就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

短期的な幸せは長期的な幸せにはつながらない、むしろ長期的な幸せはほぼ存在しない

前にもちょっと話題に出したことがありますが、私は遊戯王カードを今でも集めています。集めているといっても、現在販売されているようなカードはほとんど集めていません。正確に言うと、私が子供の頃に存在したカード名で、現在になって登場したレアリティのものは集めています。だから、ブラックマジシャンガールの20thシークレットレアなどは持っています。しかし、私が子供の頃にはなかったカード名に関しては一切集めていません。私が遊戯王カードを今でもコレクションしている理由は、子供の頃に満足に買えなかったからです。だから、大人になって思いっきり買っているわけですが、だからといってすごい散財しているわけじゃない。すでに話しましたけど、私がいまだに遊戯王カードを買っている理由としては、子供の頃に満足に買えなかったからであり、子供の頃ならば満足だと言えるような買い方をしているつもりです。したがって、高価なカードはあまり買っている自覚はありません。ただ、すでに出したブラックマジシャンガールの20thシークレットレアに関しては、私は2枚持っているのだが、購入した当時は1枚が5000円程度、もう1枚は1万円程度で買いましたけど、それからわずかな期間を経て、今では3万円近くに高騰してしまった。これがあるのが遊戯王カードなんですよね。だから株と言われるんだろうなあ。

 

で、私が遊戯王カードにハマっていた頃(2000年くらい)には、当時でもすごい高いカードってあったんですよ。当時の私のクラスの友達からの情報とか、近所のカードショップなどで売られていたものなどを総合して、当時私にとって最も高価なカードというのは「トライホーンドラゴン」でした。当時だと1万円くらいしたと思います。大会で配られたカードみたいで、レプリカではない本物のやつは本当に高かったのです。当時の私の中では遊戯王カードのトップレベルはトライホーンドラゴンだと思っていました。その当時からもっと高価なカードはあったかもしれませんが、当時はインターネットが今ほど普及しておらず、家にパソコンはあったけど、私がパソコンを本格的に使うようになるのは2003年くらいからなので、正確な情報が入ってこないのです。当時は大人がやっているケースはあまりなく、遊戯王カードの購買層はほとんどが小中学生だったと思います。だから、高価なカードといっても1万円くらいでも不思議じゃないかもしれない。今では美品だと10万円を超えるホーリーナイトドラゴン、究極完全体グレート・モスなどは当時は全く注目されておらず、相当安く買えたと思います。この2枚はゲームの特典カードなのだが、封入率が異常に低く相当レアなカードなんです。だから、今では相当高騰しているわけです。しかし、さっきも言ったけど、当時は遊戯王カードの情報自体があまり入ってこない環境下だったので、封入率という概念もあまり持っていないような状況であり、この2枚のカードに価値を認めていた人は相当少なかったと思います。

 

したがって、当時の子供たちにとっての憧れのカードはトライホーンドラゴンとか、あとは青眼の白龍(スターターボックス)、死のデッキ破壊ウイルス、ハーピィの羽根帚などでしょうか?この辺のカードも当時でも数千円はしたんじゃない?小中学生にとって、数千円はなかなか手が出しづらい金額です。今では高いカードは本当にヤバいくらいの値段になっていて、世界に1枚しかないカードは新築の家を買うくらいの金額になっているものもあります。ただ、そういうカード自体には私はほとんど興味がない。私が子供の頃に存在していたカードを中心に集めていたので、数百円程度のものが多いです。そして、さっき出したトライホーンドラゴンですけど、今でもそれなりの価格を維持しており、美品であれば15000円くらいはすると思います。私は買おうと思えば普通に買えますけど、私はあえて買っていません。子供の頃にはある意味憧れのカードであり、これを持っていたらすごいみたいなカードの代表だったと思います。で、値段的にも問題なく買うことができる範囲内だと思います。しかし、私はあえて買わないのです。その理由は2つあって、さっきもちょっと話しましたけど、子供の頃ならば満足できるくらいの集め方をしているため、子供のときだったらトライホーンドラゴンが手に入らなくてもそんなに不満は感じないというのがまず1つです。

 

そして、もう1つは欲しいカードを手に入れても、多分幸福度合いは変わらないと思ったのです。長期的に見たら、幸福度合いは変わらないと思います。短期的には変わると思いますけど、いずれトライホーンドラゴンを手に入れたことの感動は多分なくなると思います。めっちゃ欲しい気持ちはあるんですけど、いずれ手に入れた嬉しさは消えるだろうと思うのです。他のカードも同じじゃないのか?と思うかもしれませんが、こういった考えに至ったのが集め始めて大分経ったときだったので、今まで集めたカードはしょうがないです。この考えがもっと早くから芽生えていれば、遊戯王カードを大人になっても集めることをしなかったかもしれないです。だから、今でも欲しいカードっていっぱいあるんですけど、今後はほとんど買わないと思います。数百円くらいのカードであれば良いか!くらいの感じでしょうか?高いカードが欲しいわけではなく、子供の頃に欲しかったカードを中心に買っているので、私が所有しているカードの1枚当たりの平均は多分500円くらいだと思います。そのくらいの金額ならば、そもそも感動がどうとか、気にする必要性をあまり感じられないのです。だけど、1万円以上のカードはもうあまり買う気になれないです。値段が高いカードになると、いずれ手に入れた感動がなくなるという部分はものすごい大きなリスクに感じてきます。

 

だから、例えばものすごい大好きな人と結婚をしても、いずれ結婚できたという感動は消えると思うのです。徐々に小さくなっていくと思います。で、結婚ってリスクが大きい気がしていて、だから私は結婚したくないんですよ。幸福の部分はどんどん時間の経過とともに薄らいでいくのに、リスクだけ残るわけです。私は人間の心理というか、人間の幸福や不幸にかかわる心理を最近になって無意識に考えることが多くなり、それによって人生の行動パターンが決まっている気がしています。長期スパンの幸福と短期スパンの幸福は全然別ものであると。短期スパンの幸福は長期スパンの幸福にはつながらないことが多々あると思っています。というか、長期スパンの幸福って、実はほとんど存在しないんじゃないの?と思います。短期スパンの幸福って山ほどある気がするがそれが長期化することはなかなか厳しい。本人の感じ方の程度の問題もありますが、少なからず幸福の程度は落ちていきます。それを考えると、どんどん幸福な思考になっていく気がするのです。結婚を例にすれば、結婚をしても長期的に見たらどんどん幸福の程度が下がっていき、リスクだけが残るならば、結婚しないこと、できないことって全然不幸とは思えなくなってくるのではないか?と思います。結婚できない人で、結婚している人を羨ましいと思っている人もいると思いますが、彼らは結婚していないがために、結婚している人が抱えている苦悩を知らない、体感していないわけです。

 

結婚できない人が抱えている苦悩というのは、結婚できないことそのものではなく、結婚している人と比べたときの単なる劣等感なんですよ。結婚できない人は結婚している人よりも劣っているなんて定義はないが、勝手にそう思っている、社会によって思わされているがために、勝手に不幸になっているのです。でも、結婚している人が抱えている苦悩って、結婚そのものからきている気がします。結婚当初の感動は徐々に薄れていき、お互い嫌な部分がどんどん見えてくる。お互い我慢の毎日というのはよくある光景じゃないか?と思いますが、これは結婚生活をしているがゆえの問題なのです。そして、これは長期的に同じ状態を続けていかないといけないからこそ生じる問題です。同じ相手と同じ家の中で過ごさないといけないからこそ起きる問題であり、欲しいカードを手に入れたが、それが自分のものである状態に慣れてしまったがために、ほとんど感動がないような状況に近いかもしれません。人は同じ気持ちの高ぶりなどを長期的に持続させることはおよそ不可能だと思います。重要なことはその感動などの部分がどれだけ持続するか?の予測とそれを実現するために発生するコスト、リスクなどのバランスになるでしょう。私にとってトライホーンドラゴンを手に入れることや結婚することは、短期的に味わえる感動とそこで発生するコストやリスクが釣り合っていないと感じているということなのです。

 

 

あわせて読みたい記事