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人間の無能さ(笑)をよく表す「なれの果ての僕ら」を読んだ感想など

「なれの果ての僕ら」というマンガを最近読んだのだが、感想としては非常に面白いという印象を受けました。このマンガは非常に暗い雰囲気の作品で、結末が先に示され、その結末を迎えるまでの過程を描いた作品なのですが、続きが非常に気になる展開です。簡単にストーリーを説明すると、ある小学校の同窓会が開かれることになり、かつてのあるクラスの面々が小学校の教室に集まっていましたが、この同窓会の主催者がいませんでした。その主催者が現れると、そこから主催者以外の面々は、ある思考実験のゲームに強制的に参加させられてしまいます。極限状態における人の善性を試すという主催者ですが、同窓会は死を懸けたゲームとも言うべきイベントに姿を変えるのです。

 

このなれの果ての僕らに関しては、私に言わせれば、人間の無能さを浮き彫りにするようなシーンが非常に多いと感じられます。個人的にそれを感じられたシーンはいくつかあるのですが、その1つを紹介します。以下ネタバレを含みます↓

 

 

 

 

 

 

この思考実験で最初に行われたのゲームは、主催者から指名された人間が毒を飲み、次に指名された人間が同じ毒を飲めば、先に飲んだ人間に解毒剤が与えられるというものです。つまり、先に毒を飲んだ人間は後に指名された人間が毒を飲まないと死んでしまいます。先に毒を飲んだ人間を助けるために自ら毒を飲むのか?という、人の善性を懸けた思考実験になります。ただ、このゲームは私は欠陥(必勝法)があると思っているのです。それは後に指名された人間が毒を飲むのを拒んだ場合、先に飲んだ人間が、そいつを殺そうとすればいいだけだと思うのです。何もしなければそのまま死ぬだけというう人間にとって、人を殺そうとすることにリスクはないですから。それに自分が殺されそうになれば、さすがに毒を飲んだ方がマシと思うでしょう。そんな話は置いておいて、この思考実験は主催者が途中からアレンジを加えて、先に毒を飲んだ人間の親友だという人間に名乗り出てもらうことになりました。しかし、誰も名乗り出ません。そりゃ自ら毒を飲む役を引き受けたい人なんかいるわけないのです。しかし、そんなときにある1人の男が勇気を振り絞って名乗り出ました。ただ、この男は先に毒を飲んだ人間の親友でもなんでもなかったのです。ただ、このままだと毒が全身に回ってしまい、死ぬだけなので、先に毒を飲んだ人間を助けたいがために名乗り出ただけでした。

 

しかし、そこで主催者は言うのです。「親友ならば、先に毒を飲んだ人間の生年月日と血液型を言ってごらん」と。そうしないと、毒は渡せないと言うのです。親友でもなんでもないこの男は結局何も出てこず、時間切れとなり、先に毒を飲んだ人間は死亡したのです。ここで注目すべきなのは、そのときの周囲の人間の反応です。善意で名乗り出たのは良いとしても、「結果的にこいつがでしゃばったせいで、先に毒を飲んだ人間は死んだんだ!」という、目で見られることになりました。しかし、冷静に考えたら違うでしょう。直接の原因はそうだとしても、そもそも他に親友として名乗り出る人間がいなければ、どっちにしろ死んでいました。この毒は10分経つと死に至る設定のようですし。つまり、この男が名乗り出なくてもどうせ死んでいた可能性は高いです。実際、他に名乗り出そうな人間がいた雰囲気には見えませんでしたし。その場合には、全員の責任になるはずなのです。しかし、あえて名乗り出てしまい、目立つ存在になったことで、この男だけが責められる形となりました。また、そもそもの話をすればこんなゲームをやらせている人間を責めるべきなのですが、その雰囲気は全くなかったのです。

 

私はこのシーンは非常に印象的であり、人間って無能だな(笑)と思えてくるのです。というのも、こういうシーンは現実にも多数あると思うからです。要するに、何かしらの不都合な事態が生じたときに、直接の原因になった人間、または最も目立つ行動をした人間だけが責められる、悪者にされるというのは実際によくあることです。例えば、いじめで自殺をした人間がいると、そのいじめをした人間だけが責められますよね。でも、原因って本当にいじめだけなの?と思えてきます。例えば、両親の仲が悪いとか、それで本人が悩んでいた可能性がある。そのうえでいじめられたから自殺したとなれば、両親も原因になっているじゃん?って話なんです。両親の不仲が、自殺した子を追い詰めていた面があったわけですよね。でも、世間はそういう発想になりません。いじめがきっかけで自殺を図ったときには、悪いのはいじめであると決めて、それ以外にいじめに至った原因がないか?を探そうともしません。いじめが原因であるのは明白だとしても、それが100%か?どうかは別です。ブラック企業の労働者が過労死したときなどもそうですね。ブラック企業を責めるだけで、その企業がブラックにならざるを得ない、日本の社会の仕組みを責める人間はほぼいない。もちろん、ブラック企業で働き続けて、ブラック企業増殖に貢献し、社会に害悪を放ち続けた過労死した人を責める人もいませんが。こういった状況を見ると、世間の人たちは「蓄積」という概念がないのではないでしょうか?

 

ここでいう「蓄積」って何か?っていうと、東京03というお笑いトリオの同名のネタを見ると非常に分かりやすいです。このネタでは、3人でたこ焼きパーティーをすることが決まったものの、角田と豊本が銀だこを買ってきてしまい、飯塚が2人にキレるのです。まあ、たこ焼きパーティーって、1からたこ焼きを作って、それをみんなで食べるのを想像するでしょうからね。ただ、飯塚に怒られた角田は「え?そんなことで怒っているの?」と疑問に感じ、それに豊本も同調し、むしろ角田らが飯塚にキレ始めて、説教を始めるのです。しかし、飯塚は「だから、今日だけじゃない長年の蓄積だよお!!!」とマジ切れをします。飯塚はこれまでに溜まっていた2人に対する不満をぶちまけ始めるのです。たこ焼きパーティーに銀だこを買ってくるという不満だけで、2人にキレたわけではなく、これまでにいろいろな不満が度重なって起きて、最終的に今日発生した不満でキレたのです。今日を迎える時点で飯塚の2人に対する不満度合いは80%とかあったってことでしょう。それが今日100%を越えたと。これが蓄積なのです。

 

つまり、飯塚がキレた原因は1つじゃないと、複数の原因が重なって最終的にキレたわけです。こういう状況は実際に普通にあるでしょうね。さっき話したいじめの例はマジでそうだと思う。いじめ以外の何かの原因が仮になかったならば、自殺をしていなかった可能性があるということです。仮にそう言えるならば、いじめだけが原因じゃないのだから、いじめ加害者だけが責められている状況は理不尽でしょう。両親の不仲以外にも、親が勉強しろとうるさく言ってくるとか、いろいろな原因は考えられ、その原因の候補となるものは無数にあります。たいていは家庭の問題でしょうけど。つまり、いじめで自殺した子供がいた場合、その親は被害者面しているが、加害者の可能性も十分に考えられるわけですな。しかし、親自身も世間もそういう目では見ませんよ。なぜこういう事態になるのか?と言えば、さっき言った蓄積の概念がないからです。いろいろな原因が積み重なって、自殺に至ったという発想を持てないのです。蓄積という概念を持たない無能は、他にも原因があるかもしれないという発想になれず、目立つ行動をしたいじめ加害者だけを責めるわけですな。あとはいじめは悪質だが、それ以外の自殺にかかわる原因はそれほど悪質じゃないという見方もあるかもしれない。悪質の程度なんてどうやって測るんだ?(笑)と思いますがね。いじめと言われる行為の多くは犯罪でもありませんから。都合のいい線引きでもするんですかね?そもそもの話をすれば、いじめと定義づけられている行為に類する行為であっても、いじめとは扱わない行為が山ほどありますよ。「「いじめ」の定義を恣意的に、都合のいいように適用する輩が1番の問題児である - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事でも書いたけど、「いじめ」という言葉に関して、すでに都合のいい線引きが行われているのです。

 

冒頭で紹介したなれの果ての僕らというマンガは、それ以外にも無能な人間の行動などをピックアップしている描写があると私は感じているので、気になった人は読んでみてください。個人的な感想としては、こういうストーリーのマンガ好きなので、本当に面白いなと思います。先ほど紹介したシーンでは、特定の人物が死亡した原因は、実は複数見つけられるのだが、そのうちの1つしか注目しないという状況が描かれています。1つしか注目しない方が、彼らにとって有利だという理由もあるかもしれないが、人間の無能さとともに、卑怯者の部分も表していると言えるでしょう。このマンガでは、この思考実験の主催者に対して「なんでそんなんになっちまったんだ!?お前に何があったんだ?」と疑問を投げかける人間がいて、その人間を論破するシーンがある。猟奇的犯罪が起きると、その犯人がオタクだった、ひきこもりだった、ゲーム依存症だった、いじめられていた、そんなある種の理由を探す。そして、その理由があるからこんなことをしたんだ!とカスゴミは報道し、大衆はそこに「あ!自分とは違う・・・大丈夫だ」と安心感を覚える。そんな大衆の心理をバカにするシーンがあります。それは単なる共通項に過ぎない。事件の犯人が全員ほぼ毎日米を食べていたらたら、米を日常的に食べている奴らは同じことをするのか?因果関係と相関関係の違いすらも分からないバカをバカにするシーンとして、個人的には非常に爽快な感想でしたよ。そういう内容が好きな人にとっては面白いかもしれないですね。

 

 

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