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就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

AIを持つロボットが会社での人事を担うようになったら採用や出世の基準が大きく変わる?

働くことへの意識
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将来的には会社の人事もAIに代わるかもしれないと言われている。というか、そういうツールはもうすでに開発されていて導入されている例もあるようです。会社の人事がAIに代わるとどういうことが起きるか?というと、非合理的な人間の判断がなくなり、合理性を尊重した採用や配置転換などが行われるのではないか?と期待されている。どうしても人間が他人に対する評価をする場合には、非合理的な要素はつきものだ。それが感情と言われるものであり。採用時にしろ、人事異動のときににしろ、この感情というものが入ってくると正確な評価ができない。そこに不満を感じている人間は増えるのではないか?と思います。逆に言うともしそういう部分がAIによってなくなったならば、就職活動とか、会社での世渡りが上手い人っていうのは、人生ががらりと変わるかもしれない。つまり、能力そのものよりも感情や印象に訴えてきた人たちはそれが通用しなくなるかもしれないのだ。

 

分かりやすく言うと、就職活動でイケメンや美人といった人たちが全く有利にならなくなるかもしれない。AIを採用面接に導入した場合、どういう基準で採用、不採用を決めていくのか?は分からないけど、そういった部分が無関係になるかもしれないのだ。職種にもよるかもしれないけどね。顔が関係すると思われるものとそうじゃないもので使い分けをするならば、顔が良いとか、よくないとかで合否が分かれる可能性はほぼ0になるとか、そういう事態がくるかもしれない。あとは出世とかもそうでしょね。従来は出世しやすかった人たちが全く通用しなくなる可能性もあります。ごますりが上手かったような人たちとかは能力がないと判断されれば出世はできないだろうし、能力はあるが人事に好かれなかったような人が出世しやすくなるとか、あるべき姿と言えるのか?どうかは分からないが、会社に入るところから、その中での出世についてまで状況はがらりと変わる可能性があるのです。こういった状況は実際に到来しつつあるわけだから、将来的に人事の多くがAIに代わるということも考えられなくはないかもしれない。人間がずっとやる会社もあるだろうけどね。少しずつ増えるんじゃないですか?

 

AIが人事に導入されると、人間が人事をやっていたときと比べて変化は大きいと思いますよ。人間を相手にして採用、不採用の問題や出世の問題を考えるという従来の問題が随分別の世界での話しになりそうな気もしてくる。例えば、私が特に気になっているのは採用活動の段階で、履歴書とかエントリーシートとかを課す場合に、従来どおりに手書きで出した人とパソコンで印刷した人は評価に違いが出るのだろうか?ということ。そもそも、ロボットがそれを見極められるのか?も気になるところだが、合理性を重視するならば手書きを優遇したりはしないかもしれないが、どうなんだろうか?その辺はあらかじめどうプログラミングするか?でも変わってきそう。個人的には合理性はある程度重視すべきだと思っているから、手書きの履歴書を優遇するような今の風潮は些か疑問です。私が人事をやっていたら手書きの履歴書を書いてきた人に対して、質問するだろうね。「パソコンならばもっと早く作ることができるだろうし、綺麗な字で書くこともできるのに、なぜあなたは手書きで履歴書を作ってきたのか?」と問うだろう。

 

そこに手書きの方が合理的だと思わせるような部分が少しでも含まれた回答ならば、その手書きの履歴書を書いてきた学生を不利にしたりはしないが、「それが常識では?」とか、「手書きの方が熱意が伝わるかと思いまして・・・」とか、まるで合理性とは関係ないような、いわゆる何も考えていないと評価できるような回答しかない場合には、私はその時点で多分落とすだろうね。ホリエモンも確かに履歴書が手書きの時点で落とすとか言ってたけど、多分理由は近い。特に手書きで書くことが熱意っていうのは、私は全く理解ができない。履歴書を手書きで書いてくることがどう熱意なのか?その学生には是非説明してもらいたいが、単に無駄に手間や時間をかけているだけにしか思えない。時間や手間をかけることが熱意と思っては困る。ということをあるブロガーが話していて、それにホリエモンも賛同していたのだが、私も同感だ。内容面に凝るために手間や時間をかけるのはまだ理解できるのだけど、体裁の部分に時間をかけることで何か良いことがあるのか?言うなれば、ある商品が店頭とネットで売っていて、その商品を欲しいと思う人がいた場合、それをあえて手間がかかる店頭まで買いに行くことが、商品に対する熱意と言えるのか?店頭には初回限定版が売っていて、ネットには通常版しか売っていない、しかも初回限定版の方が内容が充実しているというならば、店頭まで買いに行く意味はあると言えるかもしれないが、初回限定版が通販でも売っているのに店頭まで買いに行く理由は何なんだろうか?と思う。内容における結果が同じなのに、手間をかける意味が分からないというケースは履歴書もこの例も共通しているのではないか?と思います。

 

ただ、別の用事で行った場所が店頭の近くだったからついでに買ってきたんです。とかならば、個人的には納得がいく。そういった理由が手書きの履歴書にも見出せるか?が重要でしょうか?やはり重要なのは内容面だというのは異論はないと思うのだが、内容面に手間や時間をかけると、その人の考え方や思考力、論理力などが見えてくる場合もあるため、採用に関係する部分と言えそうだが、形式の部分を重視しても、手書きで書いたところで採用に関係する何かが生まれるとは思えない。字が綺麗なことや手書きで書ける能力が入社後、一体どういう場面で生きると言うのだろうか?私が人事ならば手書きか?パソコン印刷か?の部分は直接は採用に直接は関係ないだろうけど、あえて時間や手間がかかる手書きを選んだ理由を問うて、常識に沿うことが常に良いことと考えていたり、手間や時間をかけることが熱意に該当すると考えていることが明らかな場合に関しては、採る気が起きないと思う。

 

こういった問題がロボットが人事をやった場合にはどうなるのか?というのは非常に気になるところだけど、日本の就職活動の状況にいろいろな意味で変化をもたらす可能性があるのがAIによる人事かな?と思う。手書きの履歴書の欠点ってパソコン印刷でほぼ全てがカバーできますからね。おまけにパソコンで文書を作ることが入社後は多くなると思うので、私から言わせればパソコン印刷がスタンダードで、手書きの履歴書が否定されるような社会ならば、少しは納得いくのだが、日本の場合にはまるで逆なので、それに対してなぜ?と疑問を持つ人も少ないようだ。人事は人間がやっている以上は、そういった点に限らないけど、合理性とはちょっと違う部分からの採用、不採用の決定になることも多い。それが正しいのか?間違っているのか?の判断は一概には言えないかもしれないが、AIの人事の判断は果たして後に正しいと評価されることになるのでしょうか?

 

 

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