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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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選挙の投票率が低いのは「不満を持っている国民が少ないから」は正しいのか?

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選挙の投票率に以前、タレントの明石家さんまさんが「投票率が低いってことは不満が少ないってこと。日本が乱れれば、投票率は上がる」といったことを口にしていた。この発言の意図は、投票率が低いことをマイナス視する風潮に疑問を抱き、投票率が低いってことはそれだけ不満が少ないことなんだから、マイナスなことではない。というものらしい。ただ、投票率が低い=不満が少ないは本当だろうか?私は投票率が低いと不満の大小はそんなに関係ない気がするのだが。というのも、私は選挙にあまり行かないけど、国に不満ばかり持っている人間です。私がなぜその不満を選挙にぶつけないか?というと、選挙で投票することによって解決のしようがないと思っているから。あと、半分はもう諦めているから。こうやってブログを愚痴を書いて発散する道を選んでいるという部分も少なからずある。

 

他の人はどういう理由で選挙に行かないのか?は分からないけど、若者世代の投票率が低いということは、若者世代の不満が少ないということになるけど、本当にそうだろうか?間違いなく何らかの不満を抱えていると思うのだが。問題はその不満の程度が大したことじゃないから、または将来的なもので今は想像力がそれほど働かない、致命的な問題に思えないとかで、投票に行くほどのことには思えないとか、あとは世代間格差の問題で、若者が投票に行こうが、その意思が政治に反映されづらいのを知っていて、どうせ行っても無駄だとすでに諦めているか。いろいろな理由がありそうけど、結局不満自体は間違いなくくすぶっていると思うんですよね。つまり、投票に行かないのに不満自体を持っているとしたならば、1番最悪な状況ですよね。それってどういうことか?っていうと、国は見捨てられているってことだ。つまり、会社で例えると、ミスばかりする部下がいて、たいていの場合は怒られる。叱咤激励されるが、もうこいつはダメだと諦められた場合には、もうミスをしても何もいわれなくなるかもしれない。つまり、見捨てられた状態だと。選挙に行かないにもかかわらず、彼らが何らかの不満を持ち続けているとしたら、そういう国への諦めの姿勢ともとれるのかもしれない。つまり、不満はあるが諦めの姿勢があるから、それを外部に表明しない可能性もある。それは国への信用がないということ。

 

選挙に行かない人の理由として大きいのは、こっちの「諦め」の方が大きいんじゃないか?とは思うけどね。普通に考えて不満がないわけはないんですよ。他人によって勝手に作られた社会の中で生きないといけないのだから、その他人が理想としたシステムが自分にとって理想であるわけがない。そう考えると、多くは不満だらけでしょう。ただ、結局選挙ってうのは、間接民主制を体現しているので、その不満を解消するための手段として機能しづらい。誰を選べば良いの?という問題に躓くし、誰もいないんだけど?というよくある問題も浮上する。だから、選挙に行かないで、文句だけ言っている人間がいるわけだけど、それはしょうがないですよね。かといって、直接民主制にしたところで、結局多数決だから、少数派の不満を持っている場合にはどうしようもない。クーデーターとか、非合法な手段に訴えるくらいしか現実的な理想を実現する方法がないかもしれない。そんなことはできないので、じゃあ諦めたという姿勢をとり、投票にも行かない。国を見捨てるという結果になるのではないか?仮に日本がこの状態で戦争になったら、若者はどうするんだろうね?昔みたいに兵隊として徴用されるとしたら、従順に従うだろうか?本当に国に対する信頼がなく、諦めているような状態ならば、対戦国ではなく、兵隊として自分たちを利用しようとする国に対して、向かっていくんじゃないか?と思っている。この仮説が仮に本当だとしたら、日本は相当ヤバイ状況にあるということ。文句すらも言われなくなるということの恐ろしさを認識した方が良いということになる。

 

しかし、恐らく現実的な多くが選挙に行かない理由は、面倒か?行っても変わらない(投票しても文句が反映されない)のどちらかだと思う。もしくは両方持っているか?そうなると、結局選挙に行かない理由は、不満がないからではなく、不満はあるが、選挙に行ってもその不満を解消しようがないから、そんな無駄なことはしないという姿勢の表れではないか?と思う。どうせ自分の一票じゃ変わらないと嘆く人が多いし、それに対して咎めるような意見も見る。これに関してはどっちもどっちって感じもする。結局、選挙ではどうしようもないという諦めの姿勢が投票率の低下につながっているのではないか?そうなれば、直接民主制が仮に実現すれば、政治に意欲を持つ人は増えるかもしれない。直接民主制はやろうと思えばできる時代だと思うんですよね。以前、そういった話題になったときにホリエモンがなぜ直接民主制のような状況が実現しないのか?というと、その実現に欠かせないインターネットという存在を想定して、国の制度や議会は作られていないから。述べたら、周囲から同意の嵐だった。インターネットがなかった時代から、国のあり方は憲法や制度面を含めてあまり変わっていないと思う。直接民主制が望ましいか?どうかは別に問題としてあるけど、やろうと思えばできることをやらない、やれないのは結局そこが原因じゃないか?と思います。そもそもの前提を変えてしまえば直接民主制は楽に実現できると思うが、伝統とかに固執する国だから、それは無理だろう。結局、投票に行く行為が政治に参加している、または政治に自分の意思が反映されているという実感をもてない間は、選挙に行く人間は永遠に増えないのではないか?とは思います。

 

 

 

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