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違いの説明=正当性の説明になると思っている浅はかな日本人が多いと感じる

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これは過去の記事でもちょっと触れていることなのだが、改めてこの話題をメインにして書きたいと思う。私が以前、5,6年くらい前かな?子どもを不幸にするという理由でキラキラネームに関して否定的な人に、「子供を不幸にするのがダメならば、例えば親が不細工な場合、子どもに容姿が遺伝して、それも不幸にしますよね?」と質問したことがある。すると、相手はなんて返してきたか?というと、「先天的なものと後天的なものは違う」というものでした。相手の言い分によると、先天的なもの(この場合、両親の容姿は自身の努力ではなく、生まれつきものである)を理由に子供が不幸になったとしても、それで両親を責めるのはおかしい。というようなものだったと思う。これは相手はちゃんと反論になると思っているんでしょうね(笑)このレベルで正論を言っている気になっている相手は本当におめでたいと思いますよ。この人の説明は先天的なもの(両親の容姿)と後天的なもの(キラキラネームをとつける行為)は違うという説明をしているのだが、言ってしまえばそれで終わりなんですよ。違いを説明しただけであり、その違いがあるとなぜ結論が異なって良いのか?の説明が一切ない。つまり、この人の意見では、違いがありさえすれば、取り扱いを変えていいということになるが、その理屈を前提にしたら人種差別とかも余裕で肯定できちゃいますけど?人種という違いがあれば、この人は取り扱いを変えて良いと言っているわけだから。この人が差別主義者って言うならば矛盾はないかもしれないけど。

 

それに先天的な部分で誰かを不幸にして良いとなると、例えば家が超貧乏な子供は、満足に食事ができない場合には、他人の家に泥棒に入って良いということになりますよね。家が貧乏というのは子どもの努力とは関係ないし、子供が収入をあげるために労働をしないといけない義務はないので、子どもにとっては先天的な部分になります。先天的な家が貧乏であるという理由で、他人の家に泥棒に入って、その家の人間を不幸にしても良いのか?といえば、NOだろうね。親の容姿というのも先天的な部分ではあるが、それが理由で子供を不幸にしても良いと言えるならば、こういうことになりますよ。家が貧乏な場合には生活保護を受給しろとか、そういう反論もあるかもしれないが、それは別の選択肢があって誰かの不幸を避けることができるならば、その選択肢をとるべきということを言ったに過ぎない。つまり、先ほどの例で言えば、じゃあ親が不細工の場合、子どもを産まないという選択肢をとれば、誰かを不幸にしないで済むので、結局私の言っていることが正しくなっちゃいますよ。それで少子化が進む!とか反論するなら、キラキラネームを容認した方が少子化に歯止めがかかりやすくなりますよ?(笑)実際、キラキラネームが不幸になるっていうのは、キラキラネームをつける行為そのものではなく、キラキラネームを悪い言う連中が最大の原因になっているわけだ。キラキラネームはおかしいという風潮がなければ、キラキラネームをつけられた子供が不幸に感じる可能性は低くなる。その場合、「キラキラネーム」なんて概念や名称が存在しないのだろうが。そもそも私は少子化は歓迎の人間ですけどね。

 

結局、キラキラネームをつけるべきでないという理由が子供が不幸になるから。ならば、親が不細工の場合、その親は子供を産むべきじゃないが正当化されてしまうのです。キラキラネームをつけたいという欲求を持っている人ははっきり言って少ないだろう。しかし、自身または配偶者の容姿が優れていると言えるか?といえば、そんな自信が持てる人は多くないはず。むしろ、自分の容姿に絶対の自信がない人が多いんじゃないの?と思うのです。つまり、キラキラネームを否定することをしても、自分がキラキラネームをつけるわけがないと思えれば、自分の選択を否定することにはならないが、容姿が不細工な人間が子供を産むことを否定されると、自分がそれに当てはまっているのではないか?と心配になる人が多いはずです。絶対に自分が不細工じゃない(生まれた子供が自身の容姿に不満を一切持たない)なんて胸を張って言える人は少ないでしょうから。つまり、私の意見が正しいとなってしまうと、これまでに子供を産んできた多くの親、これから産もうとしている多くの親は矛盾を抱えることになるわけですね。だから、必死で否定しにかかるわけだ。キラキラネームで子供を不幸にするのはダメだが、親の容姿の場合はOKという、都合の線引きをしているわけです。タイトルに書いているように、こういう意見は全く反論になってない。中にはキラキラネームだろうが、どうでも良いと思っている親もいるだろうけど、キラキラネームを否定しつつ、子どもを産もうとする親はたくさんいると思います。

 

これは単なる一例に過ぎないものであって、こういう思考しかできない日本人は結構多い。私は今までかなり見てきた。違いを説明して終わりという。その違いがなぜ結論の違いを生むことを正当化できるのか?まで説明してもらいたい。それに違いを説明して終わりというケースでよくあるパターンっていうのが、一方の不可抗力を説明して終わりというものなんですよ。さっきのケースもそうで、先天的な容姿というのは、親にとってみれば不可効力の部分であると。だから、しょうがないんだという言い分なのだろう。あとは地毛が茶色の生徒を黒染めさせようとしたら叩かれたニュースが以前ありましたよね。ただ、あれもあくまでも地毛だから世間は擁護したと思うのですよ。しかし、地毛が黒で、後から茶色に染めようとする生徒がいたら世間も叩いていたのではないだろうか?少なくとも学校は叩くだろうね。しかし、地毛の茶色はOKで、後から染める茶色は何でいけないの?という質問をすると、返答としては地毛は先天的なものだからしょうがない。というパターンになると思うんですよね。つまり、地毛が茶色なのはしょうがないという説明で終わったとしたら、それは地毛と染髪の違いを説明しただけで終わり、かつ一方の不可抗力を説明しただけで終わりなのだ。私が言いたいのは、じゃあ不可抗力じゃない方は何で責めて良いのか?ということなのです。こういうことを言う人は、一方は不可抗力だからしょうがないしか言わないのです。だから、親の容姿の問題や地毛が茶色の方をその理由で擁護するのだが、一方を擁護できる理由しか述べておらず、もう一方を否定できる理由は述べないのよ。つまり、しょうがなくない問題、不可抗力じゃない問題をなぜ否定できるのか?という理由が必要なのだ。

 

不可抗力を理由に擁護するのはとりあえず良いとしておこう。しかし、キラキラネームをつける行為、髪を染めて茶色にする行為などの後天的な問題は、確かに不可抗力ではない。しかし、それを言うと子供を産む行為も不可抗力じゃなくなるけどね。自分の容姿は遺伝だから不可抗力だが、その状態で子供を産むことは不可抗力でも何でもない。その人のさじ加減の問題だ。でも、キラキラネームをつける行為、茶色に染める行為などの不可抗力じゃない行為はなぜしてはいけないのか?という理由がなければ、不可抗力の問題と不可抗力じゃない問題の結論が異なることに納得ができるわけがないのだ。例えば、酒やたばこをたしなむ人がいるから迷惑に感じている人もいるだろうけど、酒やたばこをたしなむことは不可抗力じゃないですよね。実際、こういった行為で迷惑に感じている人は結構いると思いますが、不可抗力じゃないことを理由にキラキラネームを子供につけることや髪の毛を茶色に染めることを否定する人は、不可抗力じゃないからという理由で、酒やたばこが禁止になっていないのはおかしいという主張をするのでしょうかね?こういう例は酒やたばこだけじゃなく、趣味や嗜好などの分野で挙げたらキリがないと思うけど。人に一切迷惑をかけない趣味や嗜好ってなかなかないと思うし。

 

趣味や嗜好は不可抗力じゃないので、さっきの理屈が正しいならば、これで全部否定できちゃいますよ。当然ながらキラキラネームや地毛を茶色に染める生徒らを否定する人の中には酒やたばこを嗜む人は多くいるだろうし、酒やたばこが社会に迷惑をかけ、世間の一部から嫌われていることも知っているはず。で、キラキラネームや地毛を茶色に染める生徒を否定する人が酒やたばこは不可抗力じゃないのに止めないとしたら、相当自己中でしょう。都合のいい部分だけ叩いて、都合の悪い部分は無視なわけだからね。キラキラネームが子供を不幸にし、しかも不可抗力じゃないからダメとかいうならば、社会の害悪にもなっている酒やたばこも不可抗力じゃないのでダメで良いですか?私が生きてきた中ではこういう自己中な態度の人は少数ではなく、結構多数派だと思っています。法律って存在が1番のそれだけどね。害悪になりうるものであっても、世間の多数派にとって都合のいいものは合法、悪いものが違法ってのはよくあるパターンです。酒やタバコなどが法律で認めてられいるが、脱法ドラッグにあたる薬物が禁止とかね。それに不可抗力が理由になるとしたら、最初に出した家が貧乏な子供の不可抗力のケースも擁護するんですかね?という話になりますがね。こっちの例も擁護できる人じゃないと、不可抗力を理由にしていい理由がないと思います。AとBの取り扱いを変えることの正当性を説明するときに、AとBは違う!という理由のみで反論をしてくる人が多くいますが、全員バカ丸出しですよ。

 

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