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「善悪」という概念は人を洗脳する以外に全く役に立たないものである

善悪という概念を多くの人間は持っていると思われる。が、善悪って概念は一体何の役に立っているのか?と、ふと考えると、何とも言えない感情になりましたね。善悪という概念を私たちは知らないうちに意識していて、人間それ自体や人間の行動に対する評価をする際に用いている。しかし、私はそういう善悪の概念というのは人を洗脳するとき以外に使う意味はほぼないと思っています。私は人間そのものや人間の行動を評価するときには善悪ではなく、損得という概念を使っています。損得というのは現実的な話であって、自分にとって利益をもたらすか?どうかという点です。例えば、路上生活をしている人ってなんで犯罪を犯さないのだろうか?彼らが犯罪を犯すリスクってほとんどないんじゃ?って思うわけです。路上生活が楽しいとかなら話は別だが、そうじゃないのならば仮に掴まっても刑務所に入れは、3食ご飯は食べられるし、家はあるし、ちゃんと足を伸ばして寝られるし、寝ている間に襲われる心配もないですよね。

 

刑務所に入れば間違いなく生活水準が上がりますよ。でも、彼らがそういう行動をしないのは損得ではなく、善悪で判断をしているから。これは別に犯罪を推奨しているわけではなく、単になぜ合理的な行動をあえてとらない人が生まれるのか?という疑問を抱いただけなのだが、彼らにとって得なんじゃ?って行動をあえてとらないとしたら、それは彼らにとって損と言える可能性があるわけですよね。そして、自分にとって損な行動をとってしまう原因は善悪という概念を意識してしまっているからです。そして、この善悪という意識は社会からの洗脳の結果です。「(社会に一般的に存在する)善悪を意識して決断し、行動しなさい」と誰かに言われたわけではないものの、言われたような感覚で、それに従っている人が大多数なのです。「犯罪はよくない」というのも1つの善悪による洗脳なのかもしれないけど。捕まるリスクを考慮したうえで、損得で犯罪をしていないという人も含まれるとは思うけどね。

 

つまり、この点において善悪という概念は役に立っている。誰の役に立っているのか?代表的なのは国家だ。あとは社会全体にも波及し、多くが望ましいと考えるような状況を実現させるのに役立っている。しかし、役に立つのはそういう洗脳のケースのみである。というか、社会の側に関しても洗脳される側と洗脳する側の両方に加担していると言えるわけだが。ただ、さきほども言ったように自分たちの幸福を願うならば、善悪ではなくて損得で判断して行動した方が得なんです。善悪で判断をすると、個人にとって、社会全体にとって損をすることが大いに考えられる。善悪というのは洗脳によって存在している概念だが、その中身を見ると合理性がないものが多々見られる。話題は何でも良いのだが、たまたまこの前「サイン転売」なるものが批判されている記事を見たのだ。有名人のサイン転売をする人たちを非難する記事があり、それに賛同している人が多くいるみたいなのです。つまり、社会に存在する善悪としては、サイン転売をするような行為はよくないことである。という認識があると思われます。ただ、サイン転売ってなんで悪なんですか?というのが私の疑問です。

 

そもそもの話をすると、これって転売なの???と思うんですよね。転売ってことはどこかで買ったものをまた別の誰かに売る行為なのだが、このサイン転売のサインって買ったものじゃないでしょ?有名人に書いてもらったものだから、仕入れはタダだと思うのです。だから、この時点で転売じゃないでしょ?(笑)って思って、こんなバカが叩いてるんだ?と呆れてしまったのだが。そもそもサイン転売って誰か被害者いるんですか?チケット転売に関しては、私は悪とは思わないけど一応被害者はいる。とはいっても、その被害者はチケット転売が行われなくても存在するから特別視する必要はない(チケット転売屋の有無でチケットを手に入れられない人間が入れ替わるだけで、全体としてチケットを手に入れられる人数は一定)と思うがね。それに値段がより高いチケットを買うことになっても、それは欲しい人がたくさんいた中で自分が手に入れる確率を上げるためにやったことだから自業自得でしかないし、値段が高いチケットを買うメリットはちゃんと存在する。話は戻るが、サイン転売って困る人が誰もいないと思うんだけど、なぜか叩かれるし、実際にサインをしている有名人も非難している人たちが結構いるらしいw

 

サイン転売というのは、サインをもらった人がいろいろな場所を通じて、そのサインが欲しい人に売る行為である。サインが欲しい人はサインを手に入れ、転売をしている人は手数料を手に入れる。ここまでは何も問題ないです。そして、サインを書いている人も転売される、されないは関係なく、サインを書くという行為に違いはない。サインを書いた相手が転売屋だといつも以上に負担が増えるとか、そういうことはないでしょう。まあ、1人で何枚も要求するような話は別だけれども。つまり、誰も損をしてません。サインを書くという行為は善意でやっているのだろうから、それは自主的にやっている時点で困っているわけではないわけですから、転売屋に書くのが問題ならば、通常のファンに書くサインも問題だろう。そもそも転売屋がもらったサインは最終的にファンに届くわけでしょう?それってファンが直接サインください!って言って、書く行為と区別をする必要があるの?結果は一緒じゃないですか?プロセスが微妙に違うけど、転売屋が間に入ってくるということの違いを問題視しないといけない理由はどこかにあるの?誰も損をしていない状況で、サイン転売を叩く論理的理由が、私には1個も思いつかない。サイン転売は結果的にサインを手に入れている人と転売屋がともにメリットを得ていて、サインを書いている本人に損失は全くない。この状況を悪だと見なしてしまう、とんでもない頭の人間がこの日本という国には大量にいるわけですよ。

 

強いて挙げるならば有名人も、世間も転売屋が嫌いだから。まあ、「転売屋が嫌いだから転売屋を叩いているんだ」!とは、あまりにも理由がガキっぽくて言えないかもしれないが。ただ、理屈で考えれば本来ならば叩かれる理由が何1つないにもかかわらず、サイン転売屋は叩かれる。嫌いな人間に罵声を浴びせても良いという理屈なんだろうから、完全にいじめです。叩いている側はいじめなんて意識は全くなく、完全に正義面しているだろうけど、私から見ればサイン転売を叩いている人たちは差別主義者なんだろうなとしか思えませんよ。差別が悪なんだとしたら、彼らは完全に悪人です。頭が悪すぎるせいで自分が悪人だと気付かないで善人ぶっているヤバい奴にも見えてくるが。私は転売を悪だと思っている人とは絶対にかかわりたくないです。思考力に問題があるというのも大きいが、どうせ他の面でも価値観が絶対に合わないから、お互いにとってデメリットしかないと思う。

 

転売屋がやっているのは、サインが欲しいけど、手に入れることが難しい人のために、自分が手に入れてあげて、欲しい人にところに渡した。そして、その手間賃をもらっただけですよね。その手間賃は叩いている人間やサインをした人間が払っているわけじゃない。どこに叩く要素があるんですか?(笑)むしろ、私は良い人だなと思いますよ。こういう転売屋を叩いたり、有名人自身が転売行為が疑われる相手にはサインをしないということをすると、結果的にサインが欲しい人が手に入れられなくなっちゃいますよ?有名人はファンのためにサイン書いているわけでしょ?そのファンに対する背信行為(サインが欲しいファンが、サインをもらえなくたって知らんがなという態度)をするわけですよ?そういう事実を理解しているんですかね?そういう態度が正しいと思っているならば別の矛盾はないのですよ。ファンなんかどうでもいいって主張をするなら良いと思うのよ。でも、現実的にはそういう態度をとるとは思えないので、やっていることと考えていることが矛盾する人たちだな・・・と、あまりの頭の悪さに笑ってしまうのですよねw1人でも多くのファンにサインが届く行為を否定しながら、本人は今日もサインをファンに向かって書いているという(笑)これ以上笑える状況がありますか?w個人的には大爆笑ですよ。

 

ようやく本題に戻るが、「転売屋は悪である」というイメージが完全に社会に存在し、それを洗脳という形で世間が共有している。その結果、誰も得をしない結末を迎えてしまう。そういう例として、サイン転売屋批判は非常に分かりやすい話題だったと思います。有名人だって、自分のサインができるだけ多くの人たちに届いてほしいって願望は持っているんじゃないの?その願望を達成するために転売屋の人って間違いなく役に立ってますよね。結果的にサインをもらったファンは喜んでいると思います。だから、ファンが喜ぶ状況を否定する理由がどこにあるの?損得で考えれば、サイン転売屋叩きなんて起きないんですよ。善悪を行動指針として持ってしまっていると、こういう訳の分からない、理解しがたい行動を平気でとってしまうんですよね。そもそも転売のどこが悪なんだ?とも思いますがね。サインだけに限らないけど、転売=悪という誰が始めたか知らない洗脳にかかり、何も考えないで、その洗脳に追随してしまう人間が多いという現状が露わになるだけです。当然ながら転売屋がいなければ得をする人間もいるわけだが、転売があった方が得をする人間ももちろんいるわけだで、自分がどっち側の人間か?考えることをせず、転売はない方がいい!転売は悪だ!と決めつける人はあまりにも多いと思われる。損得で判断した方が合理的なのに、人は非合理的な善悪で判断をしてしまうケースが多いように思います。自分にとって確実に得であるという状況を作るために誰かを洗脳する。そのときに「善悪」という概念を使うというのは非常に理解できる行動だが、得とも言えない状況で、誰かを善悪という基準を使って諫めている光景は、きわめて滑稽に見えてしまうのです。その代表例がサイン転売を叩く連中なんですよ。

 

以前、中国人が日本に来てなんかの品を買い占めていったみたいなニュースに対して、日本人の否定的なコメントが見受けられましたが、こういう状況を見ると日本が中国に負ける理由がよーくわかりますよ。あくまでもこのニュースに関してのことだけど、中国人は単に自分たちの損得で行動していて、それを見た日本人は善悪で否定している。そして、善悪で否定している日本人は、それは悪い行為だと思っているわけだから、同様の行動をとらないのだろう。自分が得することができる機会を生かすか、悪だと感じて避けるか、この違いが仮に日本と中国であるならば、日本が中国に抜かれえるのもそりゃ当然だと思うしかない。日本人は善悪で判断してチャンスを逃すが、中国人は損得で判断するからチャンスを生かすことができる。日本人の一部がいかに中国人と比べて無能か?っていうのが詳しく理解できました。日本人と中国人の全員がそうとは言えないものの。

 

最後にちょっと違う話をするが、ちょっと前に台東区役所の避難所のホームレス差別のニュースがあったけど、あのニュースでホームレス差別を容認していた人の多くは、税金を払ってないとか、納税額が少ないとか、そういう理由で賛同している人が多かったらしいが、やっぱりバカしかいないんだなというのが、私のこのニュースを見ての素直な感想だ。納税の有無とこの問題は何が関係あるんですか?避難所の利用に条件に納税額ってありました?それに本来は納税義務にともなって納税をすればいいのであって、仮に納税義務がない状態で生活をしているならば、税金払わないことの何が問題なの?納税額が少ないっていうけど、「少ない」って概念は比較対象がないと本来使えないのよ?全国の社畜だって、孫正義とかと比べたら納税額は少ないよね?自分の納税額は少なくないけど、ホームレスは少ないっていう都合のいい線引きをしたがるんですか?超絶自己中の傲慢野郎だなとしか言いようがないよねこいつら・・・wつまり、何が言いたいか?っていうと、この一件だけに限らないけど、日本はこのレベルの頭の人たちがそこそこいるわけだから、この国の進展は期待できないと思います。多分、善悪の洗脳から覚める人ってほとんど期待できないと思います。洗脳されているということに気付きもしないでしょう。これはどうしようもない問題だと、解決しようがない問題だと、私は思っています。日本は国民の頭のレベルこの状況なんだから、衰退の一途をたどるだけだと思うんですよね。

 

 

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