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綺麗ごと抜きで言うと、商売の基本は「バカをいかに騙して利益をあげるか?」である

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私の持論の部分も含むけど、基本的にビジネスというのは「バカをいかに騙すか?」を徹底しているように見える。もちろんみんなそんなことは口が裂けても言わないが、有能な人ほどそれを実践していると思うのよね。日本人だけなのか?は知らないけど、私は多くの日本人を見てきて、ものすごい頭が悪いなと思う瞬間がある。何日か前にトレードオフの概念が欠如しているという点を挙げたが、実はもう1個重大な問題があるのだ。それは状況が明らかに違うものを普通に比較して、優劣を判断してしまうということです。これは私が日本人を見ている限り、多くが平気でやっていることなのです。例をあげたらキリがないくらいに。1日1回はそういう場面に遭遇する。例えば、今日遭遇した例を挙げさせてもらうと、先日プレミア12という国際大会で野球日本代表の侍ジャパンが優勝した。前回は確か3位だったんじゃないか?と思うけど、今回は優勝をしたということで、前回大会の小久保監督と今大会の稲葉監督を比べている人が普通にいるのです。

 

いやいや、そもそも選べる選手が違うし、日本以外のチームの強さも違うし、大会のレギュレーションが違うしってことで、比較をする以前に状況が全く違うんだけど、なんでこの状況で比較をしてさ、稲葉監督と小久保監督の優劣を判断できるとおもっちゃうわけ?(笑)前回大会で稲葉氏が監督を務めていても同じく優勝できたと断言できて初めて、両者の優劣が比較できると思うんだけど、そんな証拠どこにもないの。それぞれの監督の能力面、手腕を結果論から評価できると思ってしまう人たちが普通にいるということ。単純比較をするということは、比較をする際に揃っているデータのようなものが完全に公平である必要があると思うのだが、すでに話したように全く公平じゃないわけ。公平ではないということは、それが揃ったときには十分に結果が変わる可能性があるということ。で、タイトルにもあるような、商売はいかにバカを騙すか?というのは、この部分を突き詰められた結果でもあると思っているのです。多くの人は騙されているとは思っていないが、知らない間に騙されているのです。で、騙されたことに気付かれては困るので、誰もそのタネ明かしをしない。というか、タネ明かしができる人がかなり少ないんだと思う。騙されない人がほとんどいないんじゃないだろうか?

 

ビジネスにおいて、バカを騙して利益をあげている顕著な例だと思うのが、私は大学とか高校などの学校だと思っている。こういうところはまさにバカを相手に商売をして、バカを騙して利益をあげている存在だと思うのだ。学校は不特定多数が多く通うから、その中に当然バカは大量に含まれている。その最たる例としては、それぞれの学校が用いる「実績」というもの。高校だったら有名大学の合格実績とか、大学ならば就職実績などが代表だろうか?これって、さっきと同じなんですよ。実績として評価する中で、公平なデータがまず揃っていると言えるのか?という問題があります。高校の大学の合格実績で言えば、これはその高校の生徒が残した実績としては正しいが、高校の実績ではないだろうと思うわけです。まるで高校の手柄のように扱っているところが多いと思うけど、高校の力だけではなく、生徒のポテンシャルが重要なわけでしょ?生徒のポテンシャルがそれぞれの学校の実績を左右する要素としてむちゃくちゃ大きいのよ。で、そのポテンシャルっていうのは生徒ごとに違うし、学校ごとにも違う。つまり、合格実績を評価するってときには、他校と比べてってことになると思うが、他校と比べて生徒のポテンシャルが全く同じではないのだから、その高校の実績から優劣を判断することは不可能なのです。つまり、高校の指導力そのものは判断できない。中学生や保護者が合格実績を見るときには、自分(自分の子供)がどのレベルの大学に入れそうか?どのレベルまでの指導が期待できそうか?の目安として見ると思うのだが、目安にはならないんですよ。実績から高校の受験指導などの実力は測れないから。

 

これは就職実績も同じで、就職率の高低をいろいろな大学ごとに比較して、自分が入る大学を決めるような人もいると思うけど、就活もポテンシャルが重要であり、ポテンシャルが高い学生が多くいるところとそうじゃないところに分かれます。ポテンシャルが高い学生が多く集まっているところの就職率が高いのは当然で、ポテンシャルが低い学生が多く集まっているところの就職率が低いのも当然とも言えるのだが、就職率の高低を比較するときには、そこまで考慮しないといけない。就職率が高いところに行った方が自分が就職できる確率が上がるんだ!と思ってしまうような人は、私は頭が悪いと思っています。就職率が高いのは大学の就職サポートが手厚いからとか、大学名が有利に働いているからと一概には判断できず、そもそも就活に向いている学生が多くいるだけかもしれない。そんな大学に入った人が超絶コミュ障だったら?就職できる可能性は相当低い。

 

大学がオープンキャンパスとか開くと、その大学の就職実績を高校生らにアピールする光景は見慣れたものだと思うけど、その実績はその大学に在籍する学生の有能さをアピールすることとしては正しいと思う。しかし、その学生が有能だとしても、それは別の人がその大学に入ることで就職が有利になることと=ではない。その大学に入って就職が有利になるか?というのは、主にサポート面の充実度や大学名が有利に働くというケースが存在すればの話だが、それは実績から学生の能力面を引いた残りの部分ということになる。ただ、それは現実的にはできない。学生の能力面だけ結果から評価することができないから。言ってしまえばオープンキャンパスというもの自体がまさにバカを騙しているイベントとも言える気もするが。こんなものは大学の宣伝が目的の99%ですから。高校生らのためではなく、大学のためにやっており、しかも普段の大学と同じか?どうかを問わず、意図的に良いところのみを見せようとしている。高校の学校説明会でもありえることだけど、オープンキャンパスに行って大学選びの判断をするよりは、普段のなんでもない日に行った方が絶対に良い。オープンキャンパスというものを楽しみたいといった目的ならいいけど、大学選びの参考にしたいならば、オープンキャンパスは入学希望者にとっては役に立たないどころか、邪魔な存在である。高校の場合には、学校見学をするときにわざと綺麗な場所ばかり連れていかれて、入学後にそうじゃない場所が多くあることに気付いたみたいな声を結構聞くのです。学校側の意図を事前に読むことができれば、そういうことは事前に想定できるが、多くの人は騙されてしまうのです。

 

話は戻るけど、私から見れば高校や大学が実績をアピールしているというのは、単にバカを騙そうとしている光景に見えてしまうのです。あとはそもそも就職を有利にしたいならば、有名大学、偏差値の高い大学に行った方が良いという一般的な言説もあると思うけど、これもまさにバカが騙されているケースだと思っています。有名大学に進学するとなぜ就職が有利に運ぶと思っているのか?これが疑問なのです。有名大学に進学すると学歴面で有利に働くことがあるかもしれない。大学名が就職に無関係と言える証拠もないから。しかし、高学歴だから存在するデメリットもあって、そこを考慮する力がないのかな?と思えて仕方ない。この前のトレードオフの話にも似ているのだが、学歴が高いことで存在する就職における有利な面しか多くは注目しないんですよ。学歴が高いことで存在する就職における不利な面を見る気がないというか、そういうものが存在しているという発想がないのです。高い偏差値の大学に進学すると、大手企業を狙う人が増えるはずだ。それは有名大学ほど中小零細ではもったいないと思ってしまうからであり、結果的に大手病と言えるような、大手企業じゃないと我慢できない人が増える。一方で、Fランク大学に進学した人は、ある意味最初から大手企業は諦めて身の丈に合った中小零細を受ける人が増えると思う。その結果、単純に内定のとりやすさに関しては、Fランク大学の方が上ということもありえるのだ。特定の超有名大学と特定のFランク大学を比べて、後者の方が就職率が高いということは現実的にありえる。

 

そういう意味では高い偏差値の大学とFランク大学で就職実績に違いが出ているのも頷ける。それは大手企業を受ける人数が明らかに違うだろうと推測されるからだ。Fランク大学の就職実績を見て、大手企業に就職している人数の少なさから、大手に入るならば有名大学に行った方が良いんだ?と思うかもしれないが、これは完全に結果論です。受ける人数が違うのだから、受ける人数が多い方が大手企業への就職実績が良好になるのは当然である。人数で比較をするならば。結果論では、Fランク大学が大手に相対的に就職しづらいのか?は確実に判断することができない。それは学生のポテンシャルの違いもあるので、仮に率で比べてFランク大学の方が劣っていたとしてもだ。実績から言えることは、高い偏差値の大学と比べて、Fランク大学の学生は大手企業に就職した人が少ないということだけです。高い偏差値の大学とFランク大学ってのは、就職においてそれぞれ一長一短だと思います。つまり、どっちは行った方が有利か?というのはケースバイケースになるのです。さっき言ったように、大手病になりづらいという意味ではFランク大学の方が就職に有利な場合がある。企業の規模を無視した場合には。

 

あとは大学が実施している学生へのサポートの充実度にも差がある。有名大学ほど就職支援には力を入れません。学生が勝手に実績を作ってくれるから。それは学生自身のポテンシャルの問題もあるがね。それに有名大学は偏差値が高いということや知名度がブランドになっているので、それで受験生を呼べる。しかし、Fランク大学知名度もなければ、偏差値も高くないということで、経営をまともに成り立たせるには、就職で実績を出すのが1番なのです。特に就職率に関しては最高のアピール材料になります。大学自体の魅力を作るにあたって、1番簡単なのは就職実績だと思う。だから、Fランク大学ほどそこに熱を入れるわけ。そして、大学名では有利にはなれないから、学生自身のスキルを高めさせることに努めるだろう。よって、就職サポートは有名大学よりも力を入れてくれるはずだ。あとはFランク大学は学生数が定員割れしているところもあるなど多くなく、職員が1人1人に対応しやすい、1人にかけられる時間が多くなるというメリットもある。そこも含めてサポートが充実しやすいのはFランク大学だと思われる。つまり、コミュ力などに長けている学生は有名大学に進学して、学歴という武器を手に入れればいいかもしれないが、コミュ力がない学生はそのスキルを習得するのに努めるべきであり、相対的に就職サポートが充実していると思われるFランク大学の方が良いと思う。学歴があっても、コミュ障だと就職は厳しいと思いますよ。確実にコミュ力の方が就活では重要です。

 

万人が有名大学、高い偏差値の大学に進学した方が有利!なんてのは嘘です。ここも騙されているというか、考える気にすらなってない人が多くいると思います。就職に対する意識が高い受験生ほど就職実績が優れている大学を選ぶかもしれないが、それによって意識の高い学生ほど就職実績が良いところに集まる。甲子園の強豪校にいい選手が集まるのと同じ。その学校は毎年強いわけだが、就職実績も同じであると。強豪校というのは、良い選手が多く集まっているから強いと言える面もあるわけで、就職実績が良いところも優秀な学生の力なくしてはなしえない。つまり、学校の力=学生の力でもあり、就職実績はやっぱり結果論だなと思います。逆に就職のことをまともに考えていない人ほど、就職実績なんか見ないし、就職実績があまりよくない大学進学する率が高まると思います。結局そういう違いがある中で、どっちが就職に有利か?なんて判断しても意味ないのです。入塾時点で偏差値30の生徒しかいない塾と、偏差値60の生徒しかいない塾で、東大の合格実績がそれぞれ5人と10人でした。人数が多いから、東大に受かりやすい(塾としての指導力が高いと言える)のは後者の塾ですか?とはならないわけです。そういう前提条件が明らかに異なっていて、単純に比較をしてしまうことが明らかに無意味である状況であっても、日本人はその比較をしてしまう。それによって誤った判断をする。それに気付かない。だから、騙されてしまうのです。

 

私の話になると、私は高校時代に自分としては良い大学に進学できたと思っているが、その結果に関して高校がどれだけ貢献したか?というと、2パーくらいだと思っています。当時の私の高校の合格実績で言えば、トップクラスのレベルの大学に受かったのだが、私の受かった大学は高校のホームページの合格実績欄に載ってましたし、合格体験談を依頼された記憶もある。高校の合格実績に載ったってことは、完全に高校の手柄にされた感はあるが、私の感覚だと高校の授業でやったことが入試で生きたとか、基礎学力を高めるに役立ったとは、正直あまり思えない。というのも、私は学校の授業とか、全然真面目に聞いてなかったし、高校3年生のときは受験を意識した勉強だったので、学校の定期試験のための対策なんて全然してなかったから、学校の成績はよくないです。授業中は自分で買った参考書などを使って内職しまくってたしね。学校の勉強が邪魔とは言えないものの、自分のペースで受験勉強をやらせてほしかったとは思っていました。完全に独学で受験勉強をやっていて、そこで得た知識や経験のみがほぼ役に立ったと私は思っています。そういう人は多いと思いますけどね。これは予備校でも共通する部分はありそうな気はしますが。学校の授業ってのは全体を意識してやるもので、個別の生徒への対応は難しい。だから、結果的に役に立たない部分は大いに生まれる仕組みになっている。

 

高校の合格実績や大学の就職実績というのは「バカを騙して儲ける」典型例だと思ったから挙げたものの、こんなのは氷山の一角でしかない。バカを騙して儲けるというのは、世界中のいろいろなところで行われている。詐欺罪に該当しない範囲で、人を騙してお金を巻き上げる商売はいくらでも存在すると思う。この要素が1ミリも存在しないビジネスは1つもないんじゃないか?と思います。逆に言えば、世界中の人が本質部分を見ることができるようになってしまったら、バカを騙して儲けることが厳しくなるので、別の方法を考えるしかない。ただ、多くの人が本質的なものの考え方ができるようになると、確実に物は売れなくなると思う。経済のことを考えるならば必要悪とも言える状況なのかもしれないです。これが良いことか?悪いことか?というと、多くの人は感情的には良いこととは思えないと思う。それはバカにされているイメージがつくからだろう。しかし、そうしないと商売が成り立たない面もある。国も恐らく国民が頭が良くなりすぎるのは問題だと思っていると思います。教育内容とかはそういった面を絶対に考慮して作られていると思います。口には出さないが、バカはバカのままでいてほしいと思っている人は結構世の中にいるんじゃないですか?学校に進学をさせること、通わせることが当たり前になってしまっている日本ではこの状況は変わらない気はしますが。学校って、将来社畜になる資格を得る以外に何かメリットがあるのか?私は理解ができない。

 

 

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