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「向上心のないやつはばかだ」は人を、社会をマイナスに導く思想

昨晩、私が布団に入っているとき、なぜか「向上心がないやつはばかだ」っていうセリフが、ふと私の頭の中に想起して離れませんでした。これって何だっけ?いつかの学校の国語の教科書で見たようなセリフだな・・・というのは分かるのだが、何の作品か?いつ読んだのか?は定かではなかったので、今朝インターネットで調べてみたら、夏目漱石の「こころ」だそうだ。正確に言えば、「精神的に向上心のないやつはばかだ」みたいですけど。そういえば高校生だったかな?その作品は授業で扱った記憶がありますね。当時、作品の一部しか教科書に載っていないので、なんとなくのストーリーしか知らないが、でもこのセリフは非常に印象に残っている。残ってはいるが、私はこのセリフに全く共感しない。向上心って言葉は私にとっては非常にネガティブに感じられる言葉だ。「向上心」というものはなくなった方が良いと思っている。向上心という概念が消えたらどうなるだろう?まず犯罪は減りますよね。向上心が人間の心から消えるってことは、高みを目指そうとしなくなるということ。別の言い方をすると、現状に満足するってことだ。つまり、貧乏な人はその貧乏な状態に満足できるということになり、盗みを働いたりすることはなくなる。逆に向上心が存在するってことは現状に満足しない(できない)ということを意味するのだが、それは私たちにとってとんでもない不幸な状態をもたらしているのです。

 

例えば、ここにAとBの2人がいる。どちらも月給30万円で同じ会社で同じ仕事をしている。Aは30万円に満足しているが、Bはもっと給料を増やしたいと思っている。この状況でAは向上心がないが、Bは向上心があると言えるだろう。Aは現状に満足しているので、現状のままで幸せな人生を送れる。Bは現状に多少不満があるため、給料を増やすための努力をしないと幸せになれない。またはその努力をしても結果、給料が増えるとは限らないので、幸せになれる保証はない。このケースにおいては、向上心がないAの方が客観的に見て幸せなわけだが、向上心が存在するってことは、まさにそういう状況を生むということ。向上心がある人間はそれだけ現状において不幸な要素を多く持ってしまっているということなのだ。高みを目指すってことは、高みを目指さないといけない理由があるはずで、それは現状における不満なのだ。現状に不満があるってことは、現状ではそれだけで幸せではないということ。つまり、向上心を持っている人間ほど不幸になりやすいと言えるのです。逆に向上心がない人間はどうだろうか?さきほど言ったように仮に貧乏な人であっても、向上心がなければ、貧乏を脱出しようという気にはなりづらい。このままの生活で良いや!と思えてしまう。それが仮に本心から思えているならば、それは決して不幸ではない。常人の生活水準の人からすれば不幸に見えるとしても、その貧乏な人の主観からすれば決して不幸ではないのだ。向上心がない(現状に満足している)ということは、そういうことになる。

 

だから、傍から見れば貧乏な人は問題があるように見えても、それはその人からはそう見えるというだけであって、当事者は何も問題とは思っていない。そういう状況が生まれるということになる。逆に言えば、向上心がない貧乏な人間からしたら、自分の生活状況を見て、自分を不幸だと思っている人に対して、この人は可哀想・・・と思ったりするのではないだろうか?先ほどと同じだけど、例えば月給10万円で貧乏生活を送っている人からすれば、10万円稼げば(自分にとって)満足した生活が送れることになるが、常人の生活水準で生活している人は、恐らく貧乏な生活には耐えられないんだろう。だから、貧乏にはなってたまるか!普通の人と同じ暮らしをするんだ!という一種の向上心を持っていることになるが、この人は月給20万円とか、30万円とか稼がないといけなくなるので、貧乏な暮らしをする人よりもたくさんの労働をしないといけない(可能性が高い)となる。満足した生活を送るのに、より多くの手間をかけないといけない時点で、やはり向上心のある人の方が不幸だなと思えてくるわけだ。向上心があるからこそ、社会は発展したわけだが、社会が発展することが良いことか?どうかは全然別である。向上心がなくなれば、恐らく競争がなかっただろうし、競争がなければ、社会は今と比べて随分不便な暮らしとなっていただろうと思う。でも、向上心がない社会という前提ならば、それに苦痛を感じるということは恐らくない。社会が何の進歩もしないままだとしても、それは現状維持であり、マイナスではないから。つまり、一定の満足は得られたまま生活ができるということになる。

 

あと、向上心に関して勘違いをしている人も世の中にいて、以下の文章がそれなんですよ。これは「「舌を肥やすな、メシがまずくなるぞ」←本当にそうだろうか? | Eastbound」に載っていたものですが。

>一流の寿司職人が、美味しい寿司をにぎるという行為は、ぼくが食べるスシローの美味しさ水準に影響する。なぜなら文化というのは、「高みを目指す人達がいるからこそ、その水準が上がっていく」のだから。

つまり、「舌を肥やすな、メシがまずくなるぞ」という思想をすべての人が持ってしまったら、メシはどんどん不味くなってしまうかもしれないのだ。

 

寿司職人が美味しい寿司を作ろうとすることはまさに向上心です。その向上心がある殻こそ、寿司の美味しさの水準は上がっていく。それは正しいだろう。そして、スシローの美味しさの水準に影響するのもそうだと思う。美味しい寿司が増えれば増えるほど、スシローの相対的な美味しさの程度は下がるでしょうから。しかし、その後が問題なのだ。ここで言われている「舌を肥やすな、メシが(ry」という部分は、美味しいものを食べるな、そうしないと相対的に味が落ちたものが余計にマズく感じてしまうという意味です。つまり、消費者は美味しいものを食べようとするな、料理を作る側は美味しいものを作ろうとするな。という言い方に聞こえます。しかし、そんなことを実際に行うと、メシがどんどんマズくなるかもしれないと、この記事を書いた人は言っている。いやいやwんなわけないでしょwwwと思う。この人は、この思想をみんなが持ったらどういう世の中になると思っているのか?が正確には判断できないけど、向上心を持つ人が減り、美味しい料理が作られなくなるという未来を想像しているのではないか?と思われます。しかし、本当にそうなったとしても、私たちの幸福度合いに影響はないです。長期的には。

 

だって、久兵衛みたいなお店が消えて、寿司の頂点がスシローだったとしても、スシローを食べられる人は、寿司の頂点を味わっている幸福は得られるはずでしょ。それに久兵衛のようなお店がない世界であれば久兵衛のレベルの寿司を食べられないことの損失が実感として、人の気持ちの中にありません。だって、お店の存在自体がないんだもん。世の中に実在しない味をイメージすることは困難ですよ。今、久兵衛の寿司を食べている人が感じる幸せは、九兵衛がなくなった世界でスシローを食べている人が感じる幸せと変わらないと思います。だって、努力さえすれば、久兵衛を越えられるお店が出る可能性があります。でも、そういうお店が現実に存在しないことに、不幸を感じるんですか?人間は現実に存在する中で相対的な比較をするのです。80歳が平均寿命の世界では、80歳まで生きれば長生きだねって思われる。平均寿命が今後100歳とか、120歳になる可能性もありますよ。でも、現実はそうなってないから、100歳や120歳まで生きられなくても不満はないわけ。美味しさの絶対値が下がっても、相対的に最も美味しいものを食べられたときには人間の幸福度合いは最高潮に近づくはずです。つまり、向上心を持つ者が減っても、いなくなっても、メシがマズくなったという感覚に直接の関係はない。ここで話したことは久兵衛が寿司の世界の最高峰という前提で書かせてもらいました。実際そうなっているか?は知りません(笑)私が知っている有名店がそれくらいしかなかったので、たまたま久兵衛の名前を出しただけです。

 

上記の例は、結局向上心を持って、美味しさの絶対値が上がっても、私たちの幸福度合いには影響しないってことを言いたかったわけです。ただ、実際の社会は常に向上心を持った人間で溢れているから、常に社会は進歩し続ける。つまり、社会は時代ごとに常に利便性を高めていくということがもはや当たり前になってしまったため、それが普通に感じられてしまう世の中になったのだ。それが当たり前になると、向上心を持ち続け、社会を常に進歩させていくということをやめられない。やめたが最後、向上心を持っている人間は不幸を感じることになる。向上心を持っている人間は社会が進歩しない、社会を進歩させられないことに不幸を感じるが、それを避けるために多大なる努力をし続けないといけないとしたら、それも不幸だろう。実際の社会ではそういう状況を「ブラック労働」や「ブラック企業」という形で表現しているが、こういった状況をまさしく社会は不幸とな状況と捉えている。その不幸な状況は何が原因か?と言えば、日本が競争社会だから。だから、いろいろな方法で他社よりも結果を出さないといけなくなり、結果的にブラックな側面が生まれてしまうのだが、競争の根本は現状をより良くしたいという、社会全体に潜む向上心なのだ。向上心を持たない人間は、社会からすれば魅力のない、価値のない人間のように扱われる風潮はあるかもしれないが、そういう人間が増えて、社会の風潮が変わった方が、各人の主観として幸せな人間は増える気がするのだがね。そういった意味で、私は「向上心のないやつはばかだ」という言葉は全く共感できないし、妥当性がないと思っている。調べてみると、この言葉には共感している、意味を見出している人が多いみたいだけど、私は全く理解ができない。

 

 

こころ

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