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宝くじは愚者の税金、バカが買うもの?当選してもしなくても不幸なのになぜ買うのか?

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日本ではなぜか宝くじがよく売れるということがあります。何で宝くじを買うのでしょう?宝くじをなぜ買うのか?といえば、お金が欲しいから?お金を手にしたら幸せになれるとでも思っているんですかね?(笑)とマジで思う。私が最初に言っておきたいのは、仮に数億円レベルのお金が当たったとしても、それが幸せな状態とは思えない。いやいや、そんなことないだろう!って言うかもしれないけど、そこに大きな問題が潜んでいる。宝くじをなぜ買うのか?の理由が高額当選を狙っているからならば、例えば3億円あれば幸せに暮らせるはずだと思う人がいると思うんだけど、それって例えば年収が数百万円レベルの人が言うと思うんですよね。年収数百万円のレベルの人からすると、確かに3億円はでかいです。でも、年収数百万円のときに感じる3億円と、3億円を手にした後の3億円は価値が全く異なって感じられると思います。ここに宝くじを買う人は不幸になる仕組みが存在しているのです。

 

年収数百万円の人にとって、3億円は非日常的な金額ですが、3億円を手にしてしまった人にとって、手元に大金があるという状況は完全に日常の光景になってしまいます。つまり「慣れ」が生じるのです。年収1億円の人が1億円を毎年稼ぐのは日常でしょうから、特に感動もないだろうし、それと同じなのです。つまり、3億円を手にしても、慣れたらそれが普通になるだけ。むしろ、3億円を手にしてしまって、それを使い切ってしまったら、また年収数百万円時代の生活に戻ってしまいます。3億円を狙って、宝くじを買う人がいるが、こういう光景を見ると、私は宝くじはバカが買うものという世間が揶揄する声に、共感できてしまうのです。宝くじをなぜ買うのか?買わない人はその仕組みを理解しているのかもしれないが、買う人はそこまで考えていないという可能性もあります。仮に死ぬまで3億円をギリギリ残しておける使い方ができたとしても、毎年同じような金額を少しずつ使っていくことになるので、長期的に見れば完全にそのお金の使い方は日常になりますから。高額当選を果たす前と大して幸福度合いは変わりませんよ。高額当選を果たす前には、その当時の日常があったわけで、高額当選を果たした後も大金が手元にあるという日常が続くだけです。

 

つまり、宝くじで高額当選をしたとしても、その幸せのピークは当たった瞬間で、そこからどんどん幸せな気持ちは下がっていき、宝くじが当たる前の幸せの度合いと同レベルまでいずれ戻ります。そして、3億円を使い切ってしまったら、今度は3億円があったときはあんな贅沢ができてね・・・とか、そういった気持ちになってしまう可能性があり、それは宝くじが当たる前の気持ちと比べて、不幸の度合いが大きいと思います。3億円当たらなければ、昔を思い出すこともなかったが、3億円を手にしてしまったから、3億円あったときと今を比較してしまい、勝手に不幸を感じるような状況が生じてしまうのです。そういう未来への想像力がないから、宝くじはバカが買うものと言われてしまうのではないか?と思います。だから、私の考えで言うと、宝くじで高額当選を果たしても、結局不幸になると思うんですよ。それこそ高額当選者の7割は自己破産をしているというデータがあるので、結局みんな高額当選を果たすと、お金の使い方が変わるんですよ。高額当選を果たす前と比べてたくさん使ってしまうので、仮に自己破産をしないレベルの使い方ができたとしても、一時的に使い方を大きくするってことは、いずれまた元の使い方に戻らないといけないということになるので、そのギャップの部分に不幸を感じると思うのですよね。贅沢を知ってしまうと、人はそれに慣れちゃうので、貧乏である必要はないかもしれないけど、幸せな生活を送りたいならば安定的な収入を維持するっていう方がよっぽど重要だと思います。あとは宝くじで数億円当てたことが原因で、当選した本人が最終的に殺された事件とかもありましたからね。

 

高額当選を果たした人ですらこうなわけです。世の中の大半の人は高額当選はしませんし、当たっても大した金額ではなく、収支はマイナスになるケースが多いと思います。収支がマイナスになることが目に見えているのに、宝くじをなぜ買うのか?という疑問はあるわけだが、つまり高額当選しない人もほとんどの人間は損をしているわけだから、それも結局は不幸になるわけで、はずれても不幸で、当たっても不幸ならば、何のために宝くじを買うの?という疑問が私の中にはあります。私が宝くじを買わない理由はこれです。不幸にしかならないものにお金を使うから、宝くじは愚者の税金といわれるのかもしれないです。宝くじを買う人は不幸になるという言説はガチでそうだと思えてきます。でも、この構造は宝くじだけではないけどね。何かを手に入れたいと思ってお金を使う行為はおおよそこれに該当します。だから、宝くじを買うのをバカにしている人も、無意識のうちに愚者の税金を払っている可能性は高い。宝くじをなぜ買う?と疑問視している人も、同じような側面を持っているのは否定しない。それに私もそうかもね。ただ、宝くじはその中の代表的なモノだろうか?手に入れようと買っても、まず手に入らないし、そのための損失額は結構でかい人も多いと思うのです。

 

とあるブログに「宝くじは夢を見させてもらえるもので、はずれても宝くじの購入額は社会に使われると。だから、社会貢献になっているんだ」ということを言っている人がいたんですよ。その人によると宝くじは夢を見させてくれて、仮にはずれても社会貢献にもなるのだから、非常に素晴らしいものみたいな言い方がされていたのだが、この認識はどう考えてもおかしい。なぜならば、そもそも社会貢献ができないお金の使い道ってなんだ?と。人が何かにお金を使う場合には、相手となるお店、会社にまず貢献することができ、そのお店や会社の収入が増えるので、それによってさらに新しいサービス、商品が作られ、または既存の商品やサービスが改良され、それによって消費者の幸福度合いが上がる(場合がある)ことによって、社会貢献が起きる。さらに景気をよくするという意味での社会貢献もできるだろうが、社会貢献となるのは宝くじを買った場合のみではなく、お金を使う全ての場合じゃないだろうか?だったら、はずれて損をするかもしれない(自分の満足度合いを下げる可能性がある)ものに使うよりも、確実に自分の満足度合いを高められるものに使った方が良いだろうと思います。また、宝くじを買った人は多くが不幸になっているという現実がある(すでに説明したように)のに、その状況が「夢」というのは、私には理解できない。夢がどこにあるんだ?と思うのです。

 

実際、宝くじは夢を買うものだという反論があると思うんだけど、夢を買うって言っている人は、じゃあ3億円当たったら全額寄付とかするんですか?そうじゃないならば、さっき言ったような贅沢を知ってしまう人の不幸な状態になる可能性が高いですよね。結局、夢を買うって人も高額当選を狙っているのだから、一緒だと思うんですよ。すでに話したように、私は宝くじに夢なんかないと思っているけど、ここで言う夢って結局は高額当選のことでしょう?それが外れたら、夢を買っている人はやっぱりショックはあると思うんですよね。夢を買うだけならば、当選しているか?どうかのチェックはしないの?と言えば絶対するでしょう。当たったか?どうかを気にしている時点で、当たってなかったら不幸な気持ちになるし、当たっても上記で描いたような不幸な人生になります。だから、どう転んでも宝くじを買う人は不幸になる思っています。そして、宝くじに限らず同じような類のことをしている人は、みんな同じ状況になるのです。結婚も同じです。また、高額当選以外の人も同様のメカニズムの中にあります。不幸の程度が3億円当たるよりも少額当選の人の方がマシというだけ。宝くじは愚者の税金と言われている面はあるが、私もそれに同感という感じなんですけど、愚者の税金を払っているのは世の中のほとんどの人間だよなというのも、同時に思います。結局は向上心がそれを作ってしまっているわけだから。向上心は多くの人が持っているわけじゃないですか?身近なところで言えば、給料が上がってほしいなと思っている気持ちも同じです。

 

宝くじは日本で人気みたいだし、高額当選した人がテレビとかに出ているのを見ると、この人たちは悪い意味で人生が変わってしまった人たちなんだなと思っています。テレビに出る余裕があるってことは、まだ宝くじで高額当選をしたお金で幸せな気分を満喫できている期間なんだろうけど、いずれはどんどん気持ちがそこに沈むんじゃないのか?と、これからの彼らの未来を案じているような状況です。しかも、高額当選を果たすためのコツとかを語ったいるのを見るんだけど、コツがあるわけがないと思いますけどね。理論上、運以外で説明できる部分はないと思うのですが。たくさん買うってのが1番の方法かな?と思うけど、高額当選を果たすことができる確率は確かに上がりますよ?しかし、大数の法則というものがあり、たくさん買えば買うだけ損する確率は間違いなく上がります。サイコロを1回振って6が出ました。この時点では6が出る確率は1分の1になっていますが、この後サイコロを何度も振ると、限りなく6分の1に近づいてしまうということなのです。つまり、試行回数を増やすと、理論上の期待値に近づくってことで、紛れが少なくなるってことなのです。だから、宝くじの購入枚数を増やすと、宝くじの当選金額の期待値にどんどん近づいてしまう=損をする確率が高くなるってことです。3億円以外興味がないとか、そういう人にとっては良いかもしれないが、損をしたくない人にとってはたくさん買うは愚行です。

 

テレビに出ている宝くじが当たるコツとかを紹介している人って、運は凄い良かったかもしれないけど、頭は凄く悪いように見えてくるのです。当たった人ですらこのレベルだと、やっぱり宝くじはバカが買うという巷で言われている言説がより正しくなってしまいます。でも、宝くじはバカが買うものと、宝くじを買う人を馬鹿にする人は頭が良いのか?というと、やっぱりそうは思えませんけどね。私は収入を上げようとすることが嫌いなんですよ。私はこの部分において向上心を捨てたいと思っている。お金は人を不幸にする部分が大きいと思っているから。何の刺激もない、淡々とした毎日が私にとっては1番幸せです。私は以前「「向上心のないやつはばかだ」は人を、社会をマイナスに導く思想 - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事で、向上心は人を不幸にする、負の言葉であるというようなことを書いたけど、今でもこれは真理だと思っています。向上心を持つと、マジで人は不幸になると思っているのです。だから、私は向上心を捨てたいし、捨てようとしている。まあ、これも一種の向上心になってしまうかもしれないが。そういう意味では宝くじを買っていない私も愚者の税金をどこかで払っている可能性がある。

 

宝くじを当てたいと思って買っている人は、お金という面において向上心を持ってしまっている状態ではあるが、私は不幸にしか見えません。そんな未来が想像できる中で宝くじをなぜ買うのか?宝くじを買う人は不幸を買おうとしているのか?くらいに見えてくるのです。宝くじはバカが買うものという揶揄する言葉は結構多くの人が言っている印象だが、私の中では少なくとも頭が良い人は買わないよなとは思っているし、宝くじを買うことの合理性が全く分からないのです。宝くじを買う人はバカかもしれないが、でもそれをバカにする人も向上心は持っているだろうから、宝くじは買わないかもしれないけど、結局その人もバカだと思います。そして、私自身も少なからず向上心を持ってしまっており、多分知らないうちに愚者の税金とやらを払っている(過去に払ってきた)ので、その部分に関してはバカと言えると思います。

 

宝くじで1億円当たった人の末路

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