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プールや温泉や銭湯での入れ墨や刺青の差別や入場拒否は文句を言えない措置でしょう

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東京サマーランドでタトゥーをした人に対する入場規制を行うための文章を掲示したところ、それが炎上して、謝罪をする羽目になったらしいが、この国ではそういうタトゥー、入れ墨、刺青などをしている人たちへの目は厳しい。外国だともっと緩いのかもしれないが、これも国民性や歴史の問題もあるだろうか。私自身は入れ墨やタトゥーに対して、何ら偏見は持っていないつもりだし、不快感も嫌悪感もない。仮にあったとしても決して言動には出さないが。しかしながら、サマーランドのような、刺青や入れ墨などのお断りをすることは一概に間違いとも言えないでしょう。サマーランド側は「タトゥーを彫る自由があるように、そういうお客さんを拒否する自由もある」としている。それは間違いなくその通りです。基本的には法律で規制された一部のケース以外は、会社側が特定のお客さんを拒否することは許される。許されるが、社会が許さないケースもあるからまたややこしい。刺青などを理由にプールや温泉がお断りの姿勢を見せても、少なくとも日本はそんなに批判が起きないだろうが、特定の人種とかになると、これは世界中から批判がきそうだ。法律で許されていてもね。

 

そういった違いを見ると、それ自体が差別的な目とも思えるわけだが、お店を営業する権利を持っている人が、そういった自由を行使するのは自然に思える。だから、プールや温泉などで刺青などをした人はお断りという規制をかけても、差別とは言えるかもしれないが、やってはいけない行為とは言えない。サマーランドが炎上を呼んだ理由は、そこではなくて、その後の文章が挑発的だったからでしょう。お子さんを連れて、刺青に人がきたら、どうせ入れないので時間の無駄になるとか、そういったことを書いたのが批判されているらしい。あとはちょっと前の話になるけど、北海道の温泉施設でニュージーランドの原住民であるマオリ族の女性が刺青を理由にお断りされたというニュースもあった。これに関しては、その女性は日本人にはもっと思いやりを持って欲しいというコメントがあったり、人種差別だ!という批判も国外からはあったらしいが、私は別にこういう温泉などでも刺青の差別は問題とは思わない。差別だろうがなんだろうが、そういった感情論よりも法律の方が上だから。法律に反しない範囲での営業をしている以上、お店側に非はない。法律が差別を許しているのだから、せめて文句は差別をする側ではなく、法律を作った人間に言って欲しい。法律を守っているだけの人間に感情論で批判をする方が間違っている。嫌ならもう日本に来なければ良い!とは言えないだろうが、そう言ってしまっても良いと思う。刺青が嫌いなコミュニティもあるのだから、そういうところには近づかなければ良いのです。

 

日本でも法律で守れらている自由を侵害するような感情論を投げかける人はいるが、海外にもそりゃいるだろう。思いやりという言葉を口にした先ほどのマオリ族の人に言いたいのは、思いやりを持つべきと言うならば、日本人の刺青に対する見方も思いやりを持ってもらいたい。私自身は刺青に偏見や差別する気持ちはないし、別に恐怖心もないが、そういう人間もいるのは事実で、それが海外の人間には理解しづらいのでしょう。刺青の程度によっては恐怖心という言葉を使うのは詭弁に思えてくるのもあるかもしれないけどね。あの大阪の公務員の入れ墨とかは特にそうだろう。あれで恐怖心と言われても、イマイチピンとこない。それが嘘というつもりはないが、あれに関しては服で見えないところにしているのに、問題視されていたし、それに自治体という公の場所が差別や偏見をしているから問題だと思うのですよ。海外の人が叩くならば、こういう刺青の差別や偏見に対してやってほしいと個人的には思います。刺青などに対するプールや温泉などでの差別や入場拒否は今に始まったことじゃないし、個人的には好ましいとは思わないが、それは私が刺青に対して嫌悪感や不快感、恐怖心といったものがないからだろう。それがある人たち、または利益がかかっている人たちからしたら、思いやりだけで片付けられる問題ではないのでしょうね。

 

私はこういう刺青に対する差別や偏見を問題視するならば、公の機関がやったときだけで良いと思う。銭湯や温泉などが刺青の人を入場拒否したりしたとしても、それが民間企業なら別に良いと思うし、しょうがないと思う。むしろ、完全に棲み分けで良いと思う。刺青をした人が入れる温泉や銭湯と刺青をした人が入れないところがあって良いと思うのですよ。入場させるところも、させないところも、双方を尊重してやれば良いと思うんですけどね。結局、理想は理想で良いのだが、理想を実現することが必ずしも正しいとは思えないし、差別をなくすというのはいかにも素晴らしいスローガンにも思えるが、それに無理矢理協力させられる人たちがいたら、それは好ましい状況とはあまり思えない。全員が納得した形で行われるならばまだしも、そうはならないんですよね絶対に。刺青をした人を入場拒否する銭湯や温泉は実際はそんなに多くないらしい。ホテルや旅館に至っては全体の56%が刺青をした人は拒否する姿勢を見せているみたいだ。ただ、この中には隠せば利用できるというところも含まれている。そうなると、刺青をした人が社会生活を送れないという現状にはなっていないだろうし、これはしょうがないんじゃないですかね?お金を払わないと利用できないように、刺青を理由に利用できない状況があっても不自然とはあまり思わないですよ。どっちも利益にかかわることだからね。ただ、時代が進めばいずれは人種差別みたいに、温泉や銭湯などの刺青の差別が敵対視されるようなときがくるかもしれないですけどね。刺青や入れ墨などの差別が敵対視される状況が必ずしも良いことなのか?っていうのは、また別の話だけど。それは少数派の利益は考慮されず、多数決の圧力に屈しないといけない状況になるわけだから。

 

 

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

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