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日本では他人を侮辱してお金を稼ぐ「誹謗中傷ヤー」の職業が根付きつつある

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日本では近年、ずっと前からそうかもしれないが、特定の存在を悪く言うことでお金を稼ぐ層がいる。それを私は「誹謗中傷ヤー」と呼んでいるのだが。これは世間に普及している言葉ではないと思うけど、今後普及したら私が生みの親であると言えるだろうか?(笑)誹謗中傷ヤーというのは、いかにも安易なネーミングだけど、転売ヤーとか見てるとそんな感じで名付けた方が分かりやすいだろうと思ったので。この誹謗中傷ヤーはその名の通り、特定の存在を誹謗中傷することが仕事である人たち、またはそういう手段でお金を稼いでいる職業という意味合いで使っています。主にYoutubeなどの動画投稿サイトにおいて、多くの再生数が見込まれるような誹謗中傷ジャンルの動画を投稿し、広告収入を得ることをしています。そういう意味では、Youtuberの1ジャンルとも言えるか。ただ、同じようなことはYoutube以外でもやろうと思えばできる。例えば、ブログとかでもね。私が見る限りでは、特定のジャンルにおいてこの誹謗中傷がむちゃくちゃ刺さるんですよ。日本人の心には、むかつく奴らをけなしてやれ!という精神が根付いているため、特定の動画はものすごい再生数を叩き出すことができる。

 

具体例をあげると、最近の例で言えば、プロ野球の白井球審千葉ロッテの佐々木投手の態度に怒って詰め寄ったという部分が悪い意味で話題になっていたけど、そのニュースが出たその日の夜から翌日にかけて、この白井球審の過去の誤審集のような動画が大量にYoutubeにアップされていました。で、そういう動画は多くが数万から数十万の再生数を稼いでいたのです。いじめ大国と言われる日本では、こういうのは過去に何度もあったから私は別に驚きませんでした。多分こうなるだろうなと思っていましたし。こういうのを平気でするのが日本人なわけです。悪く言えば、むちゃくちゃ陰湿で救いようがない人間性、よく言えば稼げるチャンスを逃さないビジネスマンとしての鑑です。そんな状況なわけです。

 

特定の個人などを対象にした場合、侮辱や名誉毀損と言えるような内容の動画もあるが、恐らくYoutubeの運営側はそういう内容はお咎めなしなのだろう。本人などが抗議した場合はともかくとしても、そういう動画が存在すること自体は問題視していないと思われる。試しに運営にいわゆる通報を何度かしてみたことがあるのだが、当該動画が消える気配は全くない。通報している時点でそういう動画があることは認識しているはず。つまり、Youtube側としても誹謗中傷でお金稼ぎをすることを容認している状況なので、この状況は今後ますます活性化すると思います。後述するヤフーもそうだけど、Youtube(もっと言えばGoogle)などの企業は特定の個人、または層を傷つけることを容認する姿勢なのです。

 

日本では誹謗中傷を憎み、根絶しようとする層がいるが、はっきり言って時間の無駄です。日本から誹謗中傷が消えることは不老不死を実現させることよりも難しい。それどころか、減らすことすら無理だと私は思う。誹謗中傷はまず犯罪ではない。結果的に犯罪になる場合もあるが、誹謗中傷と言われている段階では犯罪にはなりようがないのだ。つまり、割と気軽に行えてしまう。そのうえで私が名付けた誹謗中傷ヤーのような存在は今後どんどん増えると思います。誹謗中傷やいじめはエンタメであり、コンテンツの一種なのです。人々を楽しませることができます。また、ヤフーなどは悪びれることもなく、トップページに芸能人の不倫の話題とか、名誉毀損に該当するニュースとか出しますよね。こういう大企業が平気でそういう記事を転載するわけだから、日本ではある意味それが普通なんですよ。日本人って、そういう人種なんですよ。躊躇なくそういうことできちゃうんですよ。その状況に疑問を持つ人の方が圧倒的に少ないと思います。日本人はというか、大衆は当たり前に存在している日常を疑うことができないからです。そして、誹謗中傷ヤーが当たり前の存在になれば、その状況を疑う人もいない。誹謗中傷でお金を稼ぐ人は珍しくても、誹謗中傷自体は至るところで見られるので、すでに日常だと思いますけどね。そのうえで誹謗中傷が収入をあげる手段にもなるとなれば、積極的にやる理由はあっても、やめる理由は特にないです。

 

そもそもの話をすれば、誹謗中傷はなぜ悪いように言われるのか?という問題があります。日本人の場合、世の中の空気的に誹謗中傷はよくないこととされているため、深く考えずにその風潮に従っている、妄信している人が多いだけな気がしますけどね。つまり、なんとなく悪いって感じになっているが、本来は悪い理由はありません。人を殺してはいけない理由がないのと同じです。多くの人々がそのように思っている、信じているという事実があるだけです。私はいいとか、悪いとか、そういう評価に興味がないので、誹謗中傷に対してそういう評価はしません。誹謗中傷は「人々をエンタメによって幸せにできる一方で、当事者を傷つける作用を持ったもの」という事実としての評価しかしません。そして、世の中の多くものってメリットとデメリットがあるから、それと同じだよなとも思っています。私も誹謗中傷というか、ネット上で悪く言われたことはありますが、私はそれ自体を嫌悪する気はありません。私はホリエモンの言う「バカはタダで拡散してくれる」という言葉に共感する人間なんで、むしろ好意的に見ています。

 

誹謗中傷ヤーの場合、それ自体が社会で問題視される可能性はかなり低いと思います。というのも、すでに話したように、彼らがターゲットにするのは社会的に悪い存在だと、むかつく奴らだと思われている人たちだからです。つまり、悪い奴らを悪く言って何が悪いんだ?という、犯罪者顔負けの理屈を持っている人がかなり多いと思うんですよね。この国では政治家ですら「悪夢のような民主党政権」と誹謗中傷したこともあるし(それを受けて、一般人から「地獄のような自民党政権」と揶揄されている面もあるのだが)、みんな何らかの誹謗中傷は日常的にやってんじゃないですか?(笑)そのため、そういう誹謗中傷は社会でむしろ支持されるんじゃないかな?だからこそ、そういう職業が否定される可能性はかなり低く、そういう稼ぎ方に気付いた人たちは積極的に始める可能性があり、やはり増えることはあっても、減ることは想像しづらいです。

 

そうなると、誹謗中傷は消えない、減らない、増え続けるという前提で生活をするのが賢明ですよね。誹謗中傷を否定している人たちもその時点で、ある意味誹謗中傷をしている人を誹謗中傷しているとも言えるので、私に言わせれば、世の中では誹謗中傷を肯定している人しかいないんじゃ?と思えてきます。過去に「「誹謗中傷」の本質的な問題って、誹謗中傷が根絶されても何も解決しないでしょ - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事では、誹謗中傷がこの世から消えても、何の解決にもなっていないという事実を書きましたが、誹謗中傷に関しては問題として捉える、議論するなどの状況が無意味なんだと思います。それを肯定して生きていった方が、私みたいにウェルカムの姿勢でいた方が合理的だと思うんですよね。でも、そのためには大衆の常識的な感覚から抜け出さないといけません。常識的な感覚が根付いているうちは、自分に対する誹謗中傷に関して、無意識のうちに嫌悪してしまうからです。大衆感覚を持ちながらの人生は不幸まっしぐらなのです。

 

 

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