就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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予見できることを対策しない被害者が、悪く言われることが少ない理由が謎

被害者に過失があるということを指摘すると、日本ではあまり共感が得られないという部分がある気がします。何年か前に起きた、日本工業大学の学生が起こした事故だったっけ?それによって子供が亡くなったことに関して、遺族が大学側とイベント会社を訴えたというニュースを今日たまたま見たんだけど、この遺族は学生のみならず、大学側、指導教員、そしてイベント会社に過失があると考えたようで、それで訴えたようだ。遺族によると、火災を予見できたということらしいが、予見できたか?どうかは専門的な話なので、私は分からない。ただ、この場合の予見ってどこまでを予見できればという話なんだろう?と思えてきます。火災の可能性が予見できたとは言うものの、白熱灯を使用していれば、火災が起きる可能性はわずかでも存在しているのは事実だろうと思う。しかし、私たちが日常生活で白熱灯を利用していることで、火災が起きる可能性を認識しているか?というと、ほとんどはしていないと思う。それは白熱灯を使うことによって火災が起きることがあるということは分かっても、それが現実のものと思えるほどの確率には認識できないということなのでしょう。現実のものと思えるほどの確率って、すごいアバウトで主観的な部分だけど。

 

となると、このケースって白熱灯以外の部分の状況も含めて、火災を含めた事故などが発生する確率が存在すること自体は誰もが認識しようと思えばできたはずだ。としか言えない。しかし、それを言うと、何らかのイベントに参加すれば事故が起きるかもしれないという認識だってできたはずだ。ということになってしまう。電車に乗れば、脱線するかもしれないというのは誰でも分かるじゃないですか?つまり、脱線の可能性がどれだけ低かろうと、それは誰でも予見できるんですよ。予見できたら、責任が生じるという理屈を使うと、脱線事故に巻き込まれた乗客にも責任はあるってこと?みたいな話になりますよね。実際、馬券を買ってはずれてJRAに文句を言ったら、モンスタークレーマー扱いされるでしょうけど、それは馬券がはずれる可能性が事前に予見できるからなのでしょう。馬券を買う側も電車に乗る側もどっちも客という意味では同じで、自身に特定のリスクが降りかかる可能性があるのが事前に予見できるのも同じなんですが、後者は事故に遭っても自業自得とは言われないでしょう。その理由は簡単に想像できますよ。電車に乗るような人間は多数派だが、馬券を買う人間は少数派なので、前者は自分たちに非があることを認められない精神年齢の低さがあるということです。後者の人間をいくら悪く言っても自分たちに影響はない。

 

馬券を買う行為はそのリスクに同意して買ったんでしょ?となるのでしょうから、じゃあ脱線するかもしれないリスクに同意したんでしょ?は別に間違いじゃない気もしてきますなw実際、人間はミスをしないことは不可能なので、脱線をしない約束なんかできませんから、乗るならそのリスクを容認したと見なされますよね。いくら生活に必要なものであっても。生活に必要なのだから乗客が電車を乗るのは仕方ないだろう!そのうえで乗客が被害に遭っても非はない!と言うと、それは車を運転することにも言えて、生活に必要だから車を運転する人は多くいますが、そういう人が事故を起こしても非はないないってこと?どっちも生活のために利用した結果、何らかのミスを生じさせている状況なんです。電車の脱線事故の場合には乗客の判断ミス、車の事故の場合には運転手の運転のミスです。脱線はどんな原因であろうと、人間がミスをするのを0にできない以上は不可抗力なのですよ。だから、被害に遭いたくないならば、電車に乗らない。これしか選択肢がないんです。「予見できる」、「予見できない」という言葉は非常に曖昧で、裁判官がそこをどうとらえるのか?は分からないが、私からすると、そこを基準に考えるといろいろな意味で不都合が生じる気がするんですよね。子供を亡くした遺族は被害者に見えるから、責める人はあまりいないだろうと思うけど、予見できる、できないの話を持ってくるならば、子供を連れて行った遺族も落ち度は0じゃないよね?と思えてくるのです。

 

あと、たまたまツイッター上で見つけた面白いツイートがあったので紹介したい。

これは個人的にはいろいろな意味で面白いやりとりだなと思っています。ツイートのやりとりを見ていくと、ある人がいわゆるクチャラーを非難するツイートをしたら、別のある人が「そんなに音が嫌ならば、耳栓すればいいのでは?」と返信をした。その後に出てきたツイートが上記のものです。クチャラーが嫌いな人に嫌われても人生に特に影響がないというのはそうかもしれないが、それはどうでもよくて、ここで重要なのは耳栓をすればいいじゃないか?という発想なのです。私は恐らくこの人と同じ発想です。そしたら、刃物で刺されたくないならば、「防刃チョッキを着用すればいいとでも言うのか?」、という返信があったということです。これは多くは共感しないだろうけど、被害に遭いたくないならばやればいいじゃん?って私は思うんですよね。殺されたくないならやった方がいいんじゃないの?なんでやらないの?っていうのが疑問なんです。防刃チョッキという選択肢が浮かばない、存在を知らない人は置いておいて、知っているならなんでやらないの?って私は思うわけです。

 

耳栓すればいいと言った人は、上記のツイートとは別のツイートで、「泥棒に備えて家に鍵をかける行為をしている人が多くいる」という事実を指摘する返信をしています。「刃物で刺されたくないから防刃チョッキを着ることと同じことをあなたはしてるでしょ?」って反論があったということで、クチャラー嫌いなこの人は刃物で刺されたくないなら防刃チョッキを着ればいいという理屈は、対策しない被害者が悪いという考え方であり、それはおかしいという思いを持っているのでしょう。しかし、それに返信した人は、あなたがおかしいと思っているその理屈はあなた自身が実践してますよね?という意図を込めてツイートをしたと思われます。実際、このクチャラー嫌いな人は、自分で鍵をかけていることを認めています。ただ、「それでも泥棒に入って良いわけではないでしょう?」という返信をしているのです。この時点で、ああwこの人は思考回路やべーなwと思えてきたのです。だって、なぜこの人が家に鍵をかけるという例を持ってきたのか?というと、恐らく被害者になるかもしれない側が、自ら対策をすることを肯定してるって意味で言ってきたのでしょう。ってことは、防刃チョッキを着ることや耳栓をすることも肯定できるじゃないですか?って結論になっちゃいますよね。つまり、泥棒は悪いことかもしれないけど、その悪い人の被害に遭わないための対策を肯定しているならば、防刃チョッキを自ら着用することをおかしいと言える理屈がないんですよ。だから、耳栓をすることをクチャラーに対してもやればいいだろうと言えてしまうのですし、被害に遭うかもしれない側がそういう対策を講じることをおかしいと言えないだろうという根拠が見出せるわけですね。自らやってんだからね。

 

そもそもこの人は不愉快だからやめろって理屈みたいだが、不愉快なものをやめないといけない理由はどこにあるんですか?バカが大好きな常識が根拠ですか?俺ルールの集合が根拠なの?障害者に不愉快な思いを抱いて大量殺人をした人がいましたけど、この人はその犯人を擁護するんでしょうかねwそれともそういうケースは例外扱いにする卑怯者という可能性もありますが、基本的に不愉快な存在=悪=排除して構わないって思想を持っているようなので、相当危険な人なんだなというのが伝わってきますな。こういう人はさ、自分の感覚で自分が憎いと思う存在に何をしたってかまわないと思っているのかね?絶対に近づきたくないわ。この人に対して不愉快な印象を抱いた人が名乗り出た場合、この人はどうしてくれるっていうの?自ら排除されてくれんの?w私が名乗り出ましょうかね。実際、頭が悪い人が公で発言する光景を見ると、私はガチで不快感を覚えますから。私はこういう的外れな発言を平気でする行為に対して不愉快な気持ちになってるんですが?

 

話は戻るけど、クチャラーは違法行為をしているわけじゃないけど、この際は一応悪い行為にしておきましょう。クチャラーが泥棒と同じ悪い存在だとしても、同じく悪い存在である泥棒の被害を防ぐための対策をしている中で、クチャラーに対してはそれを拒否する意味が分からないってのが、個人的な感想です。クチャラー嫌いなこの人は、この後「不快にしているのは事実でしょ?」という返信をしていたみたいですが、相手を不快にしているのは泥棒も同じですし、泥棒の被害に遭う方が不快度は絶対に大きいでしょう。尚更、耳栓を拒否する理由がないんじゃ・・・?と、私は考えてしまうのです。冒頭の話と同じで、クチャラーがその辺にいることはさ、誰でも予見できるじゃん?それを予見しながら、あえて自らその可能性が高まる状況に自ら突っ込んでいくのは、訳が分からないのですよ。泥棒が世の中に存在していることは誰でも予見できます。だから、家に鍵をかけないで常に過ごしていて、被害に遭ったら、多分世の中の人たちは被害者を叩くんじゃないかな?自業自得とか、アホ過ぎるとか、なんとなくそういう光景が想像できますね。でも、防刃チョッキを着ないで外出し殺されたとか、耳栓をしないで飲食店に入りクチャクチャうるさい音に悩まされたというのは、恐らく被害に遭っている側を自業自得とは言わないでしょう。通り魔が出るかもしれない、クチャラーが飲食店にいるかもしれないって予測は誰でもできますよね。私はこういう差が生まれる理由が理解できないませんが、理解できない行動をするのが頭が悪い人なのですよね。

 

私はクチャラーに対して特に悪い印象は抱いていませんが、仮に抱いたとしても文句は言わないでしょうね。このブログで過去に何度も言及していると思うけど、人間はお互いに迷惑をかけあうものなので、私が迷惑をかけることもあるだろうし、私に対する迷惑も当然ある。だから、違法行為じゃない迷惑に関しては私は叩くことはしない。私が叩くとしたら迷惑行為を叩いている人に対してでしょうね。この月野星花ってのツイートを過去にさかのぼって見ていくと、普通に口悪いよねw上記のツイートにも「頭悪すぎ」とか書かれてるけどさ、暴言と捉えられる言葉が結構あるよ。これが対象に対しての迷惑行為なんだけど。本人はそうは思ってないんでしょう。自分のことをまともな人間だって思ってるんじゃないですか?まともな人間がこんな言葉遣いするのかね?と思いますけど。私は自分のことをまともな人間だと思ったことは1度もないですがね。

 

他人の自分たちへの迷惑行為にしか気が付かないw随分都合のいい頭をしておられるようだw私に言わせれば、ろくな人間に見えません。迷惑行為をそんなに悪だと思うならば、まずはその迷惑行為をやめたら?暴言やめたら?そもそもクチャラーの定義を詳しく説明しない時点で、この人が思っているクチャラーに該当する人が、自らクチャラーだと認識できる状況ではないわけだな。つまり、クチャラーに文句を言ったところで、クチャラーには届かないってことなんです。あ、やっぱり頭が悪いんだなってのが感想です。私は食事をしているときに他人の咀嚼音なんかほぼ耳に入ってきませんから、私からすればクチャラーにうるさい人って、神経質で人に迷惑かけてる害悪だよね。という印象しかないですね。こういう頭が悪い人はトレードオフって概念が欠如してるんですよ。一方の迷惑、自身に都合のいい迷惑しか頭にない。クチャラーを迷惑に感じているこの人の発言も、迷惑扱いできるということに気付けない。見方を変えるという発想がないんですよ。発言から思考回路の悲惨さが見て取れる。

 

インドでは「自分も他者に迷惑をかけるのだから、他者の自分への迷惑を許してあげよう」と教えるらしいですけど、日本では「他者に迷惑をかけてはいけない」という教えてが一般的であることが揶揄されているのを見ることもあります。このクチャラー嫌いな人が一切迷惑をかけていないとは思えないので、随分自分勝手なんだなーと思いますけど、そもそもの話をするとね、一般的にクチャラーとは言われない人でも咀嚼音は出ているんですよ。その大きさの程度の差でしかないんですよ。つまり、この人は自分はクチャラーじゃないと思っているかもしれないが、他の人が思っているかもしれない。クチャラーの定義って明確なものがないじゃないですか?咀嚼音が皆無な人はともかく、モノを噛む以上はそれはありえないので、極端に言えば人類はみなクチャラーですよね。だから、間違いなくこの人もクチャクチャ音をさせているんですよ。そういう状況に気付かないんですよね。程度が違うだけで、結局同じような行為をみんながしているのに、その中でクチャラーという言葉を自分には使わず、他人にのみ使うのであれば、都合の線引きによって、同じ性質の行為を善と悪に分けているという、かなり卑怯な行為に見えてきますよ。発想が稚拙ということも言えるが、卑怯者でもあったということです。犯罪行為の中でも、万引きはOKだが、殺人はダメみたいなことを万引き犯自身が言っているような光景に見えてきますね。まともな人間には見えないので、リアルではもちろんだけど、こういう思考力に難があるのに、その自覚がないような危ない人はネット上でも絡まない方がいいと思いますよ。

 

そもそも迷惑をかけるのがいけないというのならば、まずこの人なんで生きてるの?wって話ですけど。あなたが生きてる時点で大いなる矛盾ですよ?迷惑を一切かけないで生きる方法ってあるの?長く生きれば生きるほど、この人が社会に対してかける迷惑はどんどん大きくなりますよ?そういう自覚はないでしょうね。自分が生きることを肯定するならば、その過程でかかる迷惑を肯定しているのと同義である。にもかかわらず、他人の自分への迷惑だけ非難する。ほんとにやべー奴という表現しか出てこない。自己中極まりない悪質なものの考え方しかできないのか?この人は自分も他人も100%不可能なことを強いているわけですよね。現実というものを知らないんでしょうね・・・(笑)西村博之氏などが言っていた、「頭の悪い正義感」とはまさにこのことだ。私はこういう人にかかわらないで、これから他人に迷惑をかけながら、他人の迷惑を許容しながら生きていこうと思っています。

 

バカとつき合うな

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