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日本人は自分たちにとって邪魔な存在を悪と見なす謎の発想を平気でする

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何が悪か?っていう基準が各人にあると思うのですが、私が生きている間に見てきた傾向としては、日本人は自分たちにとって邪魔な存在を=悪と見なしている印象が非常に強い。例を挙げたら五万と出そうな感じがするのだけど、私が特に最近見てきた例でいうと、推薦入試や内部進学をする生徒、転売をする業者、JASRACなどが挙げられる。これらは世間の中で悪というか、邪魔な存在、いらない存在とみなしている人が結構いる気がするのです。推薦入試や内部進学に関してはいらないとか、必要ない、なくすべきと考えている人もいるようで、それは基本的には一般入試の人たちだろう。確かに彼らからしたら邪魔なのは間違いない。しかし、邪魔だからといって否定して良い理由になるのだろうか?そもそもこの理屈を当てはめた場合、最終的に自分も悪になるということに気が付かないのだろう。ネットで調べると、推薦入試や内部進学の制度をよく思っていない人は多くいて、昨今の大学入試の状況を見ていると、有名私大の合格者削減問題ないが取り沙汰されたように、一般入試の受験生は非常に割を食っている状態です。不利な状況になっているわけです。その状況で、相変わらず大学は推薦入試や内部進学を続けるし、そっちの定員は減らさない傾向にあります。その状況を見て、相対的に楽して大学に入っていると思われる人たちは何で相変わらず楽なままで、相対的に苦労していると思われる一般入試の受験生はより苦労しないといけないのだ?という不満があるのでしょう。

 

だから、推薦入試や内部進学はいらないとか、必要ないという意見が出てくるのだろうが、当然ながらこの意見は単なる僻みであり、擁護できる余地は0だ。大学側にとって、内部進学や推薦入試で一定の定員を確保し、残りを一般入試で埋めるというのは、高い偏差値を維持しつつ、ちゃんと経営に必要な学生数を確保する意味では非常に合理的だからだ。だから、受験生がどんな文句を言おうと、受験生が大学経営に口出しする権利はないし、かつ彼らが言っていることに正当性はない。推薦入試や内部進学が邪魔というのはその通りだが、それは推薦入試や内部進学を考えている人からすれば、一般入試の枠をもっと狭めれば、私たちはもっと楽をできるのに。ということが言えてしまう。一般入試すら邪魔であると言えるのだから。また、自分が合格しづらい状況を僻んでこういうことを言っているのだろうが、それを言ったら、あなた自身がその大学学部を受けている時点で、他人が受かる確率を下げているわけですよ。つまり、内部進学や推薦入試がなければ、一般入試の人たちが受かる確率は上がるというのはそうかもしれない。だから、それを阻んでいる推薦入試や内部進学を僻んで邪魔とか、なくすべきとか言う人間がいるのだが、一般入試の枠内で言えば、お互いがお互いの合格をそれぞれ阻んでいる状況が存在するのだ。あなたが受けなければ、あなたは合格しないのだから、1人分の合格の枠が生まれるわけだから。あなたが一般入試を受けることで、同じく一般入試を受けている他人の合格を邪魔する存在になっているのです。つまり、この文句を言っている人間も受験をする以上は、誰かの合格を阻む可能性が大いにあり、倍率が1倍を超えるような入試の場合には、受験生は常に誰かの合格を阻む存在であるのは間違いない。完全にブーメランです。

 

推薦入試や内部進学は大学経営における合理性が生まれているものであり、部外者がそれをいらない、なくすべきなんて言ったとしても、大学側や内部進学、推薦入試を受ける受験生になんのメリットもない以上、その意見が正当性を帯びることはありえない。単なる僻みや愚痴でしかないのだ。転売屋やJASRACを否定する人も同じです。転売屋がいなければ、私たちが何らかの品を手に入れられたのに!という否定意見を耳にすることもあるけど、転売屋がいたからそれを手に入った人がいるのも事実だ。高いお金を払えば、自分が手に入れられる確率がどんどん上がるならば、高い費用を負担しても良いと思う人は普通にいると思う。転売屋がいることのデメリットもあれば、メリットもあるので、転売屋を否定する人は、転売屋がいるからこそ私たちは困っているという理由なんだろうけど、自分が困るからという理由だけで否定するのは、さっきの推薦入試と内部進学を否定する受験生と同じです。それに転売自体はいきなり違法になるわけじゃないからね。合法の転売も多数ありますよ。JASRACに関しても、いらないと言っている人の理由としては、楽曲などをお金を払わないでタダで聞きたいという欲求があるからでしょう。JASRACがまともに機能すると、私たち消費者の負担が増えることは間違いない。だからいらないと言っているのだろうが、当然ながらJASRACは私たちのために存在しているのではありません。

 

JASRACは誰のために存在しているのでしょうか?権利者ですよね?権利者の権利を守るために存在しているので、権利者でもない人間が、JASRACはいらないとか、言っている光景を見ると、この人たちは何をわけのわからないことを言っているのだ?wと非常にバカバカしい光景に見える。権利者のためにJASRACはあるのだから、私たち一般の消費者がJASRACの存在意義について意見すること自体がおかしいのですよ。JASRACは権利者のための団体(民間企業)なのだから、権利者の需要によって存在すべき、存在すべきではないが決まるのです。それ以外の第3者はその需要に関係がないので、その状況でいる、いらないの判断をしている人は、単に邪魔な存在だからという理由でしかないのです。なんだろうね?言うなれば、犯罪者にとって警察は邪魔だから、警察は日本にはいらない、消えるべきだと言っているのとまったく変わらないことになる。確かに犯罪者にとって警察は間違いなく邪魔だ。じゃあ、犯罪者が警察はいらないと発言したとしたら、この発言は正しくなるのでしょうか?正しくないでしょうね。なぜならば、警察は善良な市民のために存在しているのだから。だから、善良な市民の総意として、警察はいらないということになれば、それは警察がいらないという根拠になるだろうけど、善良な市民はそんなことは思っていないと思うのです。警察はそもそも善良な市民と国の間の需給の一致によって存在しているので、犯罪者は部外者です。

 

そうなると、JASRACは権利者とJASRAC側の需給の一致によって存在しているので、当然ながら、部外者がその存在意義を問うのは明らかにおかしいのです。あなたたちのために存在しているわけではないので、あなたたちには関係ありません。あなたたちにとって必要ないからといって、必要としている人がいる以上、存在意義はあると言えるわけですから。これは他の例も一緒です。内部進学や推薦入試の受験生も大学側との需給の一致で、一般入試の受験生は部外者であり、転売屋に関しても転売屋とそれを買う人の間で需給の一致があり、転売屋を利用しない人は部外者です。こういう例はほかにもたくさんあると思うのだが、挙げたらキリがないし、個人的に気になっている問題を3つだけ挙げてみたが、日本人って本当にこういうところがあるよね。と思う。自分にとって邪魔なモノという理由だけでなくすべきとか、いらないとか言っちゃう人が本当に多く見受けられる。恐らくだけど、少なくとも転売屋とJASRACに関しては邪魔どころか、悪の存在として捉えている人が多いと思うんですよ。推薦入試や内部進学も悪の存在として捉えている人もいそうだけど、そこまでではないと思っている人も多いかもしれない。自分にとって邪魔なものが必要ない、いらないという結論を持ってくると、それを言っている人自身も同じ存在として見ることも可能だし、警察をいらないと言う犯罪者の意見も正しくできるわけですが、そんなことには気づいていまい。気付いていたら、めちゃくちゃなことを平気で言わないですよ。

 

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