就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

ずるい?羨ましい?内部進学を選ぶ人が勝ち組かつ合理的で頭いいと今なら思う

【スポンサードリンク】

今年も受験シーズン真っ盛りという状況ですが、数年前から始まった私大難化の波は今年も押し寄せ、今まで以上に受験生を襲っているような状況みたいです。定員厳格化に関して、今年は去年以上の数値の厳格化が予定されていましたが、前年並みということで現状維持が決まり、受験生はホッとしたことでしょう。しかし、ふたを開けてみたら、すごい状況みたいです。聞いた話によると、センター利用入試の時点で異常な状況になっているみたいで、まず予備校の出しているセンター利用入試のリサーチ結果の判定がほとんどあてにならないらしく、A判定なのに落ちている人が結構多いようです。去年までの各大学ごとのボーダーラインの数字と比べて、今年はとんでもなく上昇している首都圏の私立大学が多く、特に大東亜帝国日東駒専成成明学獨國武あたりに関しては、何でこれで落ちるの?という得点率の上昇があったようです。聞いた話なので、詳しいところは分かりませんが、例えば大東亜帝国に関しては、大学学部によって異なりますけど、8割近くとっても落ちたという話があるらしいので、ボーダーラインがそれよりも上になっているってことですよね。

 

私は12年前の受験ですけど、8割近くとれていたら、当時は成城、成蹊、明治学院あたりに受かっても全然不思議じゃない数字です。大東亜帝国は6割程度あれば、文系学部ならば受かっていた学部学科が多かったと思います。その時代と比較すると、異次元の状況になっています。今年の受験生はネットのニュースで確認したところ、安全に安全を重ねている人が多いらしく、受験校を従来よりも増やし、さらに滑り止めのランクを従来よりもかなり落としたところに設定している人が多いみたいで、例えば、MARCH志望の受験生は日東駒専くらいを滑り止めにするケースが多いものの、その学力の人たちが大東亜帝国まで受けているような感じなのかもしれません。つまり、従来は受験してこなかったようなレベルの高い受験生が特定の大学を受験するようになり、レベルが上がってしまい、難化したということみたいです。これが今年起きていることみたいで、2017、2018と年々難しくなってきていると言われる私立大学が、今年さらに難しくなっているようです。私が受験生の頃には考えられないような難易度になっているみたいで、一般入試で受ける人は本当に大変でしょう。こういった事態があると、益々内部進学の優越性が浮き彫りになる気がするのです。

 

内部進学ってバカにされることもあるようで、企業ウケもよくないケースもあるようですけど、かなり合理的ですよね。内部進学は勝ち組だと思える面があります。今だったら、内部進学は羨ましいと少しは思うでしょうね。大学附属に入ってしまえば、エスカレーターでそのまま上がれる。誰でもというわけではないでしょうけど、一般入試で受かる難易度と比べたら、かなり低いと思います。実際、今の大学入試を受けていないので、私は想像でしか語れないものの、相当難しいと思います。内部進学はずるいとか言う人もいると思うけど、内部進学は頭いいと私は思います。勉強それ自体よりは学歴そのものの方が評価対象として大きいのが今の世の中だと思いますから、同じ結果を残すために確率が高い方を選べるならばそっちの方が良いと思います。内部進学でエスカレーター方式でそのまま上がるためには、その高校とか、中学とかに受からないといけませんけど、それが可能ならばそっちの方が良いと思いますし、そういう人生を送っている人が実際にいるわけだから、自分が大学受験で苦労したことを踏まえると、より内部進学の人たちは羨ましいなとか、そういう感覚になってしまいます。

 

私は小中は地元の公立の学校で、高校は都内の私立高校でしたが、大学附属ではありません。だから、受験をしないといけなかったわけですが、今思うと附属じゃなくて良かったって面もあったとは思います。それは行きたくない大学の付属校に入ってしまうと、受験が面倒だからそのままエスカレーターで上がってしまえ!と考えていた可能性もあるからです。結果的に楽をしたいがために、不本意な大学に入ってしまった可能性があります。実際、私が第1志望にしていた高校は某私立大学の付属校なんですけど、そこに行かなくて良かったなと思います。その高校はその付属大学への内部進学率がすごい高くて、自分もその流れのまま進学してしまったかもしれませんから。で、その大学というのは、正直言って行きたいとは思えないところだったんですよ。結果的に私は一般入試でそれなりの希望の大学に受かりました。私が受かったその大学にも付属校はもちろんありますけど、複数ある付属校の中で1番有名なところは偏差値が相当高かったです。正直言って、その付属校に行きたい気持ちも中学生のときにはあったのだが、夢のまた夢すぎて選択肢にありませんでした。現実を見据えたときに、第1志望だったのが先に出した某私立大学の付属校だったのです。でも、結局そこも両親に反対されて受けてさせてもらえなくて、都内の私立高校を推薦入試で受けて受かったんですよ。私も大学受験を経験しているから、一応大変さは知っているつもりです。その私がもう1度人生を送るならば、これは付属校に入って内部進学をするというのを理想とすると思います。行きたい大学の付属校に限定の話ですけど。

 

当時は大学受験って一生に一度だろうし、経験してみたい面もあったので、一般入試で受ける満々だったんですよ。大学受験それ自体を楽しみにしていた面もありました。でも、大学受験を終えてみると、その過酷さが身にしみてわかりました。当時でもそうだったんだから、今だったらヤバイでしょうね。そして、恐らくこれから大学に進学する予定の子供たちに関して、親は内部進学させる道をより積極的に考えると思いますよ。有名大学の付属校に入れれば、その時点で勝ち組かもしれない。有名大学に進学できる確率が相当低くなってきているのならば、中学や高校あたりで付属校に入ってしまおうと、そっちの方が確実なのではないか?と考える家庭は、今までもあったはずですが、それがより多くなりそうなのです。つまり、小学校もそうだけど、中学受験や高校受験に関しても少なからず難化するのではないか?有名大学附属のところは特に難しくなる気がします。少子化もあるので、それと相殺される可能性もあるかもしれませんけど。内部進学はずるいと言われる面もあるのだろうが、ずるいって言うのは私は誉め言葉だと思っているので、それを言われてもネガティブな感じじゃないですね。ずるいって言うのは、悪いわけではなく、悪いとは言えないときに、自分がやれないことを他人にやられてしまって、かつ羨ましい気持ちが若干でも含まれているときに発せられる言葉だと思っています。だから、そういった部分も含めて、内部進学は勝ち組だと思うのです。内部進学を羨ましいと思ったことは、受験生までの自分の人生の中では1度もなかったんですよ。さっきも言いましたけど、私は当時大学受験をすることがちょっと楽しみでしたから。

 

でも、今の自分ならば羨ましいと思うんじゃないかな?内部進学の人生を歩んだことがないので、それで興味があるということも言えますけど、内部進学で大学進学を決めるときの気持ちってどんな感じなんだろうな?と、受験生から12年経った今になって思うときがあります。行きたい学部に進めるように勉強を頑張るのかな?とか、学部はそんなに気にしないから勉強は適当にやるのかな?とか、ありえない人生を想像したりすることもあります。今では大学に進学する意味に関して、当時ほど感じられなくなってきている面はあるものの、仮に大学に絶対に行きたいと思うならば、当然ながら有名大学に行きたいと思うでしょうし、だったら内部進学でエスカレーター方式で楽に上がりたいなと考えると思います。私みたいに一般入試にこだわらないで、内部進学をしているしたたかな人たちを、今ならば頭いいなと私は評価しているのです。合理的に生きている勝ち組だなと思います。指定校推薦とかもそうですけど、内部進学を含めて一般入試以外の選択肢がこれからどんどん合理的になる気がするんですよね。

 

ただ、一般入試が難しいから、一般入試の人気がなくなっていくか?というと、そうではないのです。世の中には指定校推薦や内部進学をかなり嫌悪している人たちも多数いて、彼らが一定割合として存在している以上、一般入試で受ける層はいなくなりませんし、指定校推薦や内部進学の数にも限界があるので、一般入試で受けざるを得ない人たちは残り続けます。でも、その中には指定校推薦や内部進学を一切考えていない人たちもいるので、そう考えると、指定校推薦は確実に希望のところを受けられる保証がないのであれですけど、内部進学に関しては一般入試が難しくなっても、激化しづらいと思います。つまり、内部進学を求めて中学や高校から大学付属のところを受ける層はそれほど多くならないってことです。それは=チャンスなんですよ。付属校を受験するって層は多少は増えると思いますけど、意地でも内部進学を認めないとか、心の底からずるいと思っている人はそれなりにいるので、彼らは参戦してきませんから、一般入試の難化に比例しない形で、大学付属の高校の入試の難易度が存在するような状況だと思います。以前と比べたら少しは難しくなりそうですけど、でも少しでしょう。頭いい人はそのチャンスを逃さないんですよ。

 

内部進学を選ぶ人たちは今の時代は頭いいと私は思っていますし、内部進学はずるいと言われることは選択肢としての合理性を表していると思っています。内部進学を悪く言っている人は、少なからず羨ましい気持ちはあるんじゃないか?と推測しますが、私は勝ち組になりたいんだったら、一般入試を否定するわけではないが、内部進学も否定するものではないと思っています。内部進学できたから勝ち組っていうのも違うかもしれませんけど、自分の気持ちとしてそう思える可能性を高めたいならば、いろいろな選択肢の可能性を持つことが重要で、世間の風潮とかにとらわれない方が良いです。選択肢を狭めることは、自分の可能性を狭めることに直結すると思っていますから、感情論で是非を決めないこと、合理性から判断することが、子どものうちから求められるような時代にマジでなってきているんじゃないか?と思います。頭いいという評価に関して、学力よりも違ったところに重きが置かれるような社会にどんどん変わっていくかもしれませんね。

 

受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実 (新潮新書)

受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実 (新潮新書)

 

 

あわせて読みたい記事