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Fランをなくせ!潰せ!いらないから廃止!という謎の主張をする人の思考が理解できない

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大学受験向けのYoutubeの動画を見ていたら、Fランをなくせとか、Fランを潰せとか、そういったコメントが結構散見される。Fランをなくせとか言う人の理由はいろいろだろうが、何でFランをなくせると思っているんだろうね?(笑)と思う。そもそもFランをなくして得するのは誰だろうか?Fランをなくして得するのは、Fランに進学しない学生だけだろうな。Fランク大学側、Fランに進学する学生、国にとってはそういった大学は必要なんでしょう。少なくともFランを潰す理由はないと。それにFランを潰せとか言っている人は、何でFランだけを目の敵にするのだろうか?じゃあEランク大学はなんでいるの?と思うのですよ。大東亜帝国とかがギリギリFランじゃないランクだが、Eランはいるが、Fランはいらないと言えるその線引きの根拠は何なの?と思うわけです。Fランをなくせを言っている人は、無意識にFランとそうじゃない大学で区別をしてしまっているのです。考える力がないタイプの人でしょう。大東亜帝国とか、日東駒専はなんでいるって言えるの?学力レベルがFランとそれ以上の大学では違うということはあるのだろうが、価値がある、ないの線引きをどこでするか?っていうのは非常に恣意的なのです。

 

言うなれば、その人の都合のいいように決めたがる。Fランク大学に進学する予定がない人からすれば、Fランをなくせと言っても自分は困らない。でも、早慶の学生がMARCH以下の大学なんか価値はない!全部なくせ!と言ったとしたら?それは間違っているなんて言えるの?実際、テレビである東大出身の弁護士の人が東大は以外は専門学校と発言したことがあるのだが、それと同じなのですよ。この人は東大以外は価値が一気に下がると言っているわけだよね。この人は東大出身だから、東大以外を悪く言っても、自分の学歴に影響はない。それと同じことをFランをなくせと言っている人もやっているだけなのだ。Fランがいらないか?どうかは人によるとしか言いようがない。Fランを潰せと言っている人は、それが正しいと言えるならば、早慶やMARCHを潰せと言っている人の意見も正しくなります。同じ理屈を使っているまでなのです。各人の主観で、大学としている、いらないの基準を勝手に設定し、それに準じて必要な大学とそうじゃない大学を区別した。ただ、それだけです。だから、Fランを潰せとか言ってる人は何の根拠があって言っているのか?と言えば、根拠は明確なものはないんですよ。単なる感想というか、愚痴に近いね。その人の中には根拠はあるだろうけど、その根拠は主観なんですよね。

 

例えば、Fランは偏差値50を下回っているから、平均レベルにすら届かない大学はいらないという根拠の人もいるみたいだが、偏差値50を下回っている大学はFランだけじゃない。首都圏で言えば、大東亜帝国日東駒専の一部の学部なども偏差値50に届いていない場合がある。河合塾の偏差値を見るとそんな感じです。それに平均レベルを下回っているからという基準に別に正当性はないじゃん?平均レベルというのはキリがいいからその数字を持ってきているだけでしょう?平均レベル、つまり全体が100だとして、その中の50を基準にしないといけない理由の説明はないのです。51じゃ、49じゃダメなの?という反論もできるわけだから。平均はキリが良いとか、万人が納得しやすいというだけの話であって、そこを基準にすることが絶対に正しい理由なんかないのです。だから、Fランをなくせと言っている人の根拠はかなり主観であって、何ら正当性はないのです。それにFランを潰せと言っている人は、現実的にどうやって潰すの?その方法まで考えているの?と、すげー思う。

 

実際にFランをいらないと考えている人は、じゃあどうやってFランを潰すのですか?それに答えられるの?自然淘汰を狙うことも理論上はできるが、Fランを自然淘汰に追い込むには、Fランク大学に通う学生がいなくなることが必要だが、そんなことはまずありえない。無理だろう。そうなると、大学としての設置認可を取り下げる理由が必要なのだろうが、普通に経営していたらそんな部分は存在しないので、無理だろうね。だから、Fランをなくせとか言っている人は、現実的にどうあがいても無理なことを言っているのだ。実現する方法があるのかね?私は思いつかないが。それにFランを潰せと言っている人は、価値を見出せない人、税金が使われているのがもったいないと感じる人みたいな話になるけれども、それと言ったら世の中のほとんどのものがなくすべきになります。Fランがいらないから廃止すべきとなれば、私にとっては図書館とかいらないですよ。図書館も税金で運営されていますが、私には特に価値は感じられません。図書館がないと困るなんて人がいるのか?は分からないが、図書館がなくなったら不便に感じる人がいるのは事実だ。こうやって各人が自分の価値基準に沿って、いらないものをなくせと主張したらほぼ全てのものが消えるんじゃないですか?

 

これは西村博之氏が言っていたことだが、ほとんどの人は国から与えられた金銭的価値を超える働きができていないらしいのですよ。彼の試算では年間55万円以上の税金を納めていないと、国におんぶにだっこらしいのだが、世の中のほとんどの人はその状態らしいのですね。つまり、国から見れば世の中のほとんどの人間は価値がないのです。そんなことは言えないから国は絶対に言わないが、状況としてはそうなっているのです。彼によると、日本人の多くに税金などを使う価値はないってことになりますから、Fランをなくせとか言っている人も恐らく多くの場合でそれに該当するんでしょうね。年間55万円以上の税金を払っていない人は、国にとっては損失でしかないわけだから、彼らを生かしておく必要性は客観的に見たらないわけだ。Fランはいらないから廃止すべきって言っている人も結局リーマンになって、社畜になる可能性が高いわけだし、社畜に価値あるの?は話はさらに膨らませられますよ。Fランがお金がもったいないとか、そういう理由でいらないというのであれば、社畜も国にとっては与えた金額の方がでかい人が多いわけだから、その点で社畜は存在価値がないことになる。だから、たいていの社畜も国におんぶにだっこなわけだから、生活保護受給者と変わらないという意見が西村氏のものなのです。社畜は働いているから国に貢献しているというかもしれないが、生活保護受給者は働かないことで国に貢献してますからね。社畜ブラック企業を存続させる要因になり、ホワイト企業を潰す迷惑な存在なのですよ。ブラック企業が淘汰されない最大の理由は社畜が辞めないからなのだが、生活保護受給者はブラック企業で働いていないので、ブラック企業を存続させる圧力にはなっていないわけで、社畜と比べたら社会にとって価値が高いと言える理由が存在するのです。

 

人間が提供する価値はお金以外もあるだろう!と思うかもしれないが、Fランク大学だってそうだよねという話でしかないのです。見た目で観察できる以外の価値を提供しているかもしれないのは大学だってそうでしょう。Fランだろうが、大卒と高卒じゃその人の気分とかが違う可能性もあり、それは大いなる価値なのです。Fランをいらないと主張しても、主観による世の中の無駄なモノなんて山ほどありますよ。生活保護受給者に税金を使うのはもったいないとか言う人もいるけど、それを言っている本人にも税金は使われているわけで、あなたに使われている税金は何の価値があるの?と問われたら、どう反論するんでしょうね?Fランを潰せとか、Fランはいらないから廃止しろとか言っている人は、都合の線引きをして、価値の有無を決めるラインとしてFランという基準を使っているだけであり、それを主張している本人に使われている税金む無駄であるという主張にも持っていくことができる。Fランがいらないという主張をする人の意見が正当性を帯びることは100%ないと言って良いと思いますよ。

 

 

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