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反出生主義の考え方とテイルズオブベルセリアの世界観のつながり

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テイルズオブベルセリアという作品は、私がずっと前からプレイしてみたかったものでした。これからはゲーミングPCを買って、それでゲームをしようと思っていたのだが、この作品はSTEAMなどではプレイできない。よって、PS3PS4、PS5のいずれかがないといけないわけだ。しかし、過去にも話したが、私は中学生以来ゲーム機を買っていなかったため、家にはPS2までしかない。そんなわけで私は一念発起してPS4を買ったわけです。PS5じゃないのか?と思うかもしれないけど、PS5を買う気は起きないんだよな。今のところソフトが大して充実していないという点が大きい。逆にPS3は今からお金を払ってまで買う気が起きない。これから新作ソフトは出ないし。よって、PS4の本体を駿河屋で中古で買いました。PS5の供給不足により、PS4の中古価格も上がってしまい、私は3万円くらい出して買いましたよ。新品とあまり変わらない値段なんですわ。

 

そんな前置きはどうでもいいとして、このテイルズオブベルセリアはちょっと変わったRPGである。というのも、立ち位置的に主人公とそのパーティーメンバーは悪役という状況だからだ。悪役が正義の味方を殺そうと立ち向かうストーリーになっており、そこは割と異色じゃないか?と思う。「君が君らしく生きるためのRPG」ですからね。主人公はかつて平穏な暮らしをしていたわけですが、義理の兄のある行為をきっかけにして、生活が一変します。そして、義理の兄はそのある行為を境に、世界の秩序を取り戻し、民衆から素晴らしいお方だと支持されるわけです。まさに正義のヒーロー、超人気者です。今や政治と軍事の両面の実権を握る存在として君臨しています。しかし、その世界の秩序を取り戻すにあたっては、実は圧倒的少数の犠牲が存在していました。その犠牲を被ったのがまさに主人公であり、主人公はその復讐のために義理の兄を殺そうと企むのです。主人公にとってはそれだけが生きる希望であり、その結果として世界がどうなろうか知ったこっちゃないというスタンスです。だから、その道中で邪魔をする人間は殺すし、事をスムーズに運ぶために街は破壊するし、船などの移動手段は略奪するし、弱みを握った人間は脅すし、とにかくやりたい放題という状況です。

 

主人公は終始暗い性格で、旅の途中で仲間になる存在に対しても、仲間という意識はほとんどなさそうです。あくまでも自分にとっての憎悪の対象を殺すために利用できる道具という認識に見えます。だから、自分にとって利があるならば、海賊などのアウトローな人間とも平気で手を組む。そして、用がなくなれば使い捨てればいいと考えます。ただ、旅をする中で人間性に若干変化はみられるわけだが。そういった残忍な面も含めて、ある意味悪役の鏡なのかもしれない。世界の秩序を壊しながら、歯向かう存在という意味では、テロリストを主人公にしたRPGと言える可能性があるでしょう。私は現実のテロリストを主役に据えて、何らかの映画とかを制作した場合には、それを見た人はテロリストに対して印象は大きく変わると思っています。テロリストがなぜテロを行うのか?彼らはどんな動機で、どういう思いで殺戮をしてきたのか?その真実が明らかになるというか、そっち視点で描いたときには、見た人は無意識に影響を受けてしまうと思うのです。さらに言えば、テロの被害者の過去の悪行部分などがクローズアップされたときには、そこは顕著となるでしょうね。罪のない人間が1人でもこの世にいるのか?と思えてくるんじゃないですか?人の印象はそんなもんだと思っています。テロがなぜ悪だとされているのか?それは人々が悪だと思い込むような伝え方しかしていないからでしょう。ある意味印象操作が行われています。私は正義とか、悪とか、そういうレッテルに関心はないため、テロリストが悪か?悪じゃないか?はどうでもいいと思っていますけど。

 

圧倒的少数を犠牲にして、多数が得をしている状況というのは現実でも普通にありそうだ。ただ、例えを出そうとするとちょっと難しいなと感じたわけだが。強いて言うならば、反出生主義が当てはまりそうだ。この世界では生まれてきたことに関して反感を持っている人間がいる。この反出生主義という考えに賛同する人間は今のところかなり少数派に見える。ということは、大多数は人が人を勝手に生み続ける行為そのものは問題視していない。しかし、生まれた子供が全員満足に生きることができるか?と言えば、そうではない。実際に少数の犠牲になっている人間だけが反出生主義者になっているとは言い切れないものの、少数の人間が犠牲になっている状況を問題視している人間は少なからず存在する。ただ、国としては人口を維持しないといけないので、特に制限もなく、子供を産む権利を全員に付与している。殺人鬼も聖者も凡人も好き勝手に子供を産めるのだ。そして、多くの人たちは子供が欲しいという欲求のもと、生まれてくる子供の都合なんかほぼ考慮せずに、悪びれる様子もなく、今日もたくさんの子供が生まれる。その中の一定割合が生まれてきたことを後悔したり、親に対して憎しみの気持ちを抱えるのだ。この一定割合の犠牲は不可避と言ってもいい。国の都合と子供を産みたい親の都合によって振り回された被害者だ。反出生主義の概念を国民全員が知ったときにはどうなるか分からないが、現状で言えば反出生主義の考え方は少数だけが支持していると言えるだろう。

 

現実において、生まれてきたことを恨んでいる人間が親とかを殺したりするケースはほぼ起きないと思うけど、親を怨む子供という層が実際に存在する状況は徐々に広まってきていますよね。圧倒的多数が得をするならば、圧倒的少数が犠牲になってもやむを得ないと考える人は多くいると思います。反出生主義の話題でも、この考え方に対する反論として、そういうことを言う人は過去にそこそこいました。一部が不幸になっているかもしれないけど、多数が幸せなら誰もが子供を産める状況は正当化されるんだと。私はそういう人がいたときには「じゃあ、あなたの全財産を渡してください。私が責任をもって多くの人たちに配りますから。あなただけが犠牲になることで、多くの人たちが得をするので、もちろん許容してくれますよね?」と言ってみることが多いのだが、99%はそこで相手の返信が止まる。この言い回しは完全にテンプレと化しており、同様の場面では思考停止状態でこれを言うことが多い。

 

過去に1人だけ「なんで全財産なんだよ?」と返してきた人がいましたが、その人に対しては「全財産である方が、配ることができる金額が増えるため、より多くの人が得をすることができます。この状況で全財産である必要はない、もっと少ない金額でいいはずだと主張するのであれば、必ずしも多数が得をする状況をよしとしてはいないことが証明されちゃいますけど?だって、得する人間が100人よりも90人、90人よりも80人で構わないという言い方をするならば、できるだけ多数を目指す必要がないってことですからね(笑)多数が得をするという前提が崩れる主張をあなたはしているわけですよね?」と返すと、結局返信が来なくなりました。もしかしたら何も言い返せない状況になってしまったので、呆れたことにして逃げたのかもしれませんけど(笑)多数が得をするならば、少数の犠牲はやむを得ないと主張する人は、結局はその少数派に自分が入っていないことが条件なんでしょうね(笑)本当にずいぶん卑怯なスタンスだなと思いましたが。

 

最大限多数を目指すというスタンスならともかく、都合のいいところで打ち止めするようなスタンスなのであれば、まさにその人の都合が理由なのですから、理由に客観性が担保できず、多数が得をすれば、少数が犠牲になっても構わないというのは、要するに「個人の感想ね(笑)」という言葉で一蹴できます。テイルズオブベルセリアの主人公はそんな理屈で行動しているわけではなく、個人的感情で動いているわけだが、理屈で説得できないこの主人公を止める術はない。最終的にストーリーがどう収束するのか?主人公はどのような人生の終着点を見つけるのか?そこがみどころになりそうです。ちなみに主人公が恨んでいる義理の兄は、主人公とは違い、感情を捨てて理屈で行動するようなタイプです。私にとっては、本来はこの義理の兄の方が好感が持てそうなキャラに思えるものの、ゲームをやっていると必ずしもそうではない。それは主人公視点でこのゲームが描かれているからです。これが印象操作というものです。私は感情論が嫌いだから、主人公に対して嫌悪感を抱いても不思議じゃないけど、そのような部分は特にない。まあ、これがフィクションだからってのが特に大きいとは思うけどね。

 

 

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