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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

結婚式にいざ招待されるとご祝儀が高すぎるので出したくない、もったいないと感じてしまう

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私の学生時代の友人が入籍をして、結婚式をやるらしいフェイスブック上でその招待状が届いたのだが、正直出席しようか?迷っている。というか、今のところは出席したい気持ちはあまり多くない。その人が嫌いなわけではない。単純に結婚式というイベントに行きたくない気持ちが強いのです。同じような気持ちの人は多いかもしれないが、いろいろと理由はある。その友人は中学時代の人で、その結婚式には同様に中学時代や小学校時代の友人を招待しているらしいので、ある意味同窓会みたいな雰囲気になるかもしれない。私が唯一メリットを見出せるとしたら、結婚式に行く意味を見出せるとしたら、実は今のところそこしかない。長年会っていないが、会いたかった人たちに会える可能性が高いこと。ただ、それは結婚式である必要はないが、それ以外の機会でそういう状況を作るのは難しいだろう。年齢的には普通に働いている人が多いし、参加できない人も多いでしょう。

 

その結婚式はどうやら日曜日に東京でやるようなので、地方に住んでいる人は前日に東京に来て、結婚式と二次会等に参加し、その日のうちに自宅に新幹線などで帰って、翌日また仕事に行くというパターンになるのではないでしょうか?つまり、言ってしまえば土日が潰れてしまうということです。社会人になるとどうしても結婚式に参加したくてもできない人が出てきそうですね。そういう意味で言うと、3連休の真ん中あたりにやってくれると1番良いかもしれないです。私は東京近郊に住んでいて、フリーランスだから、仕事に融通が利くし、そこは問題ないのだが、1番の問題はご祝儀だ。ここが1番悩む。というのも、結婚式のご祝儀がどうしてももったいないと感じてしまう。結婚式のご祝儀を出したくないという気持ちが本音としてある。3万円前後相場となっているようだが、3万円をご祝儀として払うならば、だったらその金額を丸々どこかに募金したい気分なんです。生活に困っていない人たち、別にそのお金を必要としていない人よりも、お金がないと生きていけない人たちに使いたいという気持ちが強い。私の資産も有限だから。だから、祝いたい気持ちはあるが、結婚式のご祝儀は出したくないというのが本音なのです。そもそも結婚式ではご祝儀を出さないと祝う気持ちがないみたいな風潮自体がどうかと思うが。

 

ブロガーの大石哲之氏が以前、結婚式に参加するたびにご祝儀を一切持って行かなかったらしいが、それで結局、彼のもとにそれ以降結婚式の招待状は届かなくなったらしい。彼はずっと前からご祝儀という存在がブライダル業界の陰謀によるものだという認識だったみたいで、非常に疎ましく感じていたらしく、自らそれを体現する態度をとったら、ついには結婚式に呼ばれることがなくなったとして、せいせいしているみたいなことを自身のブログに書いていたと思います。やっぱり結婚式に参加するのにご祝儀が必要っていう風潮自体に疑問を唱えている人は結構いるみたいだけど、彼みたいに実際にご祝儀を持たないで結婚式に参加する勇気を持てる人間は多くないだろう。というか、まずいないと思う。そういう人間は結婚式のご祝儀が高すぎるとか、もったいないという思いを抱えつつも、別の理由で参加しないという態度をとるような気がする。

 

結婚式に行きたくない理由があるとすれば、第1位はこのご祝儀の類になりそうな気がする。このご祝儀という存在も社会の中で慣習として存在しているものになってしまっているから、その慣習に従わないものは、容赦なく非難や制裁が加えられるような世の中になってしまっている。招待状には参加条件として、ご祝儀をいくら以上包むことなんて誰も書かないだろうけど、それは書いていないけど、書いてあるに等しい状況だと思う。ご祝儀を0円で参加して、多分快く許してくれる人はほとんど存在しないんじゃないか?それくらいにご祝儀は結婚式にとって付き物であり、おまけに具体的な金額まで決められてしまっている状況なのです。ご祝儀を払うにしても、金額が少ないとか、そういう非難のされ方をする可能性もあるし。それに今回は長年会っていない友人の結婚式だから良いけど、これが職場の結婚式とかだと、出ないという選択肢も、ご祝儀を払わないという選択肢もどちらできないでしょう。そういう意味では、本当に会社勤めじゃなくて良かったとも思っているが、実際職場の人間が結婚するとなれば、招待状が恐らくくるだろう。

 

当然、社内の人間は大半が参加するはずで、自分も参加せざるを得ない状況になる。不参加だとそれ以降、自分の社内での立場がどうなるか?分からない。そして、もちろん参加しておいてご祝儀を払わないという行為をした場合、同様に社内での自分の評判が悪化する。こういうケースではご祝儀を払いたくないから不参加にもできないし、参加してご祝儀を払わないという選択もとれない。実際、こういうジレンマに陥っている人はいるでしょう。結婚式というのは、招待客の心情を考えると何とも微妙なイベントにも思えてくるし、だからこそなのか?分からないが、結婚式をやらないカップルが増えてきている。少なくとも、自身が他人の結婚式にあまり興味がなかったり、ご祝儀がもったいないと感じているような人は、結婚式をやりたがらないと思います。個人的には毛婚式という文化が廃れるのは大歓迎だ。結婚式という文化は必要とは言えないものではあるのに、やるのが常識という風潮がある。それが近年ちょっと変わってきているけれども。結婚式に関しては、私もやりたくないし、呼ばれると参加しようか?悩まないといけないことを考えると、そういう慣習自体が存在しないことになると、全てが解決する。

 

本当は、誰もが口を挟まないで、各人が自由に選択できるようになれば良いのだが、そういう状況には日本は絶対にならない。慣習うに従えという圧力が間違いなくある。そうなると、結婚式自体が衰退するしかないのだ。結婚式のご祝儀が高すぎることが理由で参加したくない気持ちもあるが、断る勇気も持てないでいる。結婚式自体には行きたくないわけではないが、事実上の費用が発生するのがどうしても心のストッパーになってしまう。という微妙な状況だけに、早く決めないとなと思いつつも、葛藤に悩んでいる。ただ、フェイスブック上では、招待した人全員が参加なのか?不参加なのか?どちらを選んだのか?見られるため、その経過を見て決めたいと思う。当時親しかった友人がこぞって参加しなければ、参加しても話し相手もいないし、結婚式のご祝儀を出したくない以前の問題で、多分参加しないと思う。結婚式というイベントは行きたくない人と行きたい人にどうしても分かれやすいが、やっぱりご祝儀の問題は大きいと思いますよ。

 

 

 

ゼクシィ宮城山形 2016年 7月号

ゼクシィ宮城山形 2016年 7月号

 

 

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