学校の教師はいろいろな大変な問題を抱えているが、特に深刻だと思うのが部活の顧問ですよ。私も中学時代には部活動に入っていて、何気なく過ごしていたが、よくよく考えてみれば、これは非常に大変なものだと思います。全部が全部そうなのか?は知らないけど、部活動の顧問は無給のケースが多いらしい。それでいて、それなりに真面目に顧問として活動をしていかないと、生徒や保護者から文句が出るに違いない。したがって、部活動にある程度顔を出さないといけないとともに、土日にも練習をしたりしないといけない。生徒から見ても土日に部活動の練習があるというのは、非常に面倒にも感じる部分だと思うが、教師から見ても同じじゃないか?と思います。貴重な休みの日が潰れるのは、生徒も教師も同じで、Win-Winどころか、Lose-Loseの関係になってしまっているのではないでしょうか?中には練習できて楽しいという生徒もいるのかもしれないが、私が中学生の頃を思い出しても、夏休みとかもそうだったけど、休みの日は土日どちらかはほぼ確実に練習があった気がします。
それはだいたい昼過ぎから夕方くらいまでとそんなに長い時間はとられないが、貴重な休日が潰れてしまうのは、正直言って生徒よりも教師の方が辛いと思います。生徒も辛いんだろうけど、大人になって思い知るのは、生活それ自体は社会人の方がきついということです。学生も朝早くから学校に行って、それは大変だろうが、社会人の10倍くらい辛いと思う。同じような生活リズムになっているのは学生も社会人も一緒だが、学生はいろいろな意味で気楽ですからね。だから、土日が潰れたとしても、ショックの度合いは相対的に学生の方が小さいと思いますよ。また、私もたまに経験したけど、朝練っていうのもあります。これは部活の顧問が来ていたかどうかは覚えていないけど、その時間にすでに学校に来ている教師は多くいるでしょう。生徒の方も本来は8時半とかに学校にくるのに、7時半くらいにきたりして、練習をしている。教師もそれに付き合うケースもあるかもしれないです。結局、給料は払われないケースもあるならば、それはサービス残業と変わらない。無償労働になっている。しかも、強制されているケースが多いのでしょう。
部活動は一応教育の一環としてやっているものだと思うのですが、その教育の一環の部活に参加している教師がそもそもやる気ない可能性も十分あります。運動部とかだと特にそうだけど、そのスポーツにまるで造詣がなかったり、別にすきでも何でもない人が教えたりするわけで、顧問っていうのもほとんど形だけの部活も実際あるんでしょうね。私がいた部活は、平日の練習時にはほとんど顧問はいない。他の部活もそうだったかもしれないけど、顧問が姿を表すのは、部活動の練習が全て終了し、最後集合して、挨拶をするときだけ。それだけ別の仕事をやっておかないといけないという事情が大きいのでしょうか?その顧問の先生は、あまりそのスポーツに詳しそうな感じではなかった。やっているうちに詳しくなっていったのかもしれないが、そうやって徐々に詳しくなっていく人もいるかもしれないが、最初からそもそもやる気がなくて、そのスタンスをずっと続けている教師もいるかもしれません。それはもはやしょうがない面でもありそうです。だって、無給なんですもん。平日の練習のときには特に給料は出ないケースが多いらしい。そう考えれば、私の部活の顧問みたいに、土日はちゃんと姿を見せるが、平日は部長任せで最後以外姿を見せないというのは、頷ける行動なのかもしれないです。
今、この話題で結構世間をにぎわせていますよね。部活動のブラックさも際立ってきていますが、顧問の先生に対する待遇もブラックと言わざるを得ないのかもしれません。実際、部活動に勤しんでいる生徒らもガチでそのスポーツを極めたいと思っているならば、部活よりも地域のスポーツチームにでも入った方が良いのではないか?と思います。例えば、私が中学だった頃、野球が好きだった一部の人間は野球部には入らずに、自ら硬式野球のチームに入っていました。でも、部活もやっていたんです。部活は陸上部でしたけどね。そうやって、より本格的なチームに入った方が本人のためになることもあります。部活動はどうもぬるま湯な感じがするのです。うちの部活がそうだっただけまおしれないけど。野球部なのに、野球の話よりも競馬の話ばかりしていましたからね(笑)中学生なのに、異様に競馬に詳しい人間ばかり集まってしまったせいか、野球は二の次だったりしていましたよ。顧問も詳しい人間ではないというのもあるのか?全体的にぬるま湯な感じがしていました。やる気のある人間も一部はいたと思いますけど、やっぱり部活動という感じの雰囲気でしたね。
普通の公立中学なんで、そんな感じかな?とは思いますが、部活動という文化は必要なんですかね?中には部活動が強制の学校があるみたいなんです。それは生徒が可哀想だなとも思いますが、それに付き合わされる顧問の先生も大変です。部活動としてきちんと成り立たせるには、外部から専門家というか、ちゃんと教えられる人を呼んできて、その人を顧問にすべきではないか?と思うのです。ただ、そのためにはお金がかかるということ、お金をかけないためには、お金を払わなくてもやってくれる人を探さないといけないが、平日の放課後にそんな仕事を無給でやってくれる人はなかなかいない。だから、在籍する教師に兼任させるというやり方なんだろうが、だからこそ部活動が中途半端になっている気がするのです。もう少し教師や生徒のことを考えた部活動はないものか?それができないなら、部活動自体がそもそも教育的に正しいことなのか?というのも考える時期だと思います。部活動ありきの学生生活である必要性はあるんですかね?

運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか
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