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楽しかった、懐かしいと感じる時代に戻りたいって人の気持ちが理解できないんだけど

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先日、なぜか不意に小学校のときの卒業文章が目に留まったから開いてみたのです。その卒業文集には表紙に「2000年」と書いてありまして、もうそんな昔なんだ?と思いつつも、小学生最後の年がミレニアムだったことを思い出しました。ちなみに卒業したのは翌2001年3月ですが。異様に分厚いなと思って中を見たら、同じ学年の人たち全員分載っているのね(笑)てっきりクラスだけかと思ったけど。5クラス分全員載ってて驚いた。とりあえず同じクラスの人たちのページをざーっと見てみたら、そういえばこんな子もいたわ!とか、懐かしい思い出に浸ることもできました。で、文集だから、当時の児童1人1人の文章が載っているわけ。でも、それとは別に自由記入欄みたいなのがあって、そこには1人1人オリジナルで表現してあるんだけど、プロフィールみたいなのを載せている人が多かった。私もその1人で、20年以上前に自分が何を書いたか?ってのはほとんど覚えていなかったのだが、自分のプロフィールを当時書いていたみたいです。

 

自分のプロフィールには、例えば好きなテレビ番組って欄があって、伊東家の食卓、人気者で行こう、遊戯王って書いてありました。で、同じクラスの他の子たちのプロフィールにも同様に好きなテレビ番組という欄があって、たいてい遊戯王って書いてあるんだよな。半分くらいは遊戯王だ。それかワンピースって感じ。遊戯王は好きなゲームの項目に書いている人もいた。それ以外だとファイナルファンタジーが多かった。そんな感じで、ずいぶんいい暇つぶしになりながら、自分が小学生だった頃を思い出しまして、当時の楽しい記憶などが一部蘇ってきたわけです。世の中にはそういった懐かしい、楽しかった過去に戻りたいって思っている人もいるらしい。しかし、私はあまりそういう気持ちはないですね。というか、そういう風に思える人の気持ちが理解できないくらいです。そもそも私の場合、リアルタイムで楽しいという感情を覚えた記憶がほとんどない。たいていは後から振り返ってみて、(今と比べたら)あのときは楽しかったのかな?と感じるくらいです。

 

リアルタイムで自分がすごい楽しいというか、充実感を覚えていたのって、多分2回くらい。1つは中学校3年生の3学期です。なぜかこの時期は楽しかったんだよな。この時期って、後に進学することになる高校が決まる時期でもあり、授業に出ない日がそこそこあったんですよ。私は私立高校を推薦で受けたのだが、同じく推薦で私立高校を受ける人たちは、同じ日に一斉にそれぞれが受験する高校まで、電車とか使って願書を持って提出しに行きました。郵送でええやん?って今なら思うけど、授業をサボることができたので、今振り返ってもそんなに不満はない。あとは実際に面接と作文を受けに行った日、合格発表を見に行った日は学校に行ったけど、午後から登校とか、そんな感じだったと思う。あとは百人一首大会、球技大会、卒業式の練習とかもあったし、公立高校を受験する人や一般入試で私立高校を受験しに行く人が今度は授業を休んだりして、普段よりも教室の人数から少なく、卒業まであと少しということで、ほとんど遊びみたいな授業も増えた気がするのです。あとは学校の帰りに家が近い同級生らで誰かの家に集まって、遊ぶ機会も多かったと思います。そんな感じで、とにかくこの中学校3年生の3学期は、それまでと比べて毎日の生活が楽だった。そういう意味で充実感を味わっていた。

 

もう1つに関しては、今度は高校3年生の3学期~春休みです。3学期はほとんど学校に行った記憶がない。3学期って、始業式の日、センター試験の翌日(採点とセンターリサーチの提出のためだけに登校)、卒業式の前日、そして卒業式の当日の4回だけじゃね?って思う。記憶が正しければ。私は大学受験は一般入試組だったから、学校がなくても家で勉強していたんだけど。とはいっても、勉強は大嫌いなので、1日3時間くらいが限度だった気がするが。そんな感じで、こちらも普段の面倒な授業がないという点が個人的には大きかったわけです。そして、3月1日が卒業式だった気がするから、その後大学の入学式まで1か月近く春休みがあったのですが、そのときの充実感は特にヤバかったね。大学受験の勉強から解放されて、大学の入学式までの1か月間、適当に遊びながら、ダラダラ過ごしていた記憶があります。でも、卒業式を終えて以降、高校時代の友達と会いづらく寂しさは多少ありましたけど。自分としてはそれなりに希望の大学に受かったという点も理由の1つだが、大学ってすごい楽なイメージがあったんですよ。だから、これからは高校までのような、早寝早起きや満員電車のような大変な毎日を送る必要がないという想像ができる部分は、むちゃくちゃ魅力的に感じていました。休みの期間でいえば、高校卒業後の春休みよりも高校在学中の夏休みの方が長いけど、夏休みの場合にはそれが終われば、また早寝早起きして満員電車で高校に通う生活に逆戻りです。でも、高校を卒業してしまえば、それは(当分)ないって思えるわけじゃないですか?少なくとも4年間は楽な毎日が続くなんだろうなーと思えたのです。実際、大学に通ってからは1限に出る機会なんてたまにであり、たいていは早い日でも9時くらいに起きて10時過ぎに家を出るという生活をしていました。いやー、大学生のときってマジで楽だったねー(笑)

 

ここまで長々と自分語りをしてきましたが、こうやって改めて振り返ると、私にとっての楽しさというのは、いかに楽な生活をするか?という点に集約される。友達とかと遊んで楽しかったとか、そういうのもあるんだけど、それはあくまでも今になって振り返るとそう感じられるという点が強く、当時の記憶としてそんなに楽しかったのかな?という思いに駆られてしまう。また、主に学生時代に楽しい思い出があったというのは事実だが、それは楽しい思い出が印象的だったというだけで、トータルで評価したときには、結局毎日の生活は大変でしたし、辛かったですよ。大学生のときを除いてね。早起きして、連続して授業に出て、その後部活もやって、習い事もやってみたいな状況があったわけですから。そして、ここからが本題なんだが、私はリアルタイムで楽しいという感情を感じにくいのでは?と思うので、今になって思えば楽しかったと言える過去に戻ったところで、何の解決にもならないと思います。私が今になって楽しかったと思える時期は、リアルタイムで言えばどちらかというと辛いと感じていた時期であり、そんな時期に戻ったところで、まるで逆効果なわけだ。

 

強制的に過去に戻らないといけないなれば話は別だけど、戻れるなら戻れますよ?という状況ならば、私は拒否すると思う。強いて言うならば、大学生だったらギリギリありかもしれない。自分としては大学受験が結構大変だったので、それ以前に戻ってもう1度大学受験をする気は起きない。しかもそれなりの希望の大学に受かった事実を踏まえると、今度受けてまた受かる保証もないからね。逆に今度は第一志望に受かりたいという気持ちもゼロではないが。ただ、大学4年間はそこそこ楽でいいとしても、卒業後は大変だったなと思えて仕方ないな。就活もやったけど、嫌になってやめちゃったし。その後、公務員試験も受けたけど、就活と同じで、面接が嫌いでやる気がなくなってしまって。その後、私は世間の常識的な価値観を捨てることに無事成功し、悠々自適な生活を送っていますが。すでに述べた通り、私は今と比べたら学生時代の方が良かったと思える面が少なからずあったので、それを思い出す機会はたまにあります。戻りたいとは思わないけど、思い出は今でも大切なものとして、私の記憶に残っているんでしょうな。

 

私は今でも実家に住み続けているが、学生時代と同じで地元にいるわけだ。たまに自分の通っていた小学校や中学校の周りを歩いたり、習い事で通っていた塾やスイミングスクールの近くを通ったりする。無意識のうちにそういうことをしており、私にとって過去は決して切り離すことができない大切な存在になってしまっている状況を、今改めて実感します。私は30過ぎだから、学生時代の友達のほとんどは今はもう地元にいないんじゃないかな?昔よく遊んでいた友達の家の近くを通ることもあるけど、そこにあの人たちもういないんだろうと思えてくると、やっぱりちょっと寂しい。あと、昔のテレビ番組とか見ちゃうんだよな。でも、DVDとかが世に存在している時代だから、映像が普通に綺麗で15年前とかの番組には全然見えない(笑)過去にこだわっているということは、今に不満があるという証にもなる気がするけど、それは正直言って否定しない。ただ、私が思い出す過去において、その当時不満はなかったのか?と言えば、絶対にあった。そして、過去においてもそれ以前の過去を同じく思い出していた、懐かしいと感じていた記憶はある。つまり、人生はその繰り返しなのかな?と思いますね。

 

戻りたい過去なんてあらへん

 

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