のみで判断してしまっているということも言えるのだ。その犯人の人間性ははっきり言って分からない。一部しか描かれていないわけだから。だから、殺人に至った理由の部分を見ると、同情してしまうが、普段は何をしているか?分からないわけで、人間に対する印象っていうのは、ほんの一部で判断すべきとは思わないし、裏表があるのが人間だというのは、常に自覚しておかないといけないことだと思います。

 

 

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