就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

炎上はなぜ起きる?正義感に対してくだらない、気持ち悪いと評する人もいるし、ブラック企業の増加の原因になる?

CMとかで炎上したりするのが最近の流行りなのか?よく分からないけど、私に言わせれば、なんでこんなフィクションにマジレスするのかな?って不思議でしょうがない。炎上騒動が起きると気持ち悪いと評する人も一定程度は出てきて、炎上に対するクレームが発生するみたいな光景も最近では珍しくない。そして、今日あるブログで見たのだが、牛乳石鹸のCMが炎上したらしい。炎上の内容はCMの内容が多くの視聴者に受け入れられなかったからだろう。それはそうなんだろうけど、それで炎上する意味がよく分からない。CMに文句を言う人の気持ちが私は全く理解できないんですよね。その文句の内容が仮にある程度妥当性があるとしてもですよ?だって、フィクションじゃん!ってものに対して、なぜマジレスをするのか?が私は全く理解できない。結果として、このCMは炎上によって多くの人に視聴されることになったのだろう。私もこの騒動がなければ、わざわざそのCMを探してみようとも思わなかったから。だから、ある意味多くの人に観られたという意味では、CMの役割の1つは達成されている。で、話を戻すが、炎上はなぜ起きるのか?と言えば、炎上を起こす原因となるものがまず存在しているわけだが、当然ながら炎上を起こす側の原因も存在している。どっちが悪いのか?というのは、私には判断できないが、仮にCMを作った側に何らかの問題があったとしても、それはそのままにしておいた方が良いのになー。と思うんですよ。

 

フィクションにマジレスしている人たちは、小説とか、ドラマの殺人とかに対してもいちいち文句を言っているんですかね?っていう疑問もあるんだけど、フィクションなんだから放っておけば良いのに。というのが個人的な感想なわけですよ。直接の被害者とかは誰もいないのだから。で、問題なのはこういうCMが炎上して、それによって会社の売り上げが伸びる場合は良いですよ。でも、CMが放送されなくなるってことがあるわけじゃないですか?この場合、どういうことになるか?っていうと、その会社の収益にもろに影響が出ますよね。CMを流して得られたはずの売り上げがこぞって得られなくなる。CMへのコストがかかったはいいが、肝心の売り上げは全く伸びない。これが続くとどうなりますか?会社がどんどんブラック化してきますよね。かかった費用をどこか回収しないといけないですから。また、別の言い方をすると、斬新な内容のCMっていうのは、どうしても批判の的になりやすい。炎上したときには文句は正義感から出ているんだろうけど、その正義感を振りかざした結果、どんどんブラック企業が増えやすくなるという構造が出来上がるのです。先ほど挙げた牛乳石鹸のCMも内容自体は他ではあまり見られないものだと思います。逆に小説やドラマの中でも殺人なんていうのは見慣れた光景なので、クレームは来ないと。かなり分かりやすい傾向になっていますよね。

 

逆にあのCMが他の会社がすでにやっているような手法、内容と同じようなものとして放送したならば、クレームなんかなかっただろうし、炎上もしなかったと思います。一種の同調圧力とも言うべきか?斬新なCMっていうのは、それによって他社と差別化をすることができるわけだが、そういうCMにクレームが集中しやすいという傾向が実際にある。そして、そういう状況が続けば、真新しいCMなんか作られることがなくなり、よくある感じのCMにしかならならない。他社と差別化ができないから、話題になることも少ない。これがCMじゃなくて具体的な事業だったら顕著に会社の利益に関係してきます。事業単位でもクレームによって中止になったりすることはありますが、他社と差別化できるような事業は、それだけ多くの利用者、購入者を呼べる可能性があるのだが、そういうものがクレームによって炎上し、中止になったりすると、得られたはずの利益が得られない。しかし、問題はそれだけではない。他社がやらないような斬新な事業を打ち出すことがしづらくなるわけ。そういうのに消極的になりますよ。企業は他社がやらないような事業をやると、またクレームで炎上するかもしれないと考えますからね。そうなるとどうなるか?他社がやらないような事業は行いづらくなりますから、他社の後追い事業しかできなくなります。そして、他社がやっているような事業はすでに他社というライバルがいくつも存在している状況なので、コスト切り詰め以外でお客さんを呼べる余地が少ない。結果、社員の給料削減や長時間労働以外で利益を出すことが難しくなるわけです。

 

クレームからの炎上がブラック企業をどんどん生み出す構造は少なからずあると思います。だから、正義感による炎上は社会にとってマイナスの影響も大きいと思います。CMや事業が中止になると、それまでにかかったコストが会社の首を絞めることになるだけではなくて、こういった社会全体の構造そのものがブラック化していきやすくなると思うのです。でも、クレームがきたくらいでCMとかを放送中止にする企業の方も敏感すぎやしないか?とも思いますけどね。炎上がなぜ起きるのか?といえば、そういう正義感を持っている人多くて、実際に企業にクレームをぶつけることにより、企業が敏感に反応してしまうからなんだけど、CMにしても、事業にしても、世の中の誰1人を不快にしないものなんか作ることは無理だと思うんですよ。それは生き方ですらそうだと思う。1人の人間が、一生のうちに誰1人に不快感を与えずに生きることは厳しいと思うのです。だから、そういったところに理解を及ぼしてもらいたいと思います。だから、炎上から企業のブラック化が進むのは多くは歓迎できないと思うので、そういう部分まで予測をして、消費者側は不快感を覚えてもそれはしょうがないと思うこと、企業側はクレームに敏感に反応しすぎない耐性をそれぞれ作ることが大切なんじゃないか?と思いますけどね。正義感によるクレームや炎上は社会全体を悪い方向に誘う可能性があると思うので、そこは理解してもらいたいと思います。

 

こういうCMとかの炎上騒動は気持ち悪いと表現している人もいるので、クレームを言われる原因を作った側ではなくて、クレームを言う側の人間に対して批判をする人もたくさんいるわけですよ。そういう事実を見れば、企業がCMや事業を中止しないといけない必要性なんか少ないと思うんですけどね。だから、ブラック企業が生まれる構造としては、企業側にも問題はあると感じるのです。クレーマーに対するクレーマーみたいな表現も最近はあります。CMとかを批判して炎上する光景を見て、炎上させている人たちをくだらない評する意見も実際にネットでは見つかりますから、そういう事実を企業側はもっと認識すべきだと思うんですよ。実際クレームを言っている人間はほんの一部だと思うのですが、その一部の人たちの意見を優先して良いCMや良い商品などが世の中から消えていく可能性があるわけです。実際、過去に放送中止になったCMの理由とかを調べると、え・・・?と思うものが結構多いですよ。それがくだらないと言えるか?は別として、これくらい良いんじゃないの?個人的には思うものもあれば、冒頭でも言ったけど、フィクションであるCMにマジレスをしてどうするの?と思う面もあるのです。

 

最近はクレームを入れた団体とかが特定されたりして、そっちが炎上したりすることもあるみたいで、炎上の在り方も変わってきているのかな?と思います。個人的にはこういう炎上やクレームは社会のブラック化を招く一因になると思っているから控えてもらいたいのだが、文句を言いたくなる人の気持ち自体は全く理解できなくはないので、衝動的にクレームを言ってしまう人が出るのもまたしょうがないことと思うしかないのかな?とも思えてきます。人間には感情があるので、善悪という問題では語れない部分をどうしても考慮しないといけないときがあるのでしょう。炎上を起こす側の人と気持ち悪いと批判する人間が共存しているのが、今の社会なわけだが、炎上はくだらないと評する人がいる一方で、そのクレームは正義感からやっているという人もいるので、単に価値観の違いというほかないのだろうけど、社会のブラック化は基本的に多くが避けたいと思っているもので、価値観は共通していると思いますから、そこを理解してくれる人に増えてもらいたいのです。

 

炎上はなぜ起きるのか?の原因の分析もそうだが、それが起きた後、社会はどうなっていくのか?どう変貌していくのか?の部分まで分析することも大切だと思います。斬新な内容、一般的に不快感を誘発する可能性があるような内容のCMや事業を社会が受け入れられるような土壌があれば、ブラック企業は少しでも減っていく可能性があるかもしれないです。ただ、企業は消費者に気に入られないといけないから、消費者の言うことを聞かざるを得ない部分もあるし、消費者もよりいいものを作ってくれという要望は当然あるだろう。その仕組みが存在する以上は、企業が消費者のご機嫌を窺うという部分はなくならないのだろうが、その仕組みがなぜ存在するか?と言えば、日本が資本主義社会だから。消費者の意向を無視していれば、他社にお客さんをとられてしまうので、消費者の要望に合わせないといけない面はある。結局、根本の原因を突き詰めれば、日本が資本主義社会なのがこの問題の犯人という言い方もできるかもしれません。

 

 

対論 「炎上」日本のメカニズム (文春新書)
 

 

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日本でストライキが起こらない理由は?起こしたいが迷惑だから?会社が潰れるから?

日本ではストライキというのは非常に珍しい行為でまず起きません。ほとんど私も聞きませんね。労働環境がこれだけ酷い、酷いと言われているのに、ストライキが全然起きないというのは、ある意味不思議でもあるのだが、なぜそんな状況になるのだろうか?日本ではストライキが滅多に起きないが、その理由は何だろうか?まず大前提として、ストライキは労働者個人が起こせるものではない。だから、ストライキを起こしたいと思っても、1人で可能となるわけではないのだ。ストライキを起こしたい場合には、労働組合を作り、組合単位で起こさないといけない。だから、ストライキを起こすには労働組合が必要なのだ。これは日本でストライキが起きない理由の1つかもしれない。ストライキがなぜ起きないのか?日本においては、労働組合の組織率がどんどん下がっているという。つまり、この時点でストライキを起こすための地盤が整っておらず、ストライキを起こしたいとしても起こせない、起こしづらい状況ができているのです。労働組合の組織率が低いという点が、日本でストライキが起きない理由の1つになりそうだが、でも労働組合自体は少なからず存在しているわけで、それなのにストライキを全く聞かないのはなぜだろうか?他にも理由があるのではないか?と思えてきます。

 

日本でストライキが起きない理由の1つには、結局ストライキを起こすという発想を現実的なものと思えない層が多いってこともあると思う。だから、大学や高校を卒業して仕事をするといったときに、ほとんどの人は就職を選ぶわけです。起業するという発想はあっても、その発想を実行に移す人はほぼいません。それと同じ気がするんですよね。ストライキという方法がブラック企業を潰すための1つの案であることは知っている人はたくさんいると思うんだけど、日本においてはストライキが一般的ではないために、その非常識な行動をとるのに勇気がいるわけです。就職しても厳しい労働環境が待っているというのは、誰もが認識していることだと思うのだが、でもみんな起業は選ばない。それは起業自体へのリスクもあるだろうが、日本において起業をするということが一般的ではなく、身近にそんな存在もいない場合がほとんどで、その非常識な行動をとる勇気が持てないと思うのですよ。就職できれば将来安泰ならばまだしも、決してそんなことはない。にもかかわらず、起業を選ばないで就職を目指す人がこれだけ多いのは、日本人は非常識な行動をとれない、とる勇気がない存在なんじゃないか?と思います。同調圧力に厳しいと言われているところを見ると、非常識を宜しくないと考える人がいても不思議ではないかもしれないが。

 

あとはストライキに対する国民の寛容度なども関係しているかな?ストライキの目的は一般市民などに迷惑をかけて、会社の沽券や業績に影響を与え、労働条件の改善という譲歩を引き出すことだと思うのだが、その根本を否定する人たちが多くいるということ。つまり、ストライキの目的そのものである迷惑をかける部分を否定する人たちが結構いる。例えば、「【ブラック社会】「クズバス会社め」「スト批判は子供の論理」 川崎臨港バスのストライキでネット論争勃発 – News Noraism」にはその一例が載っているけれども、こういった場合には公共交通機関だから、利用者への迷惑は甚大だ。迷惑をこうむっている側が批判するのは分からないでもないが、これって結局さっきの話にもつながると思うんですよね。なぜ批判する人間がいるのか?といえば、迷惑がかかるからだ。しかし、ストライキによってなぜ迷惑がかかるか?と言えば、備えがないからなんですよ。日本ではなぜかストライキが起きないから、みんなそういった状況を想定しない。だから、いざそういった状況が起きた時になす術がないのだ。想定がないからこそ、迷惑になるわけで、最初からストライキがいつ起きるか?分からないという想定が、社会の中にあれば、ストライキが起きても問題なく対処できる人は多くいると思うんですよ。つまり、こういった問題は日本という国が、いかにストライキを非日常のものとして捉えているか?の1つの根拠になると思う。

 

ただ、ストライキを起こす側からしてみれば、想定がない中で行うストライキは、利用者にとっても迷惑は甚大で、使用者への影響も大きいから、譲歩を引き出しやすいと言える状況ではあると思うんですよ。だから、今の日本の状況というのは、かなり労働者にとって有利な面もあると思います。だって、あらかじめ想定が完璧にされていて、迷惑が全くかからないとなると、ストライキの本質部分が全く達成されないわけだから、空振りに終わる可能性もあると思うのです。ただ、見方を変えると、そういう想定がない社会で実際に起こすと、その会社への批判が集中し、会社自体の業績がとんでもなく悪くなる可能性もある。実際、ストライキがなぜ起きないのか?に対するネット上の意見を見ると、そんなことをすると会社がつぶれるかもしれない。という声も結構あるんですよね。そういう意味では、想定がない日本社会でストライキを起こすということはもちろんリスクもあることになる。ただ、このリスクを問題視してしまうというのは、ちょっともったいないと思いますけどね。というのも、このリスクは短期的に見たら正解でも、長期的に見たら不正解である可能性があるからです。

 

ストライキが起こらないと、波風が立たないから会社の業績や評判は安定するかもしれないが、労働環境はそのまま。ストライキが起きると会社の評判は悪くなり、潰れるかもしれない。しかし、全国でそんなことが起きたら、国が放っておけない、失業率がぐーんと上がり、治安悪化も心配されるから、もう無視はできないわけだ。だから、全国的に同じようにストライキを起こす会社が多く出るという条件付きではあるが、会社が潰れたとしても、結果的に労働者に対して恩恵があるような社会に国が作り変えていかざるを得ない状況というのは、現実的に考えられる。だから、短期的なデメリットには目をつむって、長期的な利益を取りに行ける労働組合が全国で多くあれば、ストライキが起こらない社会よりも、そっちの方が労働者にとっていい結果と言える可能性もあると思います。ストライキを起こしたいと思っても、組合がないとどうしようもないので、実は起こしたいと思っているのに起こせない人がいるというのも問題かもしれないが、日本は社会の風土からいって、ストライキが非常に馴染まない国であるという感覚は、なんとなく私も持っています。でも、そうなるとそれだけブラック企業が蔓延しやすい風土という言い方もできるわけです。他にもブラック企業を何とかする方法はあるとは思うが、他の方法でも、とりあえず波風を立てない方が良い風潮や慣れないものや非常識への同調圧力的な攻撃が存在する限り、ブラック企業の問題は日本固有の問題として、永遠に残り続ける気がしますけどね。

 

 

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メアリーが強いのは幼児化した浅香だから?赤井務武は生きてる?ラムが正体?

名探偵コナンに登場する謎のキャラクターである浅香はいろいろなキャラが候補として挙がっています。浅香に関してはなんとなく女性ではないのか?ということも言われていますけど、性別も容姿もよく分かっていません。すでに登場している、またはこれから登場するキャラが実は浅香だったりする可能性もあるわけですけど、個人的には2人が怪しいのではないか?と思います。1人は領域外の妹と言われている世良真澄と同居しているメアリーと言われる人物です。領域外の妹と称されるキャラで、世良の母親だとする説が有力みたいですが、この幼児化している可能性のあるメアリーの正体は実は浅香ではないか?と思うのです。メアリーの本名は赤井メアリーであり、赤井務武の妻であるとされています。このメアリーの正体が実は浅香である可能性も否定できないと思うのです。浅香はボディガードであるとされていますけど、霊魂探偵殺人事件を見る限り、このメアリーはかなり強いです。というか、この一家は何らかの武術に長けている人が多いようなので、メアリーも強いとしてもあまり違和感はないですけど。浅香という人物は羽田浩司が殺された事件の日に行方をくらましているとされているのです。元々はアマンダ・ヒューズという資産家のボディガードをしており、彼女が殺されてから行方をくらましているのです。

 

でも、行方をくらましたと聞くと、逃げたんじゃないか?と想像する人が多いと思いますけど、そうとは限りません。逃げる以外でも行方をくらますことはできます。それが幼児化なのです。大人だった人が突然子供になれば、その当人はどこかへ消えてしまったと思うのが普通でしょう。したがって、仮に領域外の妹であるメアリーの正体が浅香であっても辻褄が合うと思うのです。名探偵コナンの重要人物であるメアリーの正体は実は浅香なのではないか?という予測も成り立ちます。赤井メアリーの強い部分から見ると、ボディガードなどの職業をやっていても不思議ではないかもしれません。そうなると、赤井メアリーの正体は浅香であると。そして、幼児化したために姿を消したと思われているという可能性もあります。名探偵コナンのメアリーが幼児化したというのはほぼ確定でしょうけど、その正体が浅香であるというのはまだ推測の域です。浅香の正体というのはヒントとしてはボディガードをやっていて、女性なのではないか?ということくらいなので、その2つの条件を満たす人物としては幼児化した赤井メアリーという可能性が考えられるのです。メアリーが強いのは夫とされている赤井務武の影響という部分も少なからずあるでしょうけど、メアリーは幼児化した後もかなりの強さを見せているので、相当な武術の持ち主だと思われます。

 

コナン同様に赤井メアリーが幼児化して領域外の妹と名乗っている理由はまだ分かりませんが、組織に関与している可能性は高そうです。しかし、メアリーの夫である赤井務武の正体は不明な部分も大きいですけど、赤井秀一世良真純の由来から考えると、またガンダム関連が名前の由来になっているんですかね?私は昔のガンダムはあまり詳しくないですけど、赤井務武という名前の由来はガンダムなのかもしれないです。赤井務武の正体は何者なのか?というのはラムの可能性もあるとされています。ラムの候補がまた増えることになりますが、赤井務武に関しては情報が少ない部分もありますから、難しいとは思いますけど、ラムの可能性も否定はできないのかもしれません。というか、私の予感だとラムの正体って、ジンとかみたいに完全に組織側の人間ではない可能性があると思うのです。ライやバーボンみたいにスパイという可能性はどうか?という感じですけど、ベルモットみたいにちょうど中間みたいな立ち位置の可能性もあります。そうなると、ラムの正体が赤井務武であっても不思議ではないのかもしれません。赤井務武は死亡説が有力みたいですが、生きてるという説もあるみたいです。赤井務武が生きてるとなれば、ラムの可能性もありますけど、その説はあまり可能性としては高くないかな?と思います。これ以上主要人物が増えてもストーリーが分かりづらくなるので。ただ、赤井務武は何らかの形で組織に関係しているのではないか?と思います。

 

赤井メアリーは今は赤井務武とは一緒に暮らしていませんし、彼女自身が幼児化しているところを見ると、組織がかかわっていて赤井務武もそこで何らかの事件に巻き込まれた可能性があると思います。赤井務武は生きてるか?どうかは分からないものの、これといって描写がないので、ヒントがないので推理のしようがないという事情もあります。赤井メアリーと赤井務武のエピソードなどがあれば、過去の状況も見えてくるとは思いますが、赤井務武は何だかイーサン本堂とキャラがかぶる気がするんですよね。立ち位置的にはイーサン本堂に似ている気がするので、すでに赤井務武は死亡している可能性が高いと思います。これはなんとなくですけどね。だから、回想話以外では赤井務武はメインストーリーにかかわってこないのではないか?と思います。赤井秀一世良真純の過去話で恐らく登場するのではないでしょうか?ラムが生きてるという前提だと、赤井務武がラムである可能性は低いでしょう。赤井務武は何者か?というのは、いずれ分かると思いますけど、組織に関連しているのではないか?と思います。赤井メアリーが強い理由に関しては、彼がかかわっているのだと思われます。メアリーが幼児化した理由というのが、赤井務武の死亡と関連している気がします。この夫婦は組織に何らかの形で関与しているでしょう。そして、世良家とも恐らく関連があるのではないか?と思います。赤井家と世良家の関係性についても、今後明らかになっていくと思います。

 

 

 

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ニートやひきこもりの生きる意味、生きてる価値やメリットは大きい?息苦しいと思う必要はない

ニートやひきこもりというのは、私は人よっては天職の生き方だと思うのです。ニートやひきこもりって、世間的にはすごい悪いイメージかもしれないけど、一部の人たちは批判どころか、賞賛をしている面もあると思うのです。私もニートやひきこもりは非常に魅力的だなと感じている。私はニートではないが、ひきこもり気味ではあると思う。私は週に2回くらいしか外出しない。週に2回くらいしか外出する必要性がないからなんだけど、私は必要性があろうが、なかろうが、外出はあまりしたくないし、これからもしないだろう。でも、ひきこもっている限りは、交通事故に遭う心配もないし、通り魔に遭う危険もないし、いろいろな面で非常に安全な生き方になると思うのです。それでいて紫外線にあたる頻度も少ないから、ひきこもりやニートは老けないと言われている。つまり、歳をとっても若い顔でいられやすいのだ。老けないという意外なメリットもあるわけだ。私も週に2回しか外出しないせいか、10年くらい前とあまり顔変わってなくね?と思えるくらいに老けてない気がする。私は30歳手前だけど、大学生と間違えられたこともあるくらいだから、やっぱり紫外線に当たらない効果は大きいのだろうか?

 

ニートやひきこもりとして生きる意味の1番大きなところはストレスフリーだということだと思うのです。これは全員に当てはまるわけじゃない。不本意ながらそういう生活をしている人やニートやひきこもりにうしろめたさや不安などを感じている人はむしろ、ストレスが溜まる。しかし、働いている人は間違いなく全員がストレスが溜まるだろう。そうなると、ニートやひきこもりは相対的にストレスを感じづらい人たちだと思うのです。労働をしていないというのはストレスを軽減させる効果としては大きいと思います。働いていると上司や取引先との人間関係で悩んだり、長時間労働や給料の少なさで悩んだり、会社がつぶれないか?リストラをされるのではないか?と悩んだりすることがあるのではないでしょうか?労働1つをとってみても、ものすごいストレスが溜まる機会があると思うのです。でも、好きでニートやひきこもりをやっている人は、その点に関してはストレスが発生しづらい。彼らはニートやひきこもりであることはマイナスには思っていないから、彼らがその身分であることについてまずストレスがないし、働いていなければ当然ながら仕事上で多くが感じているストレスもない。引きこもりの人は働いていないとは限らないから、必ずしもこの考察に当てはまるわけではないが、全体の傾向としてはあるのではないか?と思います。彼らの生きてる価値はとても大きいと私は思う。

 

なぜならば、私が考える「幸せの定義」というのが、「不安やストレスを感じていない状態」だからだ。だから、私の定義によると、ニートやひきこもりは不安やストレスをこの世で2番目に感じていない人たちじゃないか?と思うのです。だから、ニートやひきこもりの生きてる価値はものすごい高いと思う。不本意ながらそういう生活をしている人は除くけど、そうじゃない人たちならばかなり幸せな人生を送れているわけですからね。ちなみに2番目という言い方をしたのは、もっと上がいるから。1番は誰か?というと、「死ぬことへの悩みがない人」になると思います。そんな人間はいるのか?と言えば、滅多にはいないかもしれないです。「死への恐怖は死そのものよりも人を悩ます」という言葉がありますが、これは私は結構的を射ている名言だと思うんですけど、人は死ぬことそのものよりも、死ぬかもしれないことに対して恐怖心などを感じるのであって、死ぬことが不幸なのではなく、死ぬことに対してマイナスの感情を抱えている状態そのものが不幸なのです。だから、富と名声を手に入れたが、それを失う恐怖を持っている人というのは、それを何も持っていない人よりもある意味不幸とも捉えられるわけです。

 

つまり、人間は生まれた時点で全員死ぬ運命が決まっているわけじゃないですか?そのことに関して一生悩みを抱え続けるわけです。人間は生まれながらにして、全員が不幸な面を背負っているわけです。日常的に死ぬことを考える機会なんてそうはないと思いますけど、いずれはそういう部分について多くが考えを巡らせるのではないでしょうか?そういう意味では、最初から仕事をしていないニートは、仕事を失うことがないので、その点に関しては働いている人よりも幸せですよね。ニートなどは生きてる価値あるの?と思う人が大勢いる気がしますが、私は大いにあると思う。人によってはものすごい幸せな人生を送れるわけだから。ひきこもりに関してもメリットは多くあると思うので、生きてる価値は大いにあると思います。生きてる価値をどうやって決めるか?という基準の問題にもなるので難しいですけど、幸せか?どうかという基準で考えた場合、ニートやひきこもりは生きる意味が十分あるような、大きなメリットがあるような生き方に思えてきます。今の時代、ニートはともかく、ひきこもりは生きていけないということはありません。ひきこもっていても仕事はありますし、お金は稼げますから、社会の風潮としてひきこもりでいると息苦しい感覚になるかもしれないですけど、それは一種の洗脳だと思いますよ。それはひきこもりが社会にとって迷惑だからという観念のもと世間が否定しているだけだと思います。

 

実際、ひきこもりが社会にとって迷惑なのか?分からないが、仮にそうだとしても、働いている人やアウトドアの人間だって迷惑はかけていますよ。引きこもりの迷惑を強調する意味はないと思います。したがって、ひきこもりでもメリットはちゃんとあるし、ニートであってもストレスフリーなどで生きやすい事実はあると思うのです。ニートやひきこもりは息苦しい感覚を覚えることが多いのは、そういう事実を見ない人が多くて、かつ自分たちと違う立場の人たちを快く思っていないから、その不満を多数の力でぶつけているだけだと思います。その多数の見方が正しい根拠はどこにもないと思っているので、気にしたら負けだと思います。私もこれからもひきこもり気味の生活を続けていきますし。ニートやひきこもりをしていて楽しいと思える人はかなりの勝ち組だと思いますよ。普通に働いていて楽しい毎日だと思えている人はなかなかいないと思うので、毎日の生活が楽しいと思えるか?というのは、生き方にも関係してくるわけだが、サラリーマンをやっていてそういう感覚に浸れる人というのはかなり少ないと思う。そういう感覚に浸れる人の割合で言えばニートとかの人たちの方が高い気がするのです。だから、向いている人がやればニートやひきこもりは息苦しい感じも覚えず、メリットを存分に享受していける人たちになると思いますし、本当に幸せを感じられる生き方の1つになると思います。

 

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

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学校や会社で何度も遅刻すると何で怒られる?遅刻が当たり前の前提で行動した方が賢い?

学校は遅刻してはいけない。というのは、なんとなく私たちの頭に刷り込まれているもので、遅刻をすると怒られるみたいなことがあるわけですけど、なんで怒られるんですかね?私は高校生の頃に何回か遅刻したことがあって、朝礼が終わるまで教室の外で待たされたりしたこともあるんだけど、そもそも遅刻は何がいけないのだろうか?全く理解ができない。学校や会社で何度も遅刻をすると当然ながら怒られるし、1回でも怒られることはあるでしょう。私が遅刻をすることで、誰かに影響があるのか?全くないですよね。私が来るまで授業が始まらないとか、そんなことないじゃないですか?大人になっても思うけど、学校に遅刻することの何が悪いのか?はよく分からない。大人たちが勝手に悪いことだと決めつけているんだろうな。と、いまだに思うこともあります。これに関しては西村博之氏が面白いことを言っていて、彼によると学校っていうのは、全授業の3分の1を欠席すると単位がもらえない。で、遅刻っていうのは3回で1回の欠席になると。そうなると、仮に欠席が0だとすると、全ての日に遅刻をしてもギリギリ単位が貰えて卒業ができるという。そして、西村氏は「遅刻がいけないことならば、なぜこんな制度にしているのか?遅刻が仮に悪いことならば、遅刻を全ての日にしても理論上卒業ができるなんて制度にしなきゃ良いのに」みたいなことを言っていたのです。

 

遅刻と欠席の関係や単位と卒業の関係に関しては、私はよく分からないけど、西村氏の言うことが本当ならば、学校としては遅刻しかしない生徒でも卒業を認めるってことになるわけですね。つまり、理論上は何度も遅刻をしても良いような制度に映るわけです。そして、西村氏は遅刻をしない人をむしろ無能だと断じているわけです。それは学生が全ての日に遅刻しても卒業が可能という点があるのに、真面目に学校に遅刻しないで通う必要性の問題というのも含まれるが、さらに別の視点もあるのです。それは遅刻をしないという努力をすると、自分の時間を無駄にする割合が増えるからなのです。彼によると、遅刻をしないようにすると、当然ながら待ち合わせの時間ぴったりじゃなくて、5分前、10分前とかに着こうとするわけですよ。そして、たいていの場合にはその時間通りに着いて、後から相手が来るみたいなことになる。もちろん、先に相手がすでにいる場合もあるが。しかし、そういうことを何度も何度もしていると、相手より先に来て待っている時間がどんどん積み重なり、その時間がどんどん無駄になるわけです。したがって、結果的に遅刻をしないように努力をすればするほど、自分の時間を無駄にすることにつながる。というのが彼の言い分ですね。遅刻しかしない人間は、基本的に着いたらすでに相手がいるわけだから、こっちが待つ時間というのは基本的にはないから、その点に関して言えば、時間は無駄にしていない。西村氏は、何度も時間通りに来る人間よりは、会社とかで何度も遅刻をする人間の方が優れているという考えを持っているのではないでしょうか?

 

西村氏の言い分は理解できるところもあるけど、待ち時間に関しては有益な時間の使い方がないわけではないので、ただ待っているだけではなくて、そういう時間の使い方をすれば、その場合には決して無駄な時間にはならないと思うのです。ただ、学校の遅刻のくだりはそうかな?と思わないでもないが。でも、学校に遅刻をすると特に周りへの影響がないのに、なぜか怒られるのはよく分からないですけどね。学校に遅刻しないようにするくらいならば、家で寝ていないと思う人は多くいるでしょう。大学とかの授業に遅刻しても誰も怒らないじゃないですか?怒る人もいるかもしれないけど、かなり少数派だと思うんですよね。あれが正しい気がするんですけどね。学生側の言い分としては、遅刻してもしなくても変わらないという認識だから遅刻をすると思うんですよ。遅刻したらマズイとか、単位が貰えないという危機感しかないならば、遅刻しないように努力するはず。でも、遅刻してもしなくても一緒と思われる授業の場合には、その授業に自分の時間を使わないで、別のことに使ってから、授業に遅刻して出るという方が効率的な気がするのです。学校に遅刻をして怒られることがなんのためになっているのか?というと、誰のためにもなっていない可能性があるわけです。

 

学校に遅刻をしても具体的な影響はないし、勝手に授業は始まっているし、進められる。仕事とかは遅刻をすると影響が0ではないということになるだろうけど、これに関しても西村氏は反論していて、「先に進めれば良いじゃん」とか、「先に出発すれば良いじゃん」という言い方をしているわけです。言ってしまえば、特定の人が来ないと仕事が回らないような会社というのは、それはそれで1つの問題と評価できなくはない気がします。会社でも遅刻が当たり前になれば、その当たり前の前提で仕事が進められるだけだと思う。今は遅刻しないことが当たり前になっているから、会社に何度も遅刻をすると影響があり、怒られるが、でも遅刻を一切しないというのは無理なのだから、遅刻するのを当たり前とは言わないまでも、遅刻する人がいても当たり前に仕事が進む状態は作っておくべきじゃないですか?

 

例えば、社長が来ないと会議が始まらないという場合、社長への依存の割合はとても高いじゃないですか?でも、社長が遅刻してくるかもしれないって想定は本来は持っておくべきなのです。だって、絶対に社長が遅刻をしないという前提はないわけだから、社長が遅刻したらどうするのか?または来れなくなるかもしれないし、その場合にはどうするのか?の想定をしておいた方が良いと思うのです。極端なことを言うと、社長が死んだらどうするの?社長がいないと会議すら始まらない会社は、特定の人間への依存度があまりにも高い。つまり、「特定の人が遅刻したり欠席したりすると、会社への影響が大きいのだから、遅刻や欠席はご法度」という風潮は実際にあると思うけど、それって経営体質的にヤバいのではないか?という見方もできるわけです。つまり、このケースで言うと、遅刻や欠席をする人間が悪者扱いされがちだけど、特定の人間が遅刻や欠席を絶対にしないなんて保証はないのだから、特定の人間が欠席や遅刻をしては回らない会社の体制そのものが問題なのではないか?と思うのです。

 

特定の人間が遅刻や欠席をしたら会社が回らないという状態というのは、収入を夫に依存している家族が、生命保険にも入らないような状況だと思うのです。だから、夫が倒れたり、亡くなったりしたらどうするの?その備えが全くないという状況なわけです。だから、これは学校での遅刻にも言えるかもしれないけど、遅刻そのものを悪いこととするのではなくて、そもそも遅刻は本当にいけないことなのか?を考えさせたり、遅刻をして仮に困ることがあるならば、その状況を生まないための対策をしたりすることを教えた方が良いのではないか?と思います。学校の場合には遅刻の影響というと、怒られることくらいしかないと思うけど、仕事の場合には影響はもっと大きい。しかし、影響が大きいから、遅刻をする人が悪いのか?というと、すでに話したような感じで、必ずしもそうとは言えないと思いますけどね。仕事や学校で遅刻すると怒られることは日常茶飯事で、そのときには自分が悪いと諦める人が多いかもしれないけど、実は別のところに問題点が隠されていることがあるので、そこに目を向けて改善していくことが重要ではないか?と思います。遅刻が当たり前になるとは言わないけど、遅刻を肯定的に評価する人も西村氏以外もいるので、そういう意見も大切にしていくと良いかもしれないのです。

 

 

遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成

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スコッチと安室の関係は幼馴染?バーボンが赤井を恨む原因の真相は勘違い?

名探偵コナンに出てくる安室透の親友であるスコッチは、現在のところすでに死亡しているという扱いになっています。スコッチが生きてる可能性はほぼないでしょう。そして、スコッチの死亡の真相には赤井秀一が深くかかわっているというのです。少なくとも安室透はスコッチの死亡の原因には赤井秀一が絡んでいると思っている。だから、安室は赤井を恨んでいるというのは、多くが知っているところでしょう。しかし、真相はそうじゃない。スコッチの正体は公安の人間みたいだが、安室透と同じ立場だけに安室はスコッチの死亡について深く傷ついていたと思われます。スコッチの死因は自殺なわけだが、そのスコッチが自殺した現場に赤井秀一がいたということを安室自身が目撃しているため、赤井がスコッチの自殺にかかわっていると安室は判断したのでしょう。しかし、これは安室の勘違いなのです。スコッチの自殺の最大の原因は、潜入した組織で身バレしたことだと思われますが、その自殺を止めようとしていたのが赤井なのです。でも、じゃあスコッチはなぜ自殺したのか?別の言い方をすると、なぜ赤井はスコッチの自殺を止められなかったのか?というと、そこに関係しているのが安室になります。

 

名探偵コナンのスコッチのネタバレになりますが、スコッチが死んだ原因として、安室は赤井が悪いと思っている。しかし、赤井はスコッチが死んだことの原因の一端には安室がかかわっていることを知っている。ただ、そのことを安室自身は知らない。そして、赤井はスコッチの死亡の原因に安室がかかわっていることを安室に対してあえて言わない。だから、安室は今でも赤井を恨んでいるということになるのです。つまり、視聴者の目線から言うと、赤井は無実であり、安室は単なる逆恨みをしているということになります。なぜスコッチの死亡の真相を安室に言わないのか?それを言えば、安室自身が1番ショックを受けるからでしょう。安室自身が親友の死亡の原因を作ってしまったなんて知れば、今度は安室がどういう行動に出るか?分かりませんから。だから、赤井は黙っているのだと思われます。スコッチと安室透の関係は公安の同僚というだけではなくて幼馴染みたいなところもあるのかもしれません。真相はちょっと分からないけど、警察官になる前からスコッチと安室はすでに親しかったような感じがしますから。そうなると、幼馴染の線が1番有力でしょうか?安室自身が子供の頃の自分のあだ名はゼロだと述べているが、そのゼロをスコッチが安室を呼ぶときに使っている描写があるみたいなので、スコッチと安室の関係はずっと昔から続ていたと見るのが自然でしょう。つまり、幼馴染と解釈するのが1番適当な気がします。

 

お互い警察官の公安として組織に潜入し、バーボンとスコッチというコードネームを与えられるまでの地位にまで上り詰めたが、スコッチは死亡した。安室にとってスコッチはかけがえのない人間だったが、それが赤井のせいで死んだと恨んでいるわけです。赤井は事の真相を知っているが、あえてそれを安室に話しません。だって、スコッチが死んだ原因の1つに安室自身がかかわっているなんて安室自身が知ったらどうなるか?安室自身はスパイとして、公安として優秀な人間だと思うので、赤井としても機能不全のような状態にはしたくないのでしょう。あとはスコッチが死んだ真相の部分に関しても闇に葬るために安室に本当のことを言わないという部分もありそうです。だから、あえて黙っている。ずっと恨まれたままでいるということなのです。安室とスコッチと赤井の関係というのは、非常にぎくしゃくしている面がありますが、そもそもスコッチは自殺を選ぶ必要があったのか?という点は非常に疑問です。どうやらスコッチは自殺そのものが目的というよりは、胸にしまっていたスマホを壊すことが目的のようでしたから、尚更死ぬ必要があったのか?というのは疑問なのですが。赤井が説得していたように、なんとかなったのではないか?という気がとてもします。スコッチが生きてるとしたら驚きですが、その可能性はないでしょう。

 

スコッチをめぐる安室透と赤井秀一の確執はある意味、名探偵コナンのだいご味や面白みでもあると思いますけど、この2人のライバル関係っていうんですかね?それは映画でもあったみたいですけど、それ自体が組織に立ち向かう人たちの糧になっていく面もあるのでしょう。安室も赤井も結局は組織に対して歯向かう存在であるという点は共通しているので、いい意味での好敵手であり、最終的には力を合わせるようになるのではないでしょうか?幼馴染のスコッチや警視庁での同僚だった伊達ワタル、松田陣平など、安室のかつての仲間は多くが死んでいるという事実もあり、安室の子供時代の宮のエレーナと思われるキャラと話しているシーンの回想シーンを見ている限り、ただならぬ過去があるのではないか?とも思てきます。赤井秀一世良真純などの過去も気になりますけど、生い立ちが1番気になるのは安室透ですね。スコッチとの話も気になりますが、ほとんど登場回がないのです。アニメだとギターを背負っておいたときと赤井に自殺を止められているシーンくらいで、気になるキャラだけにもう少し登場回を見たかったところですけどね。スコッチの声優は結構大物ですから。でも、逆に大物の声優を使っているということは、ちょい役ではなく、ストーリーに重要な影響を与えるキャラということになります。スコッチはアニメでもっと登場する可能性を秘めていると思います。回想シーンが中心になるかもしれませんが、スコッチの声優から察するに、意外と登場回は今後まだまだ出てくるのではないでしょうか?というか、それだけのキャラでいてほしいという思いもあります。

 

スコッチの正体は分かっているだけでは、組織に潜入するスパイと警視庁の公安というところですが、過去の話とかでまた別の部分が見えてくるかもしれません。スコッチは何者なのか?という点に関して言えば、安室の今の状況に大きな影響を与えている部分があると思いますし、それは伊達ワタルや松田陣平も同様ではないでしょうか?赤井と安室の関係やスコッチをめぐる赤井と安室の関係というのは、恐らくずっとライバルの立ち位置として続いていくと思われます。ガンダムのキャラが元ネタになっているならば、そういった感じで描いていくと思うのです。安室がスコッチの死亡の真相について気付くときが来るのか?赤井が真相を話すことがあるのか?については分かりませんけど、いずれ赤井と安室は確執がなくなるのではないか?と予想しています。確執はなくなってもライバル関係のような部分は続くと思うのです。良い意味でも物語を盛り上がらせてくれる2人ということになると思います。名探偵コナンにとって本当に貴重なキャラ2人と言えると思います。

 

 

 

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ヒカル氏の祭りくじ動画は景品表示法の違反ではない!肖像権侵害の可能性もある

有名なYoutuberであるヒカル氏が、以前投稿した企画と同様のもので、仙台の祭りに顔を出し、そこでくじを引いて当たりが本当に入っているのか?を検証する企画をやっていたのが、ネット上でも話題になりました。この人は地上波のテレビにも出たことがあるほどの人で、HIAKIN氏と同等か、それ以上の知名度がある可能性もあります。当該動画も再生数は何百万となっており、ネット上でも話題になりましたが、その動画の内容について解説をしている弁護士の人がいて、ヒカル氏が動画内で主張している、祭りくじの景品の価額は取引価格の20倍を超えてはならないとする景品表示法(正式名称は不当景品及び不当表示防止法)への違反について、細かく説明をしてくれています。その弁護士の動画は以下のものですが、動画内ではいろいろと詳しい説明をしているのだが、結論から言うと今回の祭りくじは明らかにくじの価額の20倍を超える景品を用意しているのだが、景品表示法違反にはならないというものです。

 

 

詳しい説明は動画を観てもらえれば分かると思いますが、この景品表示法違反になるためには、いわゆる「おまけ」が該当する必要があるということなのです。祭りくじの景品はおまけではなくて、お金を払って手に入れるものそのものであり、それによって景品表示法違反にはならないということだそうです。さらに言うと、この景品表示法違反は、ある商品のおまけに価額の20倍以上のものをつけていたとしても即座に成立するわけではなく、内閣総理大臣の命令が必要だそうで、それでも従わない場合に初めて犯罪として成立する。つまり、景品表示法違反に該当する行為が行われていたとしても、1回は問題視されない(犯罪には当たらないという意味で)という解釈になってしまうのでしょうか?犯罪にならないケースが十分考えられるということみたいです。法律は細かいところまで見ないと非常に分かりづらいとものと言えるでしょうか?ちなみ祭りくじに当たりが入っていないのに、入っていると見せかけて販売した場合には詐欺罪などが該当する可能性がありますが、こちらに関しては立証不可能だと思います。

 

これは弁護士の動画の前編で開設されていますが、祭りくじの店主は特定の人をお断りする権利があるので、都合の悪い人たちを排除していくことが可能になり、祭りくじの中に当たりが入っていないことを証明する機会を奪うことが、合法的にできるわけです。そうなると、仮にそういうことをやっていたとしても、それを証明する術はほぼないでしょうから、この問題については有耶無耶な状態が今後も続くのではないですか?ただ、こういった有名なYoutuberがその可能性を示唆したことで、祭りくじをやる人が減るというのは十分考えられそうです。でも、それってちゃんと当たりくじを入れているお店も平等にそういう被害に遭う可能性があるわけです。だって、利用者からすればどの売り場が、どのお店が信用できるのか?ちゃんと当たりを入れているのか?なんて判断できませんから。したがって、真面目に運営しているお店に関しても風評被害という言い方になるのか?は分からないが、祭りくじのお店として敬遠される可能性があるということになります。私は大人になってからこういう露店を利用することもほぼないし、祭りに行くこともないし、くじを引くこともないが、子供たちはこういうのやりたいんじゃないですか?私も子供の頃はやってましたからね。ただ、大人がやらせないようにする例とかが増えるかもしれません。

 

現状言えることは、ヒカル氏の祭りくじの景品表示法違反や詐欺罪の件に関しては、明らかな違反と言える要素は存在しないということですね。詐欺罪に関しては立証不可能でしょうし、景品表示法に関しては違反ではないということなので、客観的に見ると、今のところ例のお店の人が悪いをことをした、犯罪をしたとは全く断言できないということになってしまいます。動画の内容次第ではヒカル氏が名誉棄損行為に該当する可能性もあるので、その辺に関しては気を付けてもらいたいなと思います。実際、祭りくじのヒカル氏の動画では店主の人の顔などが普通に映っているので、それが肖像権の侵害になる可能性が認められるということをさっきの弁護士の方が別の動画でも指摘しています。

 

ただ、この弁護士の人は商売が上手いなーって思います。有名なYoutuberの企画動画の内容に付随する法的な解説動画をアップすることで、再生数は非常に伸びやすい。というのも、有名なYoutuberがアップした動画というのは、それについて調べる人、検索する人を多く生みます。テレビでバナナダイエットをやっていたら、パソコンやスマホででバナナダイエットについて本当に効果あるの?ということを調べるのと同じです。したがって、有名なYoutuberの企画に乗っかる内容の動画を投稿すれば、それだけで動画を視聴してくれる人が多く生まれやすいです。そこを意図してやっているのか?は分からないけど、それを意図してやっていたならば、この弁護士上手いなーと思うわけですよ。実際、この人の動画は以前は普通に法律解説とかをやっていて、そのときの動画は再生数が1000~1万くらいのものが多いと思うんだけど、最近やっているYoutuberをネタにした法律解説動画の再生数は桁が違う。何十万再生になっているものもある。動画投稿も恐らくビジネスとしてやっていると思うのですが、こういう考え方というのもビジネスにおいては重要だということだと思います。かなりフランクというか、アニメや漫画が好きそうな雰囲気の人なので、個人的には面白い弁護士だなと思っていて、かなり良い印象ですね。

 

景品表示法〔第5版〕

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