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若者の投票率が低いから高齢者向け政策ばかりになる←嘘だろ

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安倍晋三内閣が衆議院を解散する可能性が高そうだということが報道されています。消費税を増税するか?従来の予定では、来年に10%に上がるということでしたが、これを予定通り行うか?どうかといったことも踏まえて、国民の真を問うという意味合いも込めて衆議院の解散と総選挙を行うという意図があるみたいですけど、まさか解散するとは・・・。というのが個人的な意見です。まあ、選挙になると、選挙特番でテレビ番組が潰れるなど(最近はネットばかりで、テレビをあまり見ないが)の問題もありますし、選挙報道とかも過熱して、選挙行く、行かないとかでまたいろいろなことが言われていた気がします。選挙行かないとこの国では叩かれる存在になってしまうようです。前回の衆議院選挙は投票率が6弱くらいだったと思いますけど、理由は分かりませんけど、選挙行かない人も多いんですよね。

 

中でもよく言われるのが若者の投票率です。若者の投票率は毎回低い。3~4割くらいでしょうか?20代、30代の投票率高齢者の投票率と比べても低い。昔の選挙もそうだったのかな?というと、ここまで低くはなかったのではないか?と思うのです。若者の投票率が低いと、政治家は投票率の高い老人ばかり優遇して、若者向けの政策なんかやるわけない!といったことは言われていますけど、本当でしょうか?私はこれが凄い疑問だったのですが、若者の投票率が上がれば、政治家は若者に目を向けるようになる。というのがそういう人の理論だと思うのですが、一体どういうメカニズムでそういう考えになるのか?私には理解が出来ないのです。ある候補者や政党が若者向けの政策を打ち出すと、その候補者や政党に票が集まり出す。つまり、政治家が若者を優遇し出すと、若者の投票率が上がるというのは、なんとなく分かりますが、その逆である若者の投票率が上がると政治家が若者を優遇する。というのは、起こりえるのでしょうか?

 

若者の票をごっそり掻っ攫うために、若者を優遇するという戦略を政治家がとるときというのは、はっきり言って若者の投票率の高低とはあまり関係ない気がします。若者が投票に行き出すと、票を集められると思った候補者が若者向けの政策を打ち出すはずだ!という意見もあるけど、実際、他が高齢者優遇ばかりで、自分たちだけ若者を優遇するような案を打ち出せば、かなりの確率で若者の投票率が上がるだろうし、そこに若者の多くの投票はいくんじゃないか?でも、それを誰もやらないということは、政治家にとって、若者の投票率が上がる必要性を感じていないということになりそうです。共産党とか、その他小規模な政党は普通にやっても、自民党とかに勝てないわけですよ。だったら、横並びの政策ではなくて、独自路線の政策、例えば若者優遇の政策を前面に出して選挙戦を戦えば、それは今まで以上に多くの票数が集まる可能性が出てくる。若者の大半がそこに投票する可能性があるわけだから。そういうメリットが十分ある策をなぜどこもやらないのか?若者の投票率が低い今でも、若者優遇をするメリットは特定の政党には存在していますが、どこもやらない。じゃあ、若者の投票率が上がってもやるわけがない。という結論になると思います。あとは今後は高齢者はどんどん増えていきますから。未来を見据えても、高齢者優遇が理に適っているといえそうです。

 

長期的に考えたら若者と高齢者の人口の割合っていうのはどんどん差が出るわけです。つまり、絶対数の開きもどんどん差が出る。目先の1回だけの選挙だけを考えた場合はともかく、中長期的に物事を考えられる人ならば、若者を優遇する政策なんか出したら、四面楚歌の状態を作るようなもんです。未来を見据えて選挙に出馬するならば、候補者は老人優遇の方が明らかに得策なのです。若者向けの政策なんかやりだしたら、かつての民主党みたいな地位に落ちるでしょうね。民主党は2008年の政権奪取以降、多くの国民から嫌われ、それ以降の民主党の評判は散々でした。何で民主党が国民から嫌われたんですか?国民にとって意味のことばかりやったからでしょう?それと同じです。高齢者ばかりの人口分布になることが予想される社会で、若者向けの政策なんか出してみなさいよ、有権者の多くが高齢者になっていく世の中では、若者優遇は高齢者にとって意味がないわけです。さっきと同じ理屈で、若者優遇をする候補者や政党は嫌われます。だから、長期的に考えたら、若者を優遇する政策なんか出せないのです。頭のいい人ならばそこに気付けるはずです。

 

そして、私が考える若者の投票率が上がっても、若者向けの政策にはならない。高齢者向けの政策が残り続けると思う理由の最大のポイントは次の点です。それは政治家の多くが高齢者だからです。ダウンズの合理的選択理論によると、政治家は選挙において、得票を最大にするように行動するという。それは皆さんも分かっていますよね。だから、政治家はみんな票が欲しいんだ!という前提条件を作れるわけですから。でも、そのうえで政治家が若者の投票率によって政策を変えるか?と言えば、考えづらいです。なぜか?政治家自身にとって若者を優遇する社会にするのは自殺行為だからです。政治家は国民のためとは言っているけど、票が欲しいだけだろ?というのは、皆さん分かっているわけですよね。だから、票が欲しい政治家のために若者がたくさん投票すれば良いと考えたわけですよね。つまり、自分たちのことしか考えていないのが政治家ならば、若者を優遇する社会にしたところで一体何のメリットがあるのでしょうか?若者を優遇する社会というのは、高齢者にとって相対的に不利な社会ってことですよね。自分の首を絞めるような社会を作りますか?若者が若者に有利な社会を望むことが起きるならば、高齢者が高齢者に有利な社会を望むのも当たり前だし、じゃあ高齢者が多い政治家が自分たちに有利な社会を作るのも当たり前なのです。

 

若者優遇をしたら、もしかしたら次の選挙には受かるかもしれないが、自分が生きていく社会そのものがどんどん自分にとって厳しくなるわけです。つまり、目先の利益のみを優先しないで、長期的な視点で物事を考えた場合、若者を優遇する社会にしてしまうと、政治家自身が1番困るわけです。さっきも言ったけど、若者が「若者向けの政策を打ち出せ!」と言うのは、若者にとって有利な社会を望んでいるからですよね?それが自然な発想ならば、高齢者が多い政治家が自分たちにとって有利な社会を望むのも自然となります。つまり、若者が若者を優遇する社会にしろ!と言えば言うほど、それは政治家が若者を優遇しないで、高齢者にとって有利な社会を作ることを自然な光景として認識できる状況を作ってしまうのです。政治家が若者にとって有利な社会を実現するということは、あまりにもデメリットが大きすぎるからやらない。これが真実な気がするのです。政治家の多くにもう若者の時代はないので、若者に有利な政策を発表してもほぼメリットはありません。政治家も合理的行為者として、何時も振舞うと思いますよ。

 

政治家が老人向けの政策を実施していく傾向があるのは、単純に高齢者の投票率の高さではなく、実際はそこが非常に大きいと思うのです。若手議員とかはまた違うかもしれませんけど、高齢な議員は同じく高齢者に寄り添っていくのが当たり前の行動のように思います。したがって、若者の投票率が上がっても、私は若者を政治家が優遇してくれることって、ほとんどありえないと思う。若者を優遇する人が出たとしても、それは別のところに要因があるのではないか?と思います。だから、若者の投票率がどれだけ上がっても、社会が変わるわけではない。私は若者の投票率を上げる努力はほぼ意味がないと思っています。政治家は票が欲しいという部分は当たっていると思うけど、別にその票は若者から集める必要はないし、若者から集めることをするとしたら、メリットをデメリットが上回る可能性があるので、リスクがでかすぎる行為としてやらない。そこに気付いている人も一部いるからこそ、若者の投票率は低いままなのではないでしょうか?

 

政治家が高齢者を優遇するのは、政治家自身が高齢者が多いから。というのが1つ大きな理由になると思う。そして、政治家が高齢者を優遇するのは、高齢者の投票率が高いからではなく、絶対数が多い高齢者の支持を集められれば、それだけ不利にならないし、自分にとっても理想的な社会が実現するから。だから、高齢者向けの政治を行う。つまり、投票率が高いから高齢者向けではなく、政治家が高齢者だから、制作が高齢者向けだから、その結果高齢者の世代は高い投票率になる。あとはどうしても若者世代と比べて、高齢者世代は仕事をしていない人も多くいるし、娯楽に乏しい(ネットを使う人も少ないから)ので、選挙に行く時間的余裕もあるし、選挙が1つの娯楽にもなる。というのが正しいような気がしてきます。これがもし真実なら、若者はどうあがいったて無理な気がしてきます。今後、わが国において、若者人口が高齢者人口を追い抜くことはまずありえないですし、結果投票率でも追い抜くことは不可能に近いからです。だから、現実的に若者の投票率高齢者並みに上げても、投票の絶対数にかなり差が出てくるので、その点からも厳しいでしょうし、すでに話したように、政治家が若者向けの政策を打ち出すメリットがほぼないので、投票率でも、絶対数でも、若者が高齢者の投票のレベルに追いつくことがまずありえないと思うけど、どうあがいても政治家が若者を優遇するする社会は訪れないと思います。政治家が若者向けの政策を打ち出すという可能性は限りなく無に等しいと、私は思っています。

 

 

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