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「人格否定」に走ったうえで、論破されたらむちゃくちゃダサいw

論破されそうになると、「論点ずらし」という手を使う人がいます。論点ずらしを指摘されると非常にダサいんですけどね。その論点ずらしの1手法としてよく使われるのが「人格否定」というものです。人間性の否定という言い方もできますが、私は今まで何度も見てきました。この幼稚な手を。人格否定っていうのは、まさに論点ずらしの手段の1つで、当初の論点で論破されそうになった側が、なんとか相手の悪い部分を見つけて否定してやろうと考えたときに使う手段です。当初の論点ではもはや反論ができなくなったときに、論点を変えて、特に相手の人間性の部分で否定できそうなところを探す、または否定できそうな言い回しを探すのです。例えば、「友達なくすよ?」とかです。これたまに使う人いますよね。これを言っている側の考えとしては、対象となる人物の言動などが自分たちにとって不都合であるという認識があるはずです。例えば、AがBの悪いところを指摘したようなときに、Bとしてはそれについて反論できない。しかし、自分が悪く言われた状況に我慢ならないときに「(悪いところばかり見るような行動は)友達なくすよ?」という言い方をするのです。

 

客観的に否定できる材料がないので、反論が本来ならば不可能なのだが、友達をなくすよ?というネガティブなワードを出すことで、悪い指摘をした側が悪いという意味を持たせているわけです。友達をなくすよ?というワードは、言い換えれば「友達に嫌われるよ?」という意味であり、あなたは人に嫌われるようなことをしているんだよ?という意図に聞こえます。つまり、そうやって反論できない相手に、論点を変えて反論をするのです。ただ、これは本人は否定した気になっているのだろうが、反論になっていない。友達をなくしたらダメなの?とマジで思う。そもそもの人格否定は論点ずらしの1手段なので、友達をなくすか?どうかはそもそもどうでもいい話なんですよ。「うん、それがこの話と何の関係があるの?」と返すことが可能だ。悪いと指摘した部分が、悪くないという反論なら論点通りだが、その結果友達をなくしたらなんなん?ダメなん?と、私なら思うだろうね。私は基本的に頭の悪い人が嫌いなので、こういう返しをする人ならば、離れていってもらって構いませんし。それに友達に嫌われるという指摘を実際に私にしてきたならば、「悪いと指摘したことに関して反論できず、素直に謝ることもできず、悪いと指摘した相手を嫌いになるなんて相当ガキなんだねw」とでも返すと思います。これをアドバイスのつもりで、好意で言っているという可能性もあるが、結局論点をずらして、自分の非から話題を逸らしている部分を指摘されたら終わりです。

 

そして、以下は私が実際に経験したことだが、私はある論点について話し合いをしていた相手を論破し、最終的に「お前って面倒くさい奴だな」と言われたことがある。相手は完全に何も言い返せない状況だったのだが、そのままフェイドアウトするのが嫌だったんだろうね。分かりやすい人格否定を始めたのです。人格否定ってのは、論破された側に残された最終手段なのです。それをこうやって発動してきたわけですけど、相手は私を「面倒な人間」という扱いにすることで、私の人間性の価値を下げようと考えたのでしょう。さっきの「友達なくすよ?」に近い気もしますが。私はその相手に「そりゃそうだよねw私のせいで、あなたは木っ端みじんに論破され、自分の主張が間違っていると認めざるを得ない状況になってしまったのだから。自分を無能だと認識してしまうような原因を作った私は、あなたにとってかなり面倒な人間だと思うに決まってるよねw」と、嫌みったらしく返信しておきました。当然ですが、以降は返信はありませんでした。このとき私は思いました。人格否定をするならさ、こんなダサい終わり方で逃げるなよ(笑)と。

 

相手もこんな返信がくるとは思ってなかったのでしょう。面倒くさい奴だという指摘をして、ある程度反論できるという算段があったのかもしれないが、普通に何も返信しないで逃げた方がマシだったでしょ。相手にとって誤算だったと思うのは、私が「面倒な人間である」ことを認めてしまったことです。面倒な人間っていうのは、本来はネガティブなワードで、相手としてこれを肯定するとは思っていなかったのでは?と思います。でも、私は肯定しました。なぜか?肯定するとなれば、面倒な人間という部分に関して、相手はそれ以上追及することができないと思ったから。いや、俺は面倒な人間じゃない!と返せば、いや、お前は面倒だよと反論されるはず。でも、面倒な人間ですが?と認めてしまえば、相手としては否定する部分がない。むしろ、この場合には私が面倒な人間であると認めることによって、相手の無能さを強調でき、相手に対するダメージをでかくできると考えたので、こういう返しをしたのです。

 

人格否定をするというのは、相手がバカの場合には通用するケースもある。しかし、相手によっては効かないどころか、大きな火傷を負う可能性があるのです。人格否定の場合には、否定した部分を肯定されたらおしまいですから。さっきの友達なくすという例だと、「あなたたちのような自分の非を素直に認められないガキに嫌われてさ、私に何か困ることあるの?w私にとって、あなたたちのような人間は一体どんな特別な価値があると思ってるわけ?w」とか、言われたら反論は厳しいと思いますよ。世の中にはもっと優秀な人間がいるので、そういう人間とだけ付き合えば良いんじゃないですか?バカに嫌われるデメリットってあるんですかね?犯罪に走るようなヤバイ奴とかだったら、デメリットあるかもしれないけど、その場合にはその相手が自身をそういうヤバイ奴だと認める必要性があるので、そういう返しはしてこないでしょう。

 

人格否定というのは、いろいろなところで見られます。例えば、ホリエモンに対して「でも、お前犯罪者じゃん」とか、「犯罪者に言われたくない」など、そういう否定の仕方をする人も多々いるが、そういう悪口しか言えないってことは、この論点では言い返すことができないのね?って思ってますよ。人格否定は相手を論破するために1つの手段なので、個人的には随分幼稚だなとは思うものの、それを使ってはいけない理由はありません。しかし、その人格否定を論破されたら、むちゃくちゃダサいと思うのでお気を付けください。ダサいってのは、単なる私の感想ですが。人格否定に走っている時点で、すでに1回論破されている状態なのに、その後さらに論破されるってヤバいでしょ。人間は多くがガキだと思うので、明らかに自分の言っていることが間違っていると認めざるを得ない状況でも、素直に間違っていたと認める人はまずいないでしょう。大人であっても。特にネット上はそんな感じで、だから人格否定を使う人たちが多くいるのだが、これを使う奴を見ると、益々「こいつらマジでガキだな(笑)」と思えて仕方ないです。

 

 

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