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転載と引用の違いを解説しているサイトは多くが間違っていると思うんだけど

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無断転載を断っている、それを明示しているサイトとかって結構あるんだけど、そもそも転載とは何だろう?転載と引用についてを解説しているサイトは結構見つかるんだけど、いくつか覗いてみると書いてあることはほぼ一致している。引用は特定の文章等を掲載元とは違うところにそのまま移して、独自の見解などを添えることとなっている。そして、転載はその独自の見解がないまま、掲載元とは違うところに移すだけとなっている。いくつかのサイトを見たが、基本的にこういった違いが書かれている。引用の定義はだいたいあっていると思うのだが、転載の定義は多分違うと思うんだよね。ネットの辞書で「転載」について調べてみると、「既に刊行されている書物・新聞・雑誌などに載った文章や写真などを、他の印刷物に載せること」と書かれているのです。つまり、掲載元にある文章などを、掲載元とは違う場所に載せることが、転載に当たるわけです。そうなると、独自の見解などを載せていないことは、転載の定義には関係ないわけだ。分かりやすく言えば、元の文章を掲載元とは違う場所に載せただけのケース、元の文章と掲載元とは違う場所に載せて、そこに独自の見解を付け加えたケース、この両方とも転載と呼べるわけです。ただ、後者の場合にはより細かい呼び名として引用という名前をつけている。

 

ということは、転載と引用は並列の関係ではないということ。転載という大カテゴリーの中に引用という小カテゴリーがある状態なのだ。つまり、転載と引用の違いを書いている人は、算数と分数の違いを解説している状態に等しい。「分数は算数である」という言い方は間違っているとは言えないかもしれないが、分数は「分数」という細かい呼び名を与えた方が分かりやすいだろうから、区別がされているのだ。算数の中に分数がある状態なわけですよね。算数(数学)が消えれば分数も消えるわけだから、分数は算数と違う独立の存在じゃないってこと。生物が消えれば人間も消えるという状態と同じですね。仮に生物が全てこの世から消えたという状態があったとして、その状況で人間だけは生きているっておかしいわけでしょ?生物の大カテゴリーの中に人間という小カテゴリーがあるのだから。転載と引用も同じです。転載という概念が消えれば引用も消えるわけだから、転載と引用は実現が異なる概念というのがお分かりいただけるだろうか?

 

転載は特定の文章などを元にあったところ以外に載せること全般であり、そういった行為の中で独自の見解を添えたものがさらに引用になるという話なのだ。だから、転載と引用は本来比べられないものなのです。転載とは何か?について調べると、さらに「そのまま載せる」という表現を使っている辞書も見つかるのです。上記の定義だと、他の掲載物に載せるということしか書かれていないが、そのまま(文章を一切改変せずに)載せるという言い方をしているケースもあります。ただ、この場合でも文章をそのまま載せること自体が転載というだけであって、その後に独自の見解を添えるか?という違いに言及されていないのだから、結局転載と引用の違いは多くの人が考えている人とは違うということが言えると思います。「そのまま載せて公開する」という書き方があれば、それは独自の見解がないものを転載と呼ぶという状態だと思うが、そのまま載せるしか書かれていないのです。そのまま載せたというその行為それ自体が転載であり、そのまま載せた文章に加えて、さらに見解を載せてから公開すれば、それは引用に変化するわけだ。

 

そこで問題なのは、私がたまに見つけることがあるんだけど、ネット上で「無断転載はお断りします」みたいなことを書いているサイトがあるんです。でも、転載は引用に当たる書き方がされていれば、許可なんかいらないのです。以前「DeNAの無断引用や情報の不正確性を訴えるニュース記事がそもそも不正確なんだが - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事でも紹介したように、DeNAのキュレーションサイトの社会問題がありましたけど、あれも無断引用が問題視されていたみたいなことがマスコミが報道していたわけだが、当然ながら引用は無断でOKだし、無断引用を咎める根拠なんかない。つまり、引用は許可がいらないのだから、無断引用を責めていた人たちは明らかにおかしなことを言っていたということになる。無断引用で謝罪って、いまだなんのこっちゃって感じですけど。内容の信憑性とか、根拠の信頼性の問題で責めていた人もいたが、信頼性がないようなものなんてものは、単なる感想でしかないので、個人の感想として捉えればいいだけの話です。

 

信頼性がない、根拠が乏しいことを書いてはいけないというのは、感想すら述べられないということと同義だ。明らかに根拠が乏しい、信頼性が薄いものを信じてしまう人が悪いのであって、感想でしかないことを述べるのは悪いことではない。根拠が乏しい文章ならば、そんなものは信用しなければ良いでおしまい。それ以上どこに責める余地があるの?(笑)口コミなんてだいたいそうだからね。それに当時DeNAが運営していたのは医療系のキュレーションサイトらしいが、信頼性がないようなものなのであれば、気功とか明らかに科学的根拠がない治療などをなぜ責めないのか?というのは当然疑問だよ。気功を胡散臭いものだと思うのは自由だけど、それを頼る人がいるのも自由だという話なわけで、気功を治療として使うのが悪いわけではないですよね。

 

話は大分それたが、無断転載の中でも、引用に該当しないと思われるものは断る権利はあるが、引用にあたるものも転載に含まれる以上、無断転載はお断りという表記はおかしいのではないか?と。だから、多分「無断転載を禁じる」などのことを書いている人も転載と引用の違いが分かっていないというか、転載という言葉の定義を正確に知らないんだろうと思います。実際、無断転載を禁ずる文章を書いている人の中には、引用すらも許可なくやってはいけないものであると考えている可能性もある。私が見たような、転載と引用の違いを解説しているサイトは、恐らく当時叩かれていたDeNAと同じことをやっていたわけですよね。というか、転載と引用の違いについては定義が一応あるわけだから、確実に間違いの情報と言えるわけだが、DeNAの場合には根拠が薄いとか、そういう次元なので、情報としての信用性の程度の問題であり、情報が間違っていると断言できる問題ではなかった(正しいか?どうかの判断ができなかった)のです。つまり、DeNAがやったことよりも明らかに罪が重いですよね。こういう部分が平気で放置されて、DeNAみたいに大企業で目立つ存在は盛大に叩かれるという、これも頭の悪い人たちが引き起こしている日本の闇の1つでしょうな。

 

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