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しつけとの線引きは?体罰にうるさい大げさな輩が傷害や犯罪だと主張する理屈が謎すぎる・・・

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Naverまとめで見たんだけどさ、体罰を犯罪だと考える人が6割いるってニュースがあったらしいね。そのNaverまとめには体罰を犯罪と考える人の意見が載っていたのだが、想定内のアホばっかりwこの人たちは羞恥心がないのか?これがガチで正しい意見だと思っているくらいに頭が悪いのか?はまず気になった。体罰を犯罪って捉えるのは大げさどころの話じゃないのだが、体罰を大げさにとらえる人って確かにいるよなーといううのは感じる。何でもかんでも体罰だと言っている人は確かに多くいそう。それに日本人って生産性のない無駄な議論が本当に好きだなと思うんだけど、これもその1つ。わざわざTwitterとかで、そういう自分の考えを述べてるんだけど、考えを述べるのは良いと思うのだが、なぜこれが正しいと思ったのかね?と、目を疑うほどの謎の理屈ばかりが並べられている。基本的に体罰が犯罪に当たるか?どうかというのは、正解はないんですよ。というのも、「体罰」という言葉の定義がはっきりしない。体罰ってのは総称であって、具体的な行為の名前じゃないから。例えば「殴る」っていうのは具体的な行為だが、殴る程度にも違いがあるわけ。強弱があるし、素手なのか?道具を使うのか?など、殴るという具体的な行為1つにしても、実は結構抽象的なのです。その抽象的な殴るという行為をさらに抽象化させたのが体罰という言葉であって、体罰には殴る行為以外にもいろいろな行為が含まれるはず。そのとんでもなく抽象的な言葉をめぐって、犯罪に当たるか?を真面目に考えている連中って、私の頭では到底理解ができないことをしているのです。

 

体罰はおかしいと考える人は多いのだろうが、おかしいか?どうかは単なる感想の域なので、どうでも良いと思っているけど、犯罪にあたるか?ってのはちゃんと定義があるものなんです。だから、適当なことは言うべきではないと思いますけど、私が見た意見はこいつら適当に考えただけだろwとしか思えないものばかり。中には何でもかんでも体罰と扱う風潮がうるさいとか、そういう感情の人もいるようなのです。確かにパワハラとか、セクハラもそうだけど、私もそれは思いますよ。確かに体罰ってうるさい人は多くいる印象だ。体罰が犯罪に当たると言っている連中にまず聞きたい。「犯罪」ってなんだろう?って。非常に根本的な部分だけど、「犯罪」の定義を理解しているのかな?と思う。犯罪の定義は狭義では刑法上の罪を犯すことであり、広義には社会にとって悪影響がある行為ことらしいのだが、狭義の定義で言えば、体罰は刑法上の用語ではない。もちろん体罰の内容によっては暴行、傷害などの刑法上の違反行為になることもあるのだが、そうじゃない場合も多分に含まれる。そして、体罰は禁止されているが、それは学校教育法であり、刑法ではない。つまり、体罰という概念が刑法上のものでない以上、そもそも体罰を犯罪と結びつけるのは無理があるのだ。

 

体罰には結果的に犯罪に当たる行為が含まれるというのは正しいが、体罰は犯罪行為やそうじゃないものも両方含まれるのだから、体罰全体を基準にして、犯罪にあたるか?なんて考えている連中は頭が悪すぎる。それこそ結果的に犯罪にあたる行為が含まれていればいいならば、例えば、「サラリーマンは犯罪者である」という考え自体も正しくなります。サラリーマンの中に犯罪者は間違いなくいると思います。だから、彼らの理屈を使うと、これも正しくなります。どう考えてもおかしい理屈を平気で使う人たちがいるのだが、本当に理解できません。さらに言えば、体罰としつけの線引きもよく分からないし。体罰としつけの線引きはどこにあるんだろうね?しつけって結果的に暴力行為が含まれることが多分にあると思うのだが、しつけは犯罪って言われないのはなぜ?しつけという言葉のイメージが、体罰よりも良いからでしょう。あとはしつけというのは自ら行っている自覚がある人が多いだろうというのもある。親になればしつけをしている自覚はほぼ全員にあるだろうから、そのしつけが犯罪と同じだなんて言われたらたまったもんじゃない。だから、都合の悪い部分はスルーなんでしょう。自分が犯罪者にならないために。しつけと体罰の線引きは私も分かりません。それはしつけという言葉も体罰同様に定義がはっきりしないからです。

 

体罰の方がより暴力的なイメージはあるかもしれないが、だからといって体罰が悪いことか?かは全然別の話であり、体罰だと思われる行為が犯罪にならないケースは多分にあるだろう。体罰という言葉の定義を広くしすぎると、何でもかんでも体罰だとうるさい連中が増えるだろうから、そういう輩も個人的にはウザいが、体罰という言葉を使うのには大げさと思われるケースすらもまずあるはずなのです。それこそ体罰を犯罪と同一視する人が多くいるわけだから、体罰という言葉を都合のいいように解釈して使う人も多くいると思います。そもそも体罰という言葉が犯罪とは別にある時点で、体罰と犯罪を同一視する人は、その2つの言葉の違いとかを考えないのかね?と思うけど。中には「体罰は傷害と同じなんだから、傷害である以上犯罪に決まっている」とか、とんでも理屈を持ってくるバカもいるけど、これも同じなのです。体罰と傷害が同じならば、同じ意味の2つの言葉が存在する意味がないわけで、なぜこの2つ言葉があるか?という意味を一切考えないんですよ。当然ながら、体罰と傷害は別個の概念である。傷害は問答無用で犯罪だが、体罰は犯罪になるものとならないものが含まれている。これを同じと捉える人って、どういう頭をしているの?とマジで心配するレベルなんですが、仮にこれが正常な状態で考え出された結論ならば、私の想像を絶する人間がいたことになる。

 

学校教育法が捉えている体罰に当たるとしても、それが=傷害などの犯罪に当たるとは言えないわけだから、体罰と犯罪の関係性について、体罰は傷害などの犯罪であるか?否か?の2者択一で考えている人って本当に理解できない。当然ながら、犯罪には当たらないと思っている人も同じなのです。正確に言えば、暴行や傷害などの犯罪に当たる行為とそうじゃない行為が含まれた概念なので、「ケースバイケースによる」とか、そういう回答ならば正解だと思うが、犯罪に該当する、該当しないのどちらを選んでも、この2つの回答をした人は、この質問に対して答えるうえでの適切な前提知識が完全に不足している。こんなんだから体罰がなくならないんだろうなーとも思うけど。それに体罰っていう言葉が悪い。いじめって言葉も同様だけど、いじめだって客観的に悪いとは言い難い行為まで悪いことにされている気がするのだ。例えば、無視とか。無視をする権利はどう考えても認められている。人の問いかけに常に応えないといけない義務をどうやって説明するのか?体罰だって、その人のさじ加減で定義が勝手に決められがちなのだから、大げさなケースなどもあるだろう。体罰が当たり前のように悪いことであるという認識の人も多いかもしれないけど、体罰=犯罪ではないし、体罰の程度はケースバイケースで全く違う。体罰だと言われるが大げさにとらえただけで、何ら問題ねーだろと、大勢に思われることだってあるだろうし、体罰という言葉が大げさな概念を大いに含んでいると思われる。体罰は当たり前と言う人もいるのだろうが、それが学校教育法が禁止する範囲だとしたら、一応悪いことだと言えるかもしれないが、結局その範囲もはっきりしないので、体罰が当たり前ということ言う人がいても間違いか?どうかも何とも言えない。体罰の定義が各自で異なるということは、学校教育法の考えていることとも異なる可能性があるので、そういうことなのだ。

 

体罰としつけの線引きもよく分からないし、体罰それ自体の線引きもよく分からない。そういうよく分からない前提条件のもとで、真面目に体罰が犯罪に当たるか?なんて考えている人は何が目的なんだろう?その先に何が待っているんだろう?と思う。定義がそもそもはっきりしない言葉に関して、別の定義に当てはまるか?どうかを真剣に考えている人って、本当に何がしたいの???と心配になるレベルなんですよ。無駄な時間の使い方にしか思えないのですが。私の予想では、そもそも「犯罪」という言葉の定義も正確に理解している人は少ないと思いますよ。体罰という言葉の定義もそうだが、犯罪という言葉の定義をなんとなく自己流で考えている人も多いと思う。広義の定義だと、社会的に迷惑な行為が該当するらしいのだが、仮にそっちの定義を使っているとしたら、誰でも迷惑を感じている行為や存在を犯罪、または犯罪者にできるので、体罰=犯罪なんて考えをしている連中も、私にとってはウザいので、彼らも犯罪者で良いですか?と問うだけです。広義の定義を使うならば、当然これも正しくなりますよ。各自が主観で社会的な迷惑にあたるか?どうかを考えているならな、私も主観で同様に考えました。というだけなので。それこそ多くの親が家庭でやっているしつけも犯罪にできますよ。だから、こういったアバウトな定義で人や物事を否定するのはいい加減にやめた方がいいんじゃ?と思うけど、大衆に言っても無駄でしょうね。そういう無駄が好きな国民性なのだろうから、生産性がここまで低いのだろうし。

 

 

 

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