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一部の日本人の責任の追及の仕方が謎すぎるとしか言いようがない

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ちょっと前に東京都市大学に対して爆破予告があったニュースを覚えているだろうか?そのときの大学側の対応がいい意味でも、悪い意味でも突飛であり、この爆破予告のニュースはちょっとだけ世間を騒がせる結果となった。大学側は「爆破予告があった時間までは(爆破されることはないので)通常通りに講義を続ける」という対応をとったわけだが、これが賛否両論となったわけだな。大学側を擁護する意見としては、「爆破予告があって実際に爆破されるケースなんかありえないんだから、無視が最善である」といったものが多かった。一方で、大学側を否定する意見としては、「本当に爆破されたらどうするの?どう責任とるの?」というものが多かった。私は基本的に大学側の対応は全うだと思っている。爆破されない保証もないけど、本当に爆破されたとしても、それは大学側のせいではないというか、世間一般で用いられる責任という言葉の現象は一切存在しないだろうと思っているから。責任の有無って何で決まるんだ?って問題もあるんだが。

 

私の感覚では、そもそも爆破予告があった後に、本当に爆破された場合、それが大学側のせいと言えるのか?という問題があります。多くの人は想像していると思うけど、本当に爆破する気があるならば、爆破予告なんかしないだろう?という考えがありますよね。それは合理性が説明できないからです。なんで警戒されるようなことをわざわざするのか?そんな疑問が浮かぶはずです。ということは、冷静に考えて爆破予告と爆破は因果関係が存在しない(説明できない)状況なわけです。因果関係が存在しない、説明できない状況において、大学側をバッシングするのであれば、例えば肩を軽く叩いた人に対して、「やめろ!それで相手が死んだらどうするんだ?」と言っている状況に見えます。肩を叩いて人が死ぬ状況を想像できない人が、なんで爆破予告があったら、本当に爆破されると想像するのか?全く理解できません。要するに爆破予告が存在したことで、その対象が実際に爆破される可能性が高まった」とは言えないわけです。実際、世界中で起きている爆破関連の事件の大半は予告なんか存在しないだろう。つまり、予告されていない状況の方が爆破されるケースが圧倒的に多いと言えるはずです。ちなみに日本だけで言えば、爆破予告があって、本当に爆破されたケースが1度でもあるのか?というと、調べてみた感じではほぼない。ただ、1970年代に起きた連続企業爆破事件の一環である「三菱重工爆破事件」においては、爆破予告と思われるような状況が存在していたらしい。

 

でも、これは詳しく調べてみると、いわゆる爆破予告ではない。というのも、これは犯人側が企業のオフィスに対して爆弾を仕掛けたという電話をかけたみたいなのだが、これは脅迫などではなく、そこにいる従業員を避難させる目的があったらしい。もうすぐ爆発するから、早く避難させろ!と伝えたらしいのだ。つまり、多くの人たちが被害に遭わないために起こした予告であり、いわゆる爆破予告とは似ても似つかないケースだろうと思うが、電話を受けた側にとってはいつものイタズラの爆破予告かな?と思ったに違いない。結果、これは実際にイタズラと取られて、複数回の電話もむなしく、多くの人たちがいる中で爆発物が爆発してしまったらしいが。そういう意味では、私が調べたところでは、脅迫に該当する爆破予告からの本当の爆発は国内ではほぼ0なのではないか?と思えてきます。理由を問わない爆破予告という広い概念で見た場合でも、多く見積もっても1回かな?と。データ的に言えば、爆破予告によって本当に爆破されることは、常識的にありえない。むしろ爆破予告があった=爆破されないフラグなのでは?ともとれる。この状況で、東京都市大学がとった対応が間違っていると言える余地はないだろう。仮に今回のケースで本当に爆破されてしまったとしても、東京都市大学の対応に問題があると言えるためには、爆破予告によって爆破される可能性が高まったと言えた場合だけだ。しかし、過去のデータを参考にすると、むしろ可能性が低くなった、高く見積もっても平常通りの確率ととるのが正常では?と思えるのです。

 

爆破されるときには、たいてい予告はない。しかし、こういった部分を踏まえると、予告が一切存在しない日常において、なんの対策もとらない大学側は問題ではないのか?という言い方が可能であろう。すでに説明したように、爆破されるときは事前に予告がないときが大半(ほぼ全部と言ってもいい状況)なのだから、予告がないときほど警戒すべきと言える。今後、日本でコロナが完全に収束して、以前と同じようなキャンパスライフが戻ってきたとしたら、これは完全に爆破に対する警戒心が存在していない状況と評価できるでしょう。オンライン授業を一部であっても継続するなどの策をとれば、予告がないとき、つまり爆破される可能性が相対的に高いかもしれない状況で、ちゃんと警戒しているという評価が可能かもしれないが、そういう状況が多くの大学で見られないならば、それは爆破される可能性が相対的に高いかもしれない状況で何もしていないという評価になる。オンライン授業を実施すれば、いざ爆破されたときにおける人的被害はより少なくなるだろうから。コロナ禍以前の状況に完全に戻るときがあったならば、それは爆破に対する警戒を完全に相対的に緩めている状況だ。そして、その状況で実際に爆破されたら、これこそ大学側はどうするんだ?どう責任をとるんだ?と非難する余地が生まれてしまう。これは実際に何の警戒もせずに大学に通っている学生にも同じことは言えるわけだけど。

 

普段から爆破予告に対する警戒を万全にできない、ずっと継続は不可能と言う人もいるかもしれないけど、日常においてそういった警戒ができないことは、爆破予告があったときに警戒しないといけない理由にはならんからね。だって、爆破予告がない状態も、爆破予告がある状態も、今回の東京都市大学に関しては一定の油断があったんだろうから。つまり、今回の爆破予告は、爆破予告がない日常の延長線上でしかないわけ。どっちも油断している。状況が一緒になのに、一方を非難して、一方を非難しないって意味が分からない。それに日常において何の警戒もできない、継続が一切できないなんてことはありえないだろう。例えば「大学はいつ何時爆破の対象にされるか分からないから、授業が終わったら真っ先に家に帰るように」とか、学生に周知することはどの大学もできますよね?でも、そんなことをやっている大学はほぼないと思う。こんな簡単なことすらできない大学なんてあるんですか?私の出身大学ではそんな周知を見た記憶は一切ないけど。つまり、普段は完全に無警戒ってことなんでしょう。ちなみに私の出身大学も爆破予告の標的にされたことはありますが。

 

そんな感じで、爆破予告があった東京都市大学が、爆破予告を完全にスルーしたこと自体は特に問題ないだろう。それ自体は可能性の大小をもとにすれば、非常に合理的な対応だと言える。この対応が問題と言うならば、爆破予告が存在しない日常における対応はもっと問題であり、そこに関して非難の声が飛ばない理由が理解できない。それに爆破予告の目的は犯人にしか分からない。単に愉快犯というケースもあれば、目くらましというケースもあるかもしれない。例えば、爆破予告をすれば、大学側は敷地内から人を避難させるだろうと見込んで、その間に敷地内で何かをする目的があるなども考えられる。ありえそうなのは重要な書類などを盗み出すとかか。爆破予告があったところでどうせ油断して、避難なんかさせないだろうと見込んで、あえて逆を突いて爆破させるという犯人がいるかもしれないが、それも合理性はない。油断しているのは(爆破予告がない)日常においても同じなのだから、予告をするだけ無駄に手間がかかっているだけとなる。

 

強いて言うならば、大学側が油断をして、学生らを避難させない光景が見受けられたときに、あえて爆発させ、大学側が油断したからこれだけ大勢の人たちが死んだんだ!という状況を作り出したいという動機を犯人が抱えていたケースも一応考えられる。大学側に対してよほど強い恨みがあったときには、そういう行動をとることもあるかもしれない。でも、これを実行するには本当に爆発物を用意しなければいけないので、ハードルは相当高いですが。できる人は本当に限られるでしょう。今のところ、国内の爆破予告オオカミ少年の事例ばかりなので、無視をするのが得策だと思う。でも、本当に無視をするケースばかり増えたとしたら、そのときはガチで爆破される事態が起きるかもしれない。「かもしれない」なので、爆破予告がないケースよりも、爆破予告があったときの方が爆破されやすい現実が本当に訪れるのか?はやっぱり不明だが。客観的に爆破予告がないときよりも、あったときの方が爆破される可能性が高い、事例が多いことを説明できる状況があるとは思えない。爆破予告からの爆破というケースは、過去の日本では0と言ってもいいような状況があるだけに、無視をするのが得策というのは、今のところはその通りとしか言いようがない気がするがね。

 

これが得策じゃないと言う人がいるならば、爆破される確率がより高い可能性がある予告がない日常において、何の策もとらない、無警戒状態の大学側をなぜ非難しないんだ?と言いたいですが、彼らは爆破予告がない日常の方が爆破される可能性が低いと思っているのでしょうか?今回の件で爆破予告を無視した場合に、「本当に爆破されたらどうするのか?どう責任とるのか?」と言われても、「別にどうもしないし・・・」としか言いようがないのです。なんで責任なんかとらないといけないの?という疑問が当然生じます。爆破予告によって、爆破される可能性が低くなった可能性がある、高く見積もっても平常通りの確率と言えるならば、本当に爆破されてしまった場合でも、その爆破による被害の発生が、なんで大学のせいになるのか?という状況を説明せねばなりません。責任を追及するならば、そういった点が必要です。爆破予告がない日常において、何の警戒もしていない大学側を非難しないならば尚更です。確率が相対的に高い可能性があるときに何も言わないのに、確率が相対的に低い可能性があるときには責任を追及するという行動は本当に理解できません。

 

この件に関してのツイッターを見ると、「自分だったら予告した時間よりも前に爆発させる」とか言っている人もいたけど、だからそれをする意味が分からんのですよ(笑)油断している中で爆破させたいならば、さっきも言ったけど予告なんかする必要がないのよ。それに本当にそういう事態が起きたとしても、それって予告がない中で爆破されたのと一緒なんです。どちらも油断しているときに爆破しただけなんだから。強いて言うならば、世の中には何が合理的か?の判断すらまともにできない人もいるという可能性もあるわけですがね。ただ、爆弾魔の中に本当にそういう人がいるならば、過去に起きた爆破事件の前に予告をする人がもっといそうですが。それに何が合理的か?分からない人の場合には、爆破をするタイミングなんて予測できないってことなので、爆破予告があっても、なくても常に警戒しないといけないって結論にもなりますが。やっぱり大学の日常の無警戒の状況に対して何も言わないで、爆破予告があるようなときだけ無警戒の大学を非難するのは意味不明となっちゃいますよ。

 

実際、恐らく予告がない状態で油断している中で爆破されたら何も言わないのに、予告があって油断していて爆破されたら大学側を責めるなどの謎の言動を見せる人が日本人の場合は多いと思うのよね。前者と後者は何が違うって言うの?ここから判明するのは、ある事態を正確に把握するってことができない、爆破予告があったときに、爆破される客観的な可能性の大小の判断ができない人たちが意外と多くいるということなんだと思う。東京都市大学爆破予告の時間までは授業を継続するという、傍から見たときには油断している(私にはそうは見えないが)ように感じる措置をとったわけだが、油断しているのは普段も一緒なのに、その事実を把握する能力がない人がこんなに多くいることに関して驚いてしまった。大学側の対応の仕方よりもこっちの方がよっぽど愕然ですよ。

 

爆破予告

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