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トレードオフの概念の欠如が、日本人の頭の悪さの象徴かもしれない

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これまで日本人を長く観察してきたが、私は基本的に全体的に日本人は頭が悪いと思っている。外国人との比較ができないので、私の単なる主観による判断でしかないので単なる感想だと思ってもらって構わない。それに私自身も頭が悪いからもしれないし。私も日本人なので(笑)そんな私からすればどうしてそんなことも分からないのだろう?と思うことが今までに多々あった。その1つがトレードオフという概念が総じて欠如しているということだ。そもそも「トレードオフってなんですか?」と聞いたら、結構な割合で意味を答えられないんじゃないか?と思うのです。「「最低賃金1000円」が実現した時に、この国で起きること(加谷 珪一) | 現代ビジネス | 講談社(3/3) 」からの引用でも書かれている通りだが、日本人はやっぱり頭悪い人が多いんだなと思うんですよ。私もそういう人に出会うとイライラすることもあるが、相手にしたくないと思えばスルーしますね。言っても分からない人だなというケースが結構あるんですよ。

 

>日本人はトレードオフという概念が希薄であり、よい施策を行えば、すべてがバラ色に解決すると考える傾向が顕著である(常に正しい解答が用意されている暗記型学習の影響も大きいかもしれない)。現実の社会においてそのようなケースはほとんどなく、何かを取れば、何かを失うことが多く、トータルで損得を考えなければならいことが圧倒的に多い。

 

私が最初に日本人がトレードオフという概念が欠如しているなと感じたのは、5,6年くらい前かな?ベーシックインカムの話で、導入に批判的な人が理由にあげていたのが、介護などの職を担う人がいなくなるというものだったのです。それを言っていた人たちは、それがベーシックインカム反対の理由になると思っちゃっているわけです。ただ、それはそういう側面があるということを言ったに過ぎない。なぜならば、これは結局トレードオフの問題だからです。彼らは介護を受けているような人たちが困るということが、ベーシックインカムに反対の理由なのでしょう。しかし、困る人がいる一方で、ベーシックインカムがあるから助かる人もいますよね?という話なのよ。その困る人は助かっている人がいる一方で起きていることなのです。それが反対の理由になるなら、こっちが賛成の理由になっちゃうわけですよね。介護職を担う人間が減ることが社会的にとって相当致命的である理由を説明できないならば、賛成の理由が生まれている時点で、相殺されてしまいます。それ以降、私は日本人はトレードオフの概念が欠如しているなーと感じることが非常に多くなりました。

 

特に最近顕著な出来事があったのですが、それが5chのある板のあるスレッドを覗いていたときに、私の母校の大学が批判されていたんですね。批判の内容は「キャンパスが狭い」ということだったんです。私は狭いと感じたことなかった(正確には他大学のキャンパスの広さを知らないから比較ができない)ですけど、世の中には狭いと感じているという人もいるということで、そこは良いんですよ。個人の感じ方だから。ただ、その批判をしていた人は、どうも狭いことを悪いことと捉えているようで、私はあっけらかんとしてしまいました。キャンパスが狭い=悪いことって思っちゃうんだー?と、衝撃的でした。キャンパスが狭いと確かに困ることはあると思う。ただ、そもそも狭いって言われても、あなたが感じている狭さと私が感じている狭さは違うから。みたいな話になってくるわけですよね。狭いって言葉は絶対的な言葉じゃないから。相対的な言葉だから。どこかの大学と比べて狭いなら分かるけど、この人もこの前の記事で言ったような、相対的なものの見方しかできない人なんでしょう。狭いって言葉は日本人なら全員が同じ感覚になれる言葉じゃないのよ。ってことは、比較対象が存在しないと本来は使えないのよ。

 

この時点で頭が悪い人なんだろうなと、ちょっとイライラ気味だったが、レスバトルには参加せずにレスの行方を見守っていたけど、終始キャンパスが狭いことと、それがよくないといった口ぶりのレスが続いているだけでした。反論している人もいたけど、私の思っていることとは違っていました。私の大学のキャンパスが狭いというのは、何との比較なの?という話なんだが、この人は主観で広い、狭いの2択のうち狭いという選択をしたのだろう。ちょうどいいという選択肢もあったかもしれないが。その判断に何の価値があるのか?とも思ったけど、何よりも問題なのは、この人は狭いことを悪いことだと捉えていることなんですよね。狭いからこそ起きているメリットに気が付かない。例えば、私の出身大学のキャンパスは都心にあるわけで、立地は結構良いって言われているんですよ。つまり、それは多くの人にとって一般論で言えばメリットなわけじゃないですか?ただ、立地が良い(大きな駅の近くにあるなど)とされていることにもデメリットがないのか?と言えば、ないこともないだろうけどね。したがって、その場合には立地が良いということが必ずしも良いということではなくなるけど。そうなれば、私もトレードオフの概念が乏しい日本人の1人ってことですよ。タイトル通りで間違ってないでしょ?(笑)一応、ここで立地が良いということは、プラスの要素として考えていくが、そのうえで都心にキャンパスを作ろうと思ったら、場所はそんなにとれませんよね。だから、郊外にあるキャンパスよりは絶対に狭くなります。敷地面積で言えば。

 

キャンパスの立地の良さは敷地面積と絶対にトレードオフの関係になるんですよ。広い場所にキャンパスを移転したら、絶対に立地が悪くなります。で、今の立地を維持したままキャンパスを広げる方法はあるのか?と言えばないと思います。現実的な方法としてはまずない。だから、キャンパスが広くなっても、立地が悪くなるなら狭いままでいいと思う人もたくさんいると思います。キャンパスの評価をするときには、メリットとデメリットの両面を見て行うべきだと思うのだが、この人は頭が悪いからデメリットだけ見て評価しちゃってるの。狭いのはデメリットかもしれないけど、狭いからこそ生じているメリットを見る気がないというか、発想がないのよね。トレードオフという概念がないから。引用した部分にも書いてあるけど、トータルで物事の損得を判断するという能力がないわけですよ。だから、実際に私の大学のキャンパスを移転するか?という案が浮かんだときには、デメリットだけ考慮するなんてありえないわけです。メリットも含めて考えて、トータルでどっちが望ましいか?を考えるべきなのに、視野が狭い人っているんだなーって、本当に思うばかりですね。

 

あるメリットを達成しようとしたら、あるデメリットがつきものな時点で、そのデメリットの指摘はあまり意味ないのよ。なんだろう?投資っていうのは、短期的な収支で言えば損をするわけじゃないですか?でも、長期的に見たら得をする可能性があるからやるわけですよね。この場合、短期的な損を指摘して何の意味があるんですか?長期的な得を得るためにはほぼ必須とも言えるものなので、問題はその長期的な得の大きさとの比較になるわけです。だから、さっきの話で言えば立地条件の良さとキャンパスの狭さを比較したうえでの評価をするなら分かるのよ。立地条件とキャンパスの狭さはある程度比例関係にあるわけだから、絶対にセットで考えないといけない。でも、そういう発想がない人は実際いるわけで、多分世の中に多くいるのだと思います。恐らくだけど、日本人の多くは少子化が悪いことだと思っているはずなのです。でも、それって少子化のデメリット以外も見ての考えなのか?というのは疑問ですよね。そういうことです。

 

そもそも私は授業間の移動時間が短くて済むので、キャンパスが狭いことそれ自体もメリットだと思ってますけどねw私にとっては移動時間が短いって結構重要ですよ。私の場合には自分の部屋が広いことにメリットを見出せませんし。狭い方が掃除も楽だし、モノをあまり置けないから、結果的に浪費が減り、良いなと思っていますよ。キャンパスが狭いということだけに注目しても、それがデメリットと言えるか?はその人次第でしょう。ちょうどいい大きさってのは人によって違うわけだから、私の大学のキャンパスの敷地面積がもっと広い方が良いと思っている人もいれば、狭い方が良いとか、今のままで良いという人もいると思うのです。自分の価値観が絶対って人が世の中には多くいるってことですね。私は無視しますけど。

 

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