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私にとって留年を経験したことが今になってもいい思い出でしかない件

以前、アメトーークの「高校ダブり芸人」という回を見たことがあるのだが、これは高校生のうちに留年をしたことがあるという芸人を集めた回である。そして、私も実は留年をしたことがある。それは高校ではなく、大学のときなのだが。ただ、この番組を見て、高校の留年というのは大変そうだなと思いましたよ。しかし、大学の留年というのは意外と辛くないものだなと思いました。高校で留年をすると人生終わりではないにしろ、かなり辛いと思うのです。だって、年齢が1個違う自分が下級生と一緒に授業を受けるわけでしょ?馴染めなくね?と思うのです。私は人見知りが激しいので、特にそういうリスクがあったと思います。実際、私が高校に入ったとき、1年のときのクラスにそういう子がいたのです。留年してもう1回1年生をやっている年上の人がいて、その人は本当に馴染んでなかったです。でも、大学ってそういうのがないんですよね。私は4年の時に留年したのですが、大学ってクラスがあってないようなものであり、かつ4年になるとクラスの授業が一切なかった。だから、そういう気まずさがないのです。

 

私の大学での留年の体験談としては、辛い部分がほぼなかった。むしろ楽しかったくらいです。高校生までが抱えるような留年の悩みというのが、大学では存在しない。強いて言うならば同学年の人たちは卒業してしまったため、学内の知り合いがだいぶ減ってしまったということくらい。ただ、幸運なのか?分からないけど、大学生活で1番仲が良かった人も一緒に留年をしてしまったのです。だから、友達には困らなかったというのもある。仮にその人がいなくても、ぼっちで1年間キャンパスライフを送るだけだから、大した苦痛やつらさはないと思います。クラスに馴染めないとか、そういう悩みがないからです。さっきも言った通り、私は同じく留年した友達がいたので、私の場合には去年までと同じようなキャンパスライフが今年もまだ続いているくらいの感覚でした。留年の体験談といっても、辛い思い出は全くないです。親に怒られたとかもなかったですし。

 

私の場合、そもそも留年を避けようと思えば多分避けられたと思います。ただ、妥協的な理由で留年をしたのです。だから、怒られなかったのでしょう。私がなぜ留年したのか?と言えば、当時は就活をしようと思っていたので、それを考慮してあえて留年をしたのです。4年生に上がったとき、残っていた単位は確か34くらい。就活を控えているという意味では、10~20くらいに抑えておくのが理想みたいな雰囲気はあったと思う。だから、私の当時の残りの単位は就活を控えている身としてはかなり多い方だった。しかし、学業だけに専念すれば留年せずに取得できたと思う。でも、就活と34単位の学業を両立できる気がしなかった私は、あえて留年をして、単位を減らして就活に専念しようと思ったのです。その結果としての留年なので、妥協して留年した面もあったということです。親に言えないという悩みを抱える人もいると思いますが、私は親と相談したうえでの留年でしたから、親に言えない悩みとかもなかったのです。こんなに留年をポジティブにとらえている人はなかなかいないだろうなくらいに、留年に対して前向きでした。留年は辛いことのように捉えられるが、私の体験談をこうして振り返ってみると、辛いことがほぼなかったです。モラトリアムがもう1年伸びて、やったー!という感じでした。

 

大学の留年は私の同じように辛いことに関しては、高校までよりは絶対に少ないでしょう。留年を親に言えないとか、そういう悩みはあるかもしれないが、学生生活への問題というのは、大学の場合にはほとんどないと思うのです。高校までと比べてクラスの存在が軽薄であるというのが大きいと思います。クラスがどの程度大学生活において大きなものか?というのは大学によって違うかもしれないですけど、大学生はクラス以外で友達を作る人も多いので、意外と大したことないような感覚になってしまいます。お金の問題とかもあるので、気軽に大したことないとは言いづらいですけど、留年を楽しいものと思えた、そのときの私の感覚っていうのは、今に生きている気がします。要するに多くがマイナスに捉えているようなことをプラスに捉えられるこの感覚というのは、今になって思うとものすごい重要なものだと思うのです。世の中で留年を楽しいものと感じている人はあまりいないと思うのです。就職留年とかだって、自分で留年を選んだとはいえ、できればしたくなかったわけですから、マイナスの意識が強いと思います。私は留年をして以降、人々が感じるものとは違う感覚を芽生えることが多くなり、それが今に至っているような気がします。

 

当時の留年してた頃の体験談を自分で振り返ってみても、懐かしいとか、楽しかったなという思い出が強いですが、その就職活動をして、就職できなかったことも今では良かったと思っています。3か月くらいしかやってないですけど、自分は就職することもそうだけど、就活そのものにも向いていないと思ってやめたんですよ。今では悠々自適な年金暮らしの人みたいな生活をしています。暇な時間がありすぎるので、仕事を微妙にやっていますけど。就職できないで自殺をする人がいる中で、就活をやめた当時からあまりマイナスな印象がなかったですから、何かその頃から多面的な見方できるようになってきたなという感覚になってきたのです。分かりやすく言うと、幸せとか、不幸とかいう概念が頭から消えてきたんですよね。一般的な幸福や不幸という概念は知識として知っている面はあるものの、それに共感できなくなってきたというか、自分の感覚として特定の事象において幸福も不幸も感じないみたいな状況になりつつあったのです。例えば、会社をクビになるとお金が得られなくなって困るかもしれないけど、会社に行かないで済むという、とんでもないメリットが手に入るわけです。私にとっては前者の問題点よりも後者のメリットの大きさの方がでかく感じてしまうのです。結局幸福と不幸の両面が感じられるものはそのどちらでもないという認識になっていますし、それは世の中で起きることの全てでしょう。そんな感じで、多くが不幸に感じるようなことが、私にとっては幸福でも不幸でもないような、そんな概念がどこかに消えてしまったような感覚は大学を留年して以降身に付いたものですが、それは今も変わっていません。

 

幸せとは、気づくことである

幸せとは、気づくことである

 

 

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