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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

勉強しない学生に対する林修氏の意見が正論と話題だが、そうは思えない件

大学生活、教育問題
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Spotlightとかに掲載されているけど、東進の予備校講師でタレント活動も行っている林修氏が、勉強しない大学生への言葉が名言として世間で扱われているようだが、個人的にはあまりしっくりこない。というのも、林氏の言っていることは、ただの理想論であって、現実的な話ではないから。「「やる気がないならやめなさい」勉強しない生徒に対する林先生の言葉が深い」に詳しいことが書いてあるが、まずはそちらを読んでいただきたいと思います。

 

>もともとは林先生が大学時代にゼミの先生が語っていたというこの「いやならやめなさい」という言葉。

このことについて、林先生は、世界中には勉強をしたくても、貧しさから働かなくてはいけない子どもたちが沢山いることについて言及する一方で、両親から面倒をみてもらい、学校に行かせてもらい、高い授業料を払ってもらえることがどれだけ恵まれているかについて指摘。

それだけ恵まれた環境にいながら「やる気がおきない」という生徒について林先生は「自分がいかに恵まれているかわからないような人間が勉強したって意味ないだろう。だったらもうやめなさい」と語っています。

 

子どもの貧困が社会問題として取り上げられることが多くなってきた現在。日本でもやる気と能力があるのにも関わらず経済的な事情から進学を選択しない人たちも存在しています。

そんななか今回の放送で林先生の語った言葉はTwitterでも拡散され「こういうこと言う林先生大好き」「誰かのお蔭って理解する事の大切さ」など多くの賛同の声が寄せられているようです。

 

 

まず絶対に言っておきたいのは、「自分が恵まれている環境にいるか?分からない(ry」っていう認識がそもそも違うと思います。貧しい国の人たちは学校に行きたくても行けない。しかし、日本の子どもたちはたいていは学校に行けるし、行っている。その状況を見て林修氏は日本の子達の方が恵まれていると言っているが、それはおかしい。なぜならば、日本で学校に通っている子たちは望んで通っているとは言えないからだ。貧しい国の人たちは学校に行きたいけど行けないかもしれないが、日本の人たちは学校に行きたくなくても行かないといけない状況があるわけです。つまり、どっちも自分たちの望みが達成されない状況なので、別に日本の方が恵まれているとは言えません。日本では不登校に対して悪いイメージも多いし、学校に行かないお先真っ暗という現実がある。つまり、学校に行きたくないと思っている子でも行かざるを得ない状況が存在するのです。学校に行っている、行っていないでその後の人生になんの差も生まれないとしたら、高校や大学に進学する人はかなり減ると思います。現実は特に高校や大学に行っている、行っていないで人生に差が出るため、行きたくないとしても進学することを選択している家庭が多いと思います。実際、仕事や結婚などに関しては中卒の人たちはハンデを背負うことになると思うんですよ。同調圧力が強いといわれる日本においては仲間はずれになることは一大事です。学校にそれ以外にもメリットはあるわけだけど、とりあえず仲間はずれにならないために学校に行くという選択を無意識にしている人多数いると思います。

 

あと、親から面倒を見てもらい、学校に行かせてもらって、高い授業料を払ってもらってという点に関して、個人的には当たり前の話だと思うのです。逆に面倒を見ない、学校に通わせない、学費を払わない親がいて良いのだろうか?自分が産んだ子なのに、その子が上記で書いたように人生において致命的なハンデを背負うことを正当化できるのだろうか?大学はともかく、今の社会を踏まえると高校までは親が面倒を見る義務はあって当然だと思うが。そこまでの環境を用意してもらっている状況は、恵まれている状況であっては困るわけですよ。「恵まれている」って表現を使ってしまうと、その状況は普通よりも上の段階にあるわけで、普通ラインはもっと下がるわけ。つまり、恵まれている状況っていうのは、実現しなくても良いラインになっちゃう。親が子の面倒を見なかったり、学校に通わせなかったり、学費を払わない親が普通ラインにきてしまうかもしれないということ。それが普通になってしまうと、子が困るわけだよ。「普通」が何によって決まるか?という問題もあるが、今の日本において多数決をとるならば、高校まで通わせるのが普通という風潮だと思います。つまり、高校まで通える生徒は普通の状態であり、決して恵まれてはいない。逆に高校まで通えない、中卒になってしまうと、子はどうなるでしょうか?このケースで親の責任はどうなるでしょうか?まともに学校に通えない子がいれば、その子の人生はどうなるか?子が将来的に困らないように様々な面倒を見ていくのは、親の当然の務めだと思うが。

 

親が子にやるべき最低限の義務というのがあれば、学校に通わせる、特に高校までは、その最低ラインに入ると思います。そして、勉強しない人がいるっていうのは、は大学生や高校生も、中学生も同じだろうが、例えば大学生の話をすると、そもそも今の大学生が勉強しない理由ってやる気の問題なんですか?そうじゃないと思うんですよね。やる気がないから勉強しないというよりは、そもそも勉強をするために大学に入学しているわけじゃない。これが答えだと思うのです。そして、そもそもガチで勉強したい人が、大学に入学する意味が分からないのです。林氏とは完全に逆の意見になるが、勉強をする気があるなら、逆に大学なんか入る必要なんかないと思っています。大学って、仰るとおり、無茶苦茶学費高いですよね。つまり、それだけの学費を払う価値があるとすれば、それは大学に入らないと達成できないことをするときだけだと思います。勉強って、大学に入らなくてもできるじゃないですか?受験勉強だって、受験サプリとかのネットのツールが充実しているし、お金もかからない。市販の参考書も豊富だし、高いお金払って予備校に通う価値も正直どこまであるか?って感じですよ。大学での教わる勉強だって、あそこまで高いお金を払ってまで受ける価値のあるものですか?他に選択肢は皆無ですか?そんなことないですよね。大学の授業を受けるっていうのも、タダで聞こうと聞けますよね。聴講生として大学に潜入すれば、お金かけずに一部の授業は聞けます。ただ、学生じゃないから単位がもらえないだけ。でも、勉強するのに単位なんかいらないのだから、単純に純粋に勉強したい人が、大学に入る意味ってそんなにないと思うのです。

 

逆に大学に入ると指定されたとおりに単位をとらないといけないから、とりたくもない授業を無理矢理とらないといけなくなり、不都合も生じやすい。でも、そういうとりたくもない授業にもお金は発生しているわけですよね。純粋に勉強したい人は大学に入らないで、それ以外の方法を模索した方が効率的だし、安上がりなのでは?と思いますよ。逆に大学に入る理由が、大学に入らないと達成できないものならば、もしかしたら多額の入学金や授業料を払う価値があるのかもしれない。それが学歴ですよ。以前も別の記事で同じようなこと書いたけど、東京大学に入って卒業すれば、大卒という学歴と東大卒という肩書きが手に入ります。これは東大に入らないと絶対に得られないものです。入学金や授業料の金額が東大という肩書きを得るのに妥当な金額か?どうかは分からないが、それを目当てに大学に入ってくる人間は、少なくとも勉強をしたいから大学に入る人間よりは、まだ合理性があると思います。勉強したい人は、大学に入る以外の選択肢もあるのに、あえて1番お金がかかりそうで、かつ不自由な環境を選んでいるわけです。東大という肩書きが欲しい人は、他に選択肢がありません。東大に入るしかないわけですよね。

 

で、ドラゴン桜でも東大=人生におけるプラチナチケットという言い方をしていたけど、東大という肩書きを持っている人間と持っていない人間では人生が180度変わる可能性もある。東大という肩書きを目当てに、大して勉強する気はないが、東大に入学する人も毎年それなりにいると思いますよ。しかし、大学側だって、指定校推薦やスポーツ・フロンティア入試などで、勉強を真面目にするか?どうかも分からないような学生を多く採っているわけですよ。それは経営のためです。または広告塔として明らかに機能しそうな有名人を続々入学させているところもある。そういったところは、教育のためではなくて、どちらかというと経営のために学生を入れているわけだ。つまり、学生だけじゃなくて、大学の方も教育とは別の観点を優先して、学生を採っているわけだから、そこはお互い様じゃないの?と思っていて、そういう事態を多くの親も知っているだろうと思いますよ。そもそも自分の子供がガチで勉強したくて大学進学を望んでいる。そのうえで学費を出してあげているというケースは限りなく少ない気がするのです。大学に行く理由が勉強そのものでないことは、親自身も認識しているケースが多いと思う。特にFランク大学に進学する子を持つ親が、わが子が大学で真面目に勉強をしてくれそうだと思っているとは思えないのです。大学で真面目に勉強するならば、受験勉強を何で真面目にやらなかったの?となります。そして、親もかつてはそうだった(大学で真面目に勉強しなかった)から。という理由もあるかもしれない。

 

高校を例にした方が分かりやすいかもしれない。中学3年生になって、「あんた高校行くの?」とか、「高校行って良い?」みたいな会話はまず聞かれない。なかなかありえない。「高校どこにするの?」とか、「どこの高校が良いかな?」みたいな会話は割と自然だと思います。つまりだ、親も子も高校に行くことは当然あり、疑う余地はない。そこで勉強をするか?しないか?かかわらず通って当然だという認識があると思います。それは教師もそうでしょう。中学の担任に「私は高校行きません!」って言ったら、え!?ってなると思いますよ。目的にかかわらず、高校に行くのがもはや常識になっているわけじゃないですか?で、中卒になったら人生ハードモードですよね。つまり、大学は違うかもしれないが、少なくとも高校まで通える家庭は決して恵まれているわけではなく、もはや普通であり、通えない子が恵まれていないという見方が、日本の場合は正しいと思うのです。高校まで通わせられない親が親になることの是非の問題も含んでいますよ。そして、林先生は途上国とかの貧しい国を例に出しているが、そもそも日本と状況が明らかに違う国を出しても意味がないと思います。それは途上国は、学校に行けないことが痛手にならないからです。みんな行けないから。行ければ有利になるかもしれない。日本は学校に行けないと間違いなく痛手になる。それはみんなが行くからです。そして、行っても大して有利にはならないケースが多い。仲間はずれにならないことがもはや重要になっている。先ほども指摘したけど、日本において高校を卒業するまでは、達成しないといけない最低基準になっているわけであって、決して恵まれているという状況ではないと思うのです。そこまで行けないと、そもそもまともな人生が送れない可能性すら生まれる。そこを世間のみんなが認識している状況だからこそ、高校までの進学率は90%台後半とかになっているわけ。親も子も学校側も、高校までは通って当然だ。通わせられないのは可哀想だという認識に近いのではないか?と思います。そうなるとね、学費を出している親だって、勉強をしてもらうために高校に通わせていると考えているケースは限りなく少ないと思うのです。勉強をしてくれればなお良いが、仮にしないとしても高校までは行ってくれないと将来が不安で仕方ない。これが本音じゃないか?と思うんですけどね。それを親も子もお互い認識している状態なわけじゃないでですか?学校というものの捉え方が昔と違うんだと思いますよ。勉強をにしに行く場所として、学校を捉えている人間自体が教育者以外では限りなく少なくなっているものだと思います。

 

今言ったことは少なからず大学にも共通している事柄な気がします。大学に通うのは当たり前とは言えないと思うが、大学側も学生も親も、現状の大学というのは勉強を真面目にやらない学生が多い傾向にある場だと、みんなそれぞれ認識して、認め合っている状態に近い気もするのです。現実社会の問題として、文系は大学で何を頑張ったか?ではなくて、どこの大学出身か?の方が重視されており、その現実を見据えるならば、勉強することよりも大学に入ることが優先されるのはもはや仕方ない。その現実社会の仕組みを変えた後じゃないと、林氏のような説教を学生にするのは酷だと思う。そういう社会の仕組みが存在しなければ、学歴や有名大卒という肩書きが一切社会で生きないような世の中になっていれば、勉強する気がない学生は大学にはほとんど進学していなかったと思います。そういう意味でいうと、勉強しない学生はただ現実的に、堅実的に生きているだけだと思うんですよね。

 

それにね、大学でいくら一生懸命勉強しても大半のことは頭から消えてしまうと思うんですよ。私の場合、卒業後に大学での勉強は継続していない。せいぜい英語くらい。だから、95%くらいは完全に忘れている。林先生も今は予備校講師だから、大学で学んだことを卒業後も継続的に勉強しているとは思えない。覚えているのは、身についているのはわずかじゃないですか?卒業から20~30年経っているから尚更でしょう。いずれ消えてしまう知識は、そもそも勉強しなかったことと変わらないじゃないですか?だったら、せっかく得た知識とかを卒業後に無にしてしまうような学生は、在学中に勉強しなかった学生と大して変わらないと思うんですよね。結局、継続的に勉強をしたり、知識を活用したりする人以外は、いくら在学中に勉強をしていても、起こる結果は勉強しなかった人と同じじゃないのかと。現実的に勉強しない学生が勉強したところで、そういう国の現状は一切代わりません。何の解決にもなりません。勉強しない高校生に向かって、やる気がないなら辞めろ!と言って、彼は学校を辞めて中卒になりました。さて、彼は今後の人生どうするんですか?学校を辞める本人にとっても学歴に傷がつき、人生においてマイナス、辞められた学校側も授業料が以降入ってこなくなりマイナス、全体的に良いことなんか1つもない気がするのですが。林先生のこの発言は、誰を幸せにするのでしょうか?

 

 

なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?

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