就職しないで、ブロガーになった人のBlog

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人間の無能さ(笑)をよく表す「なれの果ての僕ら」を読んだ感想など

「なれの果ての僕ら」というマンガを最近読んだのだが、感想としては非常に面白いという印象を受けました。このマンガは非常に暗い雰囲気の作品で、結末が先に示され、その結末を迎えるまでの過程を描いた作品なのですが、続きが非常に気になる展開です。簡単にストーリーを説明すると、ある小学校の同窓会が開かれることになり、かつてのあるクラスの面々が小学校の教室に集まっていましたが、この同窓会の主催者がいませんでした。その主催者が現れると、そこから主催者以外の面々は、ある思考実験のゲームに強制的に参加させられてしまいます。極限状態における人の善性を試すという主催者ですが、同窓会は死を懸けたゲームとも言うべきイベントに姿を変えるのです。

 

このなれの果ての僕らに関しては、私に言わせれば、人間の無能さを浮き彫りにするようなシーンが非常に多いと感じられます。個人的にそれを感じられたシーンはいくつかあるのですが、その1つを紹介します。以下ネタバレを含みます↓

 

 

 

 

 

 

この思考実験で最初に行われたのゲームは、主催者から指名された人間が毒を飲み、次に指名された人間が同じ毒を飲めば、先に飲んだ人間に解毒剤が与えられるというものです。つまり、先に毒を飲んだ人間は後に指名された人間が毒を飲まないと死んでしまいます。先に毒を飲んだ人間を助けるために自ら毒を飲むのか?という、人の善性を懸けた思考実験になります。ただ、このゲームは私は欠陥(必勝法)があると思っているのです。それは後に指名された人間が毒を飲むのを拒んだ場合、先に飲んだ人間が、そいつを殺そうとすればいいだけだと思うのです。何もしなければそのまま死ぬだけというう人間にとって、人を殺そうとすることにリスクはないですから。それに自分が殺されそうになれば、さすがに毒を飲んだ方がマシと思うでしょう。そんな話は置いておいて、この思考実験は主催者が途中からアレンジを加えて、先に毒を飲んだ人間の親友だという人間に名乗り出てもらうことになりました。しかし、誰も名乗り出ません。そりゃ自ら毒を飲む役を引き受けたい人なんかいるわけないのです。しかし、そんなときにある1人の男が勇気を振り絞って名乗り出ました。ただ、この男は先に毒を飲んだ人間の親友でもなんでもなかったのです。ただ、このままだと毒が全身に回ってしまい、死ぬだけなので、先に毒を飲んだ人間を助けたいがために名乗り出ただけでした。

 

しかし、そこで主催者は言うのです。「親友ならば、先に毒を飲んだ人間の生年月日と血液型を言ってごらん」と。そうしないと、毒は渡せないと言うのです。親友でもなんでもないこの男は結局何も出てこず、時間切れとなり、先に毒を飲んだ人間は死亡したのです。ここで注目すべきなのは、そのときの周囲の人間の反応です。善意で名乗り出たのは良いとしても、「結果的にこいつがでしゃばったせいで、先に毒を飲んだ人間は死んだんだ!」という、目で見られることになりました。しかし、冷静に考えたら違うでしょう。直接の原因はそうだとしても、そもそも他に親友として名乗り出る人間がいなければ、どっちにしろ死んでいました。この毒は10分経つと死に至る設定のようですし。つまり、この男が名乗り出なくてもどうせ死んでいた可能性は高いです。実際、他に名乗り出そうな人間がいた雰囲気には見えませんでしたし。その場合には、全員の責任になるはずなのです。しかし、あえて名乗り出てしまい、目立つ存在になったことで、この男だけが責められる形となりました。また、そもそもの話をすればこんなゲームをやらせている人間を責めるべきなのですが、その雰囲気は全くなかったのです。

 

私はこのシーンは非常に印象的であり、人間って無能だな(笑)と思えてくるのです。というのも、こういうシーンは現実にも多数あると思うからです。要するに、何かしらの不都合な事態が生じたときに、直接の原因になった人間、または最も目立つ行動をした人間だけが責められる、悪者にされるというのは実際によくあることです。例えば、いじめで自殺をした人間がいると、そのいじめをした人間だけが責められますよね。でも、原因って本当にいじめだけなの?と思えてきます。例えば、両親の仲が悪いとか、それで本人が悩んでいた可能性がある。そのうえでいじめられたから自殺したとなれば、両親も原因になっているじゃん?って話なんです。両親の不仲が、自殺した子を追い詰めていた面があったわけですよね。でも、世間はそういう発想になりません。いじめがきっかけで自殺を図ったときには、悪いのはいじめであると決めて、それ以外にいじめに至った原因がないか?を探そうともしません。いじめが原因であるのは明白だとしても、それが100%か?どうかは別です。ブラック企業の労働者が過労死したときなどもそうですね。ブラック企業を責めるだけで、その企業がブラックにならざるを得ない、日本の社会の仕組みを責める人間はほぼいない。もちろん、ブラック企業で働き続けて、ブラック企業増殖に貢献し、社会に害悪を放ち続けた過労死した人を責める人もいませんが。こういった状況を見ると、世間の人たちは「蓄積」という概念がないのではないでしょうか?

 

ここでいう「蓄積」って何か?っていうと、東京03というお笑いトリオの同名のネタを見ると非常に分かりやすいです。このネタでは、3人でたこ焼きパーティーをすることが決まったものの、角田と豊本が銀だこを買ってきてしまい、飯塚が2人にキレるのです。まあ、たこ焼きパーティーって、1からたこ焼きを作って、それをみんなで食べるのを想像するでしょうからね。ただ、飯塚に怒られた角田は「え?そんなことで怒っているの?」と疑問に感じ、それに豊本も同調し、むしろ角田らが飯塚にキレ始めて、説教を始めるのです。しかし、飯塚は「だから、今日だけじゃない長年の蓄積だよお!!!」とマジ切れをします。飯塚はこれまでに溜まっていた2人に対する不満をぶちまけ始めるのです。たこ焼きパーティーに銀だこを買ってくるという不満だけで、2人にキレたわけではなく、これまでにいろいろな不満が度重なって起きて、最終的に今日発生した不満でキレたのです。今日を迎える時点で飯塚の2人に対する不満度合いは80%とかあったってことでしょう。それが今日100%を越えたと。これが蓄積なのです。

 

つまり、飯塚がキレた原因は1つじゃないと、複数の原因が重なって最終的にキレたわけです。こういう状況は実際に普通にあるでしょうね。さっき話したいじめの例はマジでそうだと思う。いじめ以外の何かの原因が仮になかったならば、自殺をしていなかった可能性があるということです。仮にそう言えるならば、いじめだけが原因じゃないのだから、いじめ加害者だけが責められている状況は理不尽でしょう。両親の不仲以外にも、親が勉強しろとうるさく言ってくるとか、いろいろな原因は考えられ、その原因の候補となるものは無数にあります。たいていは家庭の問題でしょうけど。つまり、いじめで自殺した子供がいた場合、その親は被害者面しているが、加害者の可能性も十分に考えられるわけですな。しかし、親自身も世間もそういう目では見ませんよ。なぜこういう事態になるのか?と言えば、さっき言った蓄積の概念がないからです。いろいろな原因が積み重なって、自殺に至ったという発想を持てないのです。蓄積という概念を持たない無能は、他にも原因があるかもしれないという発想になれず、目立つ行動をしたいじめ加害者だけを責めるわけですな。あとはいじめは悪質だが、それ以外の自殺にかかわる原因はそれほど悪質じゃないという見方もあるかもしれない。悪質の程度なんてどうやって測るんだ?(笑)と思いますがね。いじめと言われる行為の多くは犯罪でもありませんから。都合のいい線引きでもするんですかね?そもそもの話をすれば、いじめと定義づけられている行為に類する行為であっても、いじめとは扱わない行為が山ほどありますよ。「「いじめ」の定義を恣意的に、都合のいいように適用する輩が1番の問題児である - 就職しないで、ブロガーになった人のBlog」の記事でも書いたけど、「いじめ」という言葉に関して、すでに都合のいい線引きが行われているのです。

 

冒頭で紹介したなれの果ての僕らというマンガは、それ以外にも無能な人間の行動などをピックアップしている描写があると私は感じているので、気になった人は読んでみてください。個人的な感想としては、こういうストーリーのマンガ好きなので、本当に面白いなと思います。先ほど紹介したシーンでは、特定の人物が死亡した原因は、実は複数見つけられるのだが、そのうちの1つしか注目しないという状況が描かれています。1つしか注目しない方が、彼らにとって有利だという理由もあるかもしれないが、人間の無能さとともに、卑怯者の部分も表していると言えるでしょう。このマンガでは、この思考実験の主催者に対して「なんでそんなんになっちまったんだ!?お前に何があったんだ?」と疑問を投げかける人間がいて、その人間を論破するシーンがある。猟奇的犯罪が起きると、その犯人がオタクだった、ひきこもりだった、ゲーム依存症だった、いじめられていた、そんなある種の理由を探す。そして、その理由があるからこんなことをしたんだ!とカスゴミは報道し、大衆はそこに「あ!自分とは違う・・・大丈夫だ」と安心感を覚える。そんな大衆の心理をバカにするシーンがあります。それは単なる共通項に過ぎない。事件の犯人が全員ほぼ毎日米を食べていたらたら、米を日常的に食べている奴らは同じことをするのか?因果関係と相関関係の違いすらも分からないバカをバカにするシーンとして、個人的には非常に爽快な感想でしたよ。そういう内容が好きな人にとっては面白いかもしれないですね。

 

 

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私にとって留年を経験したことが今になってもいい思い出でしかない件

以前、アメトーークの「高校ダブり芸人」という回を見たことがあるのだが、これは高校生のうちに留年をしたことがあるという芸人を集めた回である。そして、私も実は留年をしたことがある。それは高校ではなく、大学のときなのだが。ただ、この番組を見て、高校の留年というのは大変そうだなと思いましたよ。しかし、大学の留年というのは意外と辛くないものだなと思いました。高校で留年をすると人生終わりではないにしろ、かなり辛いと思うのです。だって、年齢が1個違う自分が下級生と一緒に授業を受けるわけでしょ?馴染めなくね?と思うのです。私は人見知りが激しいので、特にそういうリスクがあったと思います。実際、私が高校に入ったとき、1年のときのクラスにそういう子がいたのです。留年してもう1回1年生をやっている年上の人がいて、その人は本当に馴染んでなかったです。でも、大学ってそういうのがないんですよね。私は4年の時に留年したのですが、大学ってクラスがあってないようなものであり、かつ4年になるとクラスの授業が一切なかった。だから、そういう気まずさがないのです。

 

私の大学での留年の体験談としては、辛い部分がほぼなかった。むしろ楽しかったくらいです。高校生までが抱えるような留年の悩みというのが、大学では存在しない。強いて言うならば同学年の人たちは卒業してしまったため、学内の知り合いがだいぶ減ってしまったということくらい。ただ、幸運なのか?分からないけど、大学生活で1番仲が良かった人も一緒に留年をしてしまったのです。だから、友達には困らなかったというのもある。仮にその人がいなくても、ぼっちで1年間キャンパスライフを送るだけだから、大した苦痛やつらさはないと思います。クラスに馴染めないとか、そういう悩みがないからです。さっきも言った通り、私は同じく留年した友達がいたので、私の場合には去年までと同じようなキャンパスライフが今年もまだ続いているくらいの感覚でした。留年の体験談といっても、辛い思い出は全くないです。親に怒られたとかもなかったですし。

 

私の場合、そもそも留年を避けようと思えば多分避けられたと思います。ただ、妥協的な理由で留年をしたのです。だから、怒られなかったのでしょう。私がなぜ留年したのか?と言えば、当時は就活をしようと思っていたので、それを考慮してあえて留年をしたのです。4年生に上がったとき、残っていた単位は確か34くらい。就活を控えているという意味では、10~20くらいに抑えておくのが理想みたいな雰囲気はあったと思う。だから、私の当時の残りの単位は就活を控えている身としてはかなり多い方だった。しかし、学業だけに専念すれば留年せずに取得できたと思う。でも、就活と34単位の学業を両立できる気がしなかった私は、あえて留年をして、単位を減らして就活に専念しようと思ったのです。その結果としての留年なので、妥協して留年した面もあったということです。親に言えないという悩みを抱える人もいると思いますが、私は親と相談したうえでの留年でしたから、親に言えない悩みとかもなかったのです。こんなに留年をポジティブにとらえている人はなかなかいないだろうなくらいに、留年に対して前向きでした。留年は辛いことのように捉えられるが、私の体験談をこうして振り返ってみると、辛いことがほぼなかったです。モラトリアムがもう1年伸びて、やったー!という感じでした。

 

大学の留年は私の同じように辛いことに関しては、高校までよりは絶対に少ないでしょう。留年を親に言えないとか、そういう悩みはあるかもしれないが、学生生活への問題というのは、大学の場合にはほとんどないと思うのです。高校までと比べてクラスの存在が軽薄であるというのが大きいと思います。クラスがどの程度大学生活において大きなものか?というのは大学によって違うかもしれないですけど、大学生はクラス以外で友達を作る人も多いので、意外と大したことないような感覚になってしまいます。お金の問題とかもあるので、気軽に大したことないとは言いづらいですけど、留年を楽しいものと思えた、そのときの私の感覚っていうのは、今に生きている気がします。要するに多くがマイナスに捉えているようなことをプラスに捉えられるこの感覚というのは、今になって思うとものすごい重要なものだと思うのです。世の中で留年を楽しいものと感じている人はあまりいないと思うのです。就職留年とかだって、自分で留年を選んだとはいえ、できればしたくなかったわけですから、マイナスの意識が強いと思います。私は留年をして以降、人々が感じるものとは違う感覚を芽生えることが多くなり、それが今に至っているような気がします。

 

当時の留年してた頃の体験談を自分で振り返ってみても、懐かしいとか、楽しかったなという思い出が強いですが、その就職活動をして、就職できなかったことも今では良かったと思っています。3か月くらいしかやってないですけど、自分は就職することもそうだけど、就活そのものにも向いていないと思ってやめたんですよ。今では悠々自適な年金暮らしの人みたいな生活をしています。暇な時間がありすぎるので、仕事を微妙にやっていますけど。就職できないで自殺をする人がいる中で、就活をやめた当時からあまりマイナスな印象がなかったですから、何かその頃から多面的な見方できるようになってきたなという感覚になってきたのです。分かりやすく言うと、幸せとか、不幸とかいう概念が頭から消えてきたんですよね。一般的な幸福や不幸という概念は知識として知っている面はあるものの、それに共感できなくなってきたというか、自分の感覚として特定の事象において幸福も不幸も感じないみたいな状況になりつつあったのです。例えば、会社をクビになるとお金が得られなくなって困るかもしれないけど、会社に行かないで済むという、とんでもないメリットが手に入るわけです。私にとっては前者の問題点よりも後者のメリットの大きさの方がでかく感じてしまうのです。結局幸福と不幸の両面が感じられるものはそのどちらでもないという認識になっていますし、それは世の中で起きることの全てでしょう。そんな感じで、多くが不幸に感じるようなことが、私にとっては幸福でも不幸でもないような、そんな概念がどこかに消えてしまったような感覚は大学を留年して以降身に付いたものですが、それは今も変わっていません。

 

幸せとは、気づくことである

幸せとは、気づくことである

 

 

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不倫報道の番組に平気で出演する弁護士って悪質極まりない

この前の記事と関連する内容になるが、連日芸能人の不倫の話題でワイドショーは賑わっている。しかし、こういった番組に弁護士がたびたび出ているのを見るのだ。法律的な見解を求められているのかもしれないが、こういった番組に出ている弁護士は基本的に悪人だと私は思っている。マジでヤバイ奴ら。カスとしか言いようがない。この前の記事でも言及したが、芸能人の不倫報道は名誉棄損罪に該当する行為であり、それを1番よく知っているのが弁護士のはずだ。つまり、法律の観点から言えば、訴えなければ犯罪にならないとはいえ、望ましい行為ではないだろう。弁護士が「訴えられなければ、他人の名誉をいくら棄損したって構わない」とは発言しないはずだから、犯罪として成立していないことはもはや関係ない。どう考えても矛盾が生じる。つまり、弁護士が名誉を棄損する行為を望ましくないと考えているならば、こんな番組に自ら出演して、その悪質な報道を助長するなんて言語道断である。法律家失格だろうと。そんな弁護士の意見を賞賛している大衆のコメントもあるようだが、こいつらもカスだな(笑)としか思えませんな。悪人を賞賛している時点で、こいつらも悪人だもん。悪人は悪人の言うことに共感できちゃうんでしょうけど。

 

悪質な報道それ自体を咎めるべきなのだが、そんなことをしている弁護士なんて見たことはない。少なくともテレビなどに出ている弁護士は絶対にしないはず。そんなことをしたら、テレビなどに一切呼ばれなくなるから。仕事が単純に減ってしまう。だから、こういう奴らは魂を売ってしまったんですよ。お金に困ってるのか?知らないけどね、そんなことまでしてしまうような弁護士が普通にいることが本当に恐ろしいです。犯罪に類する行為を助長してる存在なんですよ。弁護士なのに。法律の観点からではなく、倫理などの観点から当事者を悪く言う弁護士もいたが、いやいやお前がまず悪人だろうと。倫理的にアウトなのはお前だよ。と、本当に罵ってやりたかったが、悪人は自分で悪人とは気付けないのだからしょうがない。金に困って振り込め詐欺をやるような連中と何が違うんだろうね?マジで違いを聞いてみたいよ本人らに。こういう連中はマジで社会の害悪でしかない。マスゴミがのさばること自体が害悪でしかないが、それを完全に助長している。人間は金のためならば何でもするって時点で、こういう弁護士が実際に犯罪者になっても不思議じゃないな。弁護士が堂々と犯罪まがいの行為に協力をするって、こんな民度(笑)や倫理観(笑)の低い奴らが弁護士をやれてしまうこの国はおしまいだと思うよ。始まってすらいないと思うけど。

 

ただ、今更振り返ってみると、こういった状況を認識できるケースは実は今までにもあったのです。私の中学校の同級生で今フジテレビでアナウンサーしている人がいるんだけど、この人もマスゴミで働いているということはそういうことなんだろう。名前を出せば多くが知っているくらいの有名人だと思うが、この人は中学時代は3年生のときに私と同じクラスで、当時学級委員をやっていて、秀才というイメージしかなかったが、今になればこいつはカスという印象しかない。その人間でもこういう業界に就職するんだから、弁護士が悪人に成り下がっても不思議じゃないよね。弁護士は世間ではエリートのイメージだが、勉強ができることと頭がまともか?どうかは全然違うということだ。司法試験が得意であれば、悪人でも弁護士になれるわけですから。

 

ただ、この問題はテレビに出ている弁護士だけではない。この話題の当事者の名前を出しながら解説などをしている弁護士も同罪だ。結局していることは不倫の事実の拡散です。マスゴミとやっていることは同じ。害悪でしかない。あとはこういうニュースが出ると、当事者がかかわっている企業などが芸能人に損害賠償することもあるが、こういう企業もカスだと思っている。結局、何かしらの損害を被ったとして、それを招いたのはカスゴミの報道それ自体だ。芸能人が不倫をしようが、カスゴミが報道をしなければ世の中のほぼ全員はその事実を知らないし、CMとかに出ている企業のイメージダウンにつながることもなかった。つまり、不倫をしただけでは100パー起きないことが起きたのはカスゴミのせいなのだが、企業はカスゴミを訴えることはしない。それは結局はカスゴミを敵に回すことの恐ろしさゆえだろう。だから、こいつらもカスゴミをのさばらせる原因になっている。

 

そもそもカスゴミを訴える、訴えないとは別に、芸能人を訴えている時点でカスだがな。すでに話したように、不倫をした芸能人は企業に損害を与えた張本人ではない。芸能人が不倫をしただけでは企業への損害は100%起きない。包丁で人を殺したやつではなく、包丁を作ったメーカーを訴えているようなもんだな。不倫をしただけでは損害なんて起きるはずがないのに、その状況で芸能人を訴えるカス企業とかマジでさっさと滅べばいいのに。違約金は契約上の問題だから別だが、損害賠償をしたなんてニュースがあったら、こいつらクズだなと思って、その企業を見た方がいいと思うよ。まさに強者に歯向かう力がないカスが弱者を食い物にしている状態だな。単なる弱い者いじめだ。今回のコロナ騒動で打撃食らってるところは多いかもしれんけど。まさにいい気味だよ。所詮、日本の企業も悪人をのさばらせている。それこそが真のブラック企業だと思っている。そもそも芸能人への損害賠償が認められてしまう、今の法制度それ自体もカス。つまり、政治家もカス。政治家がカスだから、その中でカスが生まれるんだろうな。体質がカスの国なんでしょう。デヴィ夫人も言っていたように、日本人はリンチ、バッシング、集団暴行が大好きな国民性だからな。仕方ないね。

 

 

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安藤優子って、なんで不倫の報道をするマスゴミを叩かないで当事者だけ叩くの?

私は基本的に安藤優子という人間が大嫌いです。前から嫌いだっただけど、某芸能人の不倫報道に対するこの人のコメントを見てさらに嫌いになった。この人は去年くらいに起きた児童の連続殺人事件に関して、「社会全てを敵に回して死んでいくわけですよね。だったら、自分1人で自分の命を絶てば済むことじゃないですか」と語ったことが分かっているが、よくもまあこんな発言ができるもんだなあと。この人って自分でまともな頭をしていると思っているわけ?この発言さ、テレビで放送されてんのよ。多くの人たちが見てるのよ。同じような事件を起こす可能性がある人間も見ているかもしれない。なぜわざわざ彼らを挑発するようなことを言うの?この人の頭バグってるの?と、当時思ってました。こういう発言をした人は他にもいたわけだが。この時点で、こいつ想像力がないやべえ奴だと確信した。何らかの事件が起こる可能性をわざわざ高めるような行為を平気でしてしまう。その結果、こいつが狙われるなら自業自得だから構わないけど、無差別で危害を加える人間が出てくるのよ。本当にこういう発言をする人って害悪でしかないわけ。しかも、それを本人は恐らくまともな行為だと思っている。この発言をすることのメリットってなんなん?メリットが1つでもあるの?

 

そして、某芸能人の不倫報道でワイドショーは賑やかですよね。でも、この人は当事者をバッシングする発言をしていたみたいなのです。私は基本的にマスゴミの人間が大嫌いなんですが、世間はそのマスゴミの悪行をスルーしますよね。この人もそうだ。マスゴミ側の人間だから、叩くわけにもいかないのかもしれないが、都合でそのような行動をとっているのだとしたら、随分卑怯者なんだあと思えてきます。芸能人の不倫に関する報道は、弁護士の見解によると名誉棄損罪に該当する可能性が高いらしい。実際に裁判をしてみないと確実なことは言えないが、可能性が大いにあるという。でも、それは暴行とか、傷害もそうなのよ。裁判してみないと有罪になるか?は確実には分からない。でも、裁判してみないと有罪になるか?は分からないという理由で、人を物理的に攻撃する行為をこの人は容認するとは思えない。じゃあ、なぜマスゴミのこの悪行は責めないんでしょうね?理由があるとしたら今まで言ったとおりだ。マスゴミが悪だとしたら、それを報道する側に長く立っていたこの人も悪人になるから。

 

これは日本人全般にも言えることだけどね。不倫の当事者だけを叩いて、その報道をする側を叩くことはまずない。犯罪行為を容認する。それが日本人なんですよ。犯罪OKのスタンスが日本人なんです。強姦をしても訴えられなければ何も問題ないとは多くは思わないはずなんですよ。今のところ強姦罪親告罪だからね。じゃあ、芸能人が訴えなければ不倫報道はOK!とは言えないと思うんですけど、なんでこれは無視するんですかね?芸能人を叩くネタがなくなるから?芸能人って、パッと見では庶民よりもいい生活している人が多いのかもしれない。そういう人間が庶民にひれ伏す瞬間を見たいんですかね?マスゴミが不倫の報道をやめたら、そのチャンスが大分なくなりますからね。だから、マスゴミの報道を叩かないんですかね?不倫は厳密に言えば犯罪になりようがないのですが、そっちを叩いて、犯罪になる可能性が十分にある行為を無視するって(笑)これが麻生太郎が言う民度が高い国民ですか?(笑)逆に言えば、テレビなどを見ながら彼らをせっせとバッシングしていたから、外出なんてする必要はなかったのかな?(笑)

 

特に私の安藤優子に対する怒りは強い。この人が長くこの業界で仕事をしてきたからというのも理由として大きいですがね。他人の人生を壊すような報道を平気でスルーする。問題ないと思っているのがまず異常です。不倫の当事者を叩くのに、不倫報道をしている人間はなぜ無視なのでしょうか?本当に聞いてみたいですよ。私はこの業界に就職する人間は、そういう人なんだと思ってますから。過去に付き合いがあった人でも、この業界で働いている人とは完全に縁を切ってます。近づいたらヤバいと思ってますからね。安藤優子に関しては、ここで取り上げた2つの事例が特に大きいものの、それ以外でもちょいちょい、こいつなに言ってんの?(笑)呆れる発言を何度か目にしてきた。それが積み重なって、今の私の怒りになっているのでしょう。この人も結局マスゴミの悪行を叩かないのだから、彼らのそういう行為を容認する姿勢なのでしょうか?坂上忍とか、過去に飲酒運転と逃走事件を起こした人間を今日ではカスゴミは重用するわけですから、そういう人間に合う業界なんでしょうな。私が何らかの名誉を棄損される報道をされる側の人間だったら、その記事を書いた記者を特定して、合法な手段の範囲内で社会的に抹殺するだろうな。こういうのは会社を訴えても意味ない。こういうのは個人を悪者にしないとダメ。会社が一時的にダメージを負っても、大きなところは復活できるし、そこで働く社員の影響は限りなく小さいと思う。だから、個人を攻撃しないと意味がない。それを芸能人らがしてくれることを願いたいものだが、やる奴はいねーだろうな。それにこんな業界にいる時点で、芸能人もそういう人間なんでしょうから。そして、テレビとかでこの話題に関して見解を述べている弁護士もね。マスゴミを叩いたら仕事減っちゃいますからね。やべえ奴しか集まらない業界なんですわ。

 

 

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「人格否定」に走ったうえで、論破されたらむちゃくちゃダサいw

論破されそうになると、「論点ずらし」という手を使う人がいます。論点ずらしを指摘されると非常にダサいんですけどね。その論点ずらしの1手法としてよく使われるのが「人格否定」というものです。人間性の否定という言い方もできますが、私は今まで何度も見てきました。この幼稚な手を。人格否定っていうのは、まさに論点ずらしの手段の1つで、当初の論点で論破されそうになった側が、なんとか相手の悪い部分を見つけて否定してやろうと考えたときに使う手段です。当初の論点ではもはや反論ができなくなったときに、論点を変えて、特に相手の人間性の部分で否定できそうなところを探す、または否定できそうな言い回しを探すのです。例えば、「友達なくすよ?」とかです。これたまに使う人いますよね。これを言っている側の考えとしては、対象となる人物の言動などが自分たちにとって不都合であるという認識があるはずです。例えば、AがBの悪いところを指摘したようなときに、Bとしてはそれについて反論できない。しかし、自分が悪く言われた状況に我慢ならないときに「(悪いところばかり見るような行動は)友達なくすよ?」という言い方をするのです。

 

客観的に否定できる材料がないので、反論が本来ならば不可能なのだが、友達をなくすよ?というネガティブなワードを出すことで、悪い指摘をした側が悪いという意味を持たせているわけです。友達をなくすよ?というワードは、言い換えれば「友達に嫌われるよ?」という意味であり、あなたは人に嫌われるようなことをしているんだよ?という意図に聞こえます。つまり、そうやって反論できない相手に、論点を変えて反論をするのです。ただ、これは本人は否定した気になっているのだろうが、反論になっていない。友達をなくしたらダメなの?とマジで思う。そもそもの人格否定は論点ずらしの1手段なので、友達をなくすか?どうかはそもそもどうでもいい話なんですよ。「うん、それがこの話と何の関係があるの?」と返すことが可能だ。悪いと指摘した部分が、悪くないという反論なら論点通りだが、その結果友達をなくしたらなんなん?ダメなん?と、私なら思うだろうね。私は基本的に頭の悪い人が嫌いなので、こういう返しをする人ならば、離れていってもらって構いませんし。それに友達に嫌われるという指摘を実際に私にしてきたならば、「悪いと指摘したことに関して反論できず、素直に謝ることもできず、悪いと指摘した相手を嫌いになるなんて相当ガキなんだねw」とでも返すと思います。これをアドバイスのつもりで、好意で言っているという可能性もあるが、結局論点をずらして、自分の非から話題を逸らしている部分を指摘されたら終わりです。

 

そして、以下は私が実際に経験したことだが、私はある論点について話し合いをしていた相手を論破し、最終的に「お前って面倒くさい奴だな」と言われたことがある。相手は完全に何も言い返せない状況だったのだが、そのままフェイドアウトするのが嫌だったんだろうね。分かりやすい人格否定を始めたのです。人格否定ってのは、論破された側に残された最終手段なのです。それをこうやって発動してきたわけですけど、相手は私を「面倒な人間」という扱いにすることで、私の人間性の価値を下げようと考えたのでしょう。さっきの「友達なくすよ?」に近い気もしますが。私はその相手に「そりゃそうだよねw私のせいで、あなたは木っ端みじんに論破され、自分の主張が間違っていると認めざるを得ない状況になってしまったのだから。自分を無能だと認識してしまうような原因を作った私は、あなたにとってかなり面倒な人間だと思うに決まってるよねw」と、嫌みったらしく返信しておきました。当然ですが、以降は返信はありませんでした。このとき私は思いました。人格否定をするならさ、こんなダサい終わり方で逃げるなよ(笑)と。

 

相手もこんな返信がくるとは思ってなかったのでしょう。面倒くさい奴だという指摘をして、ある程度反論できるという算段があったのかもしれないが、普通に何も返信しないで逃げた方がマシだったでしょ。相手にとって誤算だったと思うのは、私が「面倒な人間である」ことを認めてしまったことです。面倒な人間っていうのは、本来はネガティブなワードで、相手としてこれを肯定するとは思っていなかったのでは?と思います。でも、私は肯定しました。なぜか?肯定するとなれば、面倒な人間という部分に関して、相手はそれ以上追及することができないと思ったから。いや、俺は面倒な人間じゃない!と返せば、いや、お前は面倒だよと反論されるはず。でも、面倒な人間ですが?と認めてしまえば、相手としては否定する部分がない。むしろ、この場合には私が面倒な人間であると認めることによって、相手の無能さを強調でき、相手に対するダメージをでかくできると考えたので、こういう返しをしたのです。

 

人格否定をするというのは、相手がバカの場合には通用するケースもある。しかし、相手によっては効かないどころか、大きな火傷を負う可能性があるのです。人格否定の場合には、否定した部分を肯定されたらおしまいですから。さっきの友達なくすという例だと、「あなたたちのような自分の非を素直に認められないガキに嫌われてさ、私に何か困ることあるの?w私にとって、あなたたちのような人間は一体どんな特別な価値があると思ってるわけ?w」とか、言われたら反論は厳しいと思いますよ。世の中にはもっと優秀な人間がいるので、そういう人間とだけ付き合えば良いんじゃないですか?バカに嫌われるデメリットってあるんですかね?犯罪に走るようなヤバイ奴とかだったら、デメリットあるかもしれないけど、その場合にはその相手が自身をそういうヤバイ奴だと認める必要性があるので、そういう返しはしてこないでしょう。

 

人格否定というのは、いろいろなところで見られます。例えば、ホリエモンに対して「でも、お前犯罪者じゃん」とか、「犯罪者に言われたくない」など、そういう否定の仕方をする人も多々いるが、そういう悪口しか言えないってことは、この論点では言い返すことができないのね?って思ってますよ。人格否定は相手を論破するために1つの手段なので、個人的には随分幼稚だなとは思うものの、それを使ってはいけない理由はありません。しかし、その人格否定を論破されたら、むちゃくちゃダサいと思うのでお気を付けください。ダサいってのは、単なる私の感想ですが。人格否定に走っている時点で、すでに1回論破されている状態なのに、その後さらに論破されるってヤバいでしょ。人間は多くがガキだと思うので、明らかに自分の言っていることが間違っていると認めざるを得ない状況でも、素直に間違っていたと認める人はまずいないでしょう。大人であっても。特にネット上はそんな感じで、だから人格否定を使う人たちが多くいるのだが、これを使う奴を見ると、益々「こいつらマジでガキだな(笑)」と思えて仕方ないです。

 

 

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遊戯王カードへの投資って、投資の中ではかなりリスクが小さい手法なのではないか?

遊戯王カードを投資として利用している人が実際にいます。遊戯王カードも株の売買みたいに短期的に行う人と長期的に行う人がいます。短期的に行うときには相場の上がり下がりを事前に予測しないといけないので、個人的には難易度が高いと思っています。しかし、長期的に行う際には難易度は極めて低い。遊戯王カードに造詣が深い人であれば、値が上がるカードはだいたい読めると思うのです。特に初期(1~3期くらいまで)のカードに関しては高値になっているものがたくさんあります。私は投資目的で買っているわけではないものの、遊戯王カードを集めています。現在はたまに買う程度ですけど。遊戯王カードの中でも初期のカードは高値のものがたくさんあり、そういう高値になっているものは、恐らく今後も値を上げ続けると思います。ちょっとジャンル分けしてみたので、参考になればと思います。

 

・初期のレリーフレアのカード

遊戯王カードの初期のカードの中でも、例えば通称レリーフ(公式ではアルティメットレアと呼ばれている)と言われるレアリティのカードは長期的にじわじわと値が上がっています。特に2~3期と言われる時代のレリーフのカードに関しては、今後値が落ちる考えづらいでしょう。このレリーフレアというのは、彫刻のような感じでイラスト部分に凹凸があり、芸術性が極めて高いレアリティだと思います。このレリーフは2期の千眼の魔術書というパックから登場しました。2~3期のレリーフだけで何十種類とありますけど、2020年現在で、高いものは青眼の白龍で5万円(青艶と言われているものは10万円以上)ほど、安いものはいくつかありますけど1000円強くらいです。その間の価格帯のカードもいくつかあり、全体的に時間の経過とともに値段を上げてきているのです。青眼の白龍レリーフは数年前は1~2万円だった気がしますが、今では美品は5万円程度出さないと買えないかな?と思います。最近は青艶というエラーカードの存在が確認され、こちらの青眼の白龍レリーフは10万円以上の相場になっているのです。遊戯王カードの初期の相場の中ではかなり高い方になります。値段が高いものほど今後の値上がり幅も大きくなる可能性があります。

 

レリーフに関しては、30パックがセットになったBOXの中に稀に1枚入っているというもので、確率的にかなり出にくいので、こういった高い価値となっているのです。1枚1万円を超えるレリーフは結構あり、そういったものも去年までだったら1万円しないで買えたのになという感じで、長期的に見ればじわじわと相場が上がってきています。そういうカードを何枚も所有していれば、勝手に資産が増えるという状況なのです。遊戯王カードの初期のレリーフに関しては、再録ということがまずないでしょう。遊戯王カードで再録されやすいカードは、現役のデュエリストに好まれやすいもので、デュエルに強いカードなのです。初期のレリーフに関しては、今のデュエルで使われることはなかなかないものが多いです。だから、違うレアリティでの再録もあまり考えづらいですが、レリーフでの再録はほぼ考えられないと思います。つまり、今後流通枚数が増えないという可能性が極めて高いので、投資案件としてはおすすめということになります。仮に再録されても、現在のレリーフ加工と初期のレリーフ加工が違いますから、初期のレリーフの価値に変動はないと思います。

 

このレリーフレアのカードは特におすすめで、過去に相場が上がった実績が何度もあるわけです。長期的にじわじわ上がるということはすでに説明しましたが、短期的に一気に上がったときもあって、例えば、デュエリストパックのレジェンドデュエリスト編5が発売されたときには、獏良了が使っていたダークネクロフィアというカードが、このパックで強化されることが発表され、それによってダークネクロフィアのレリーフが高騰しました。それまで美品で4000円程度だったのが1万円を超えました。現在では1万5000円くらいになっています。あと最近また発表されて、同じくデュエリストパックの冥闇のデュエリスト編でサイコショッカー強化が発表された後、人造人間サイコショッカーレリーフが高騰しました。それまで美品で3000円くらいだったのが7~8000円くらいになったのかな?こういったカードを大量に持っていた人が一気に資産が増えたわけです。これらはいずれもヤフオクなどの相場です。こういう特定のカードのサポートカードが後から販売され、それによって既存のカードが強くなるときには、そのカードの需要が高まり、主に最高レアリティのカードが高騰するのです。ダークネクロフィア、人造人間サイコショッカーウルトラレアとかもあるんですけど、レリーフの方がレアリティが上なので、こちらが高騰したということです。

 

・ゲーム特典のカード

遊戯王カードの初期のカードの中で現在値段がじわじわ上がっているのはゲーム特典のカードです。代表的なのはホーリーナイトドラゴン、究極完全体グレート・モスです。この2枚は希少性が高いというのが最大の理由です。両方とも美品だと10万円以上となっており、1、2年前は5~6万円くらいが相場だった気がします。そして、レッドアイズブラックメタルドラゴンに関しては1万5000円くらいでしょうか?こちらも1、2年前は8000円くらいだったかな?と思います。あと、マニアックなものとしてはトゥーン・ブラックマジシャンガールをはじめとする通常版にしか存在しないウルトラレアのカードです。ゲームボーイアドバンスのソフトとして販売されたエキスパートシリーズの製品で、初回限定版と通常版の2種類が存在するのですが、結果的に通常版の流通数があまりにも少なかったらしく、通常版に入っているウルトラレアのカードが軒並み高くなっているのです。ウルトラレアとシークレットレアでは、後者の方がレアリティとしては上なのに、結果的に流通枚数が少なくなってしまったウルトラレアの方が価格がものすごい高くなってしまったのです。それがトゥーン・ブラックマジシャンガールを代表として何枚かあるのです。こちらはカードの種類にもよりますが、トゥーン・ブラックマジシャンガールは2万円前後ですが、例えば究極竜騎士(マスター・オブ・ドラゴンナイト)は10~20万円くらいします。ちなみにシークレットレアの方は数百円程度の価値しかありません。

 

・世界大会配布のカード

 大会配布というのは、これは枚数がかなり少ないので、時間の経過とともにかなりの確率で値段が上がっていきます。絶対ではないものの、可能性は高いでしょう。大会限定のカードというのは、WCSという遊戯王カードの世界大会の来場者などに配られる特典カードで、多くても1万セットとかだと思うので、数としては多い方ではないと思います。例えば、2017年のWCSで配られた1枚のブラックマジシャンガールのホログラフィックレアは、当初は1枚7~8万円くらいでしたが、今では25~30万円くらいになっています。ただ、非常に珍しい出来事があって、同じく2017年に配られた青眼の亜白龍のシークレットレアなのですが、これは後に大暴落をすることになるのです。このカードは当初は1枚10万円くらいが相場で、時間の経過とともに徐々に値段を上げていきました。しかし、その後ある理由により、相場が大暴落したのです。12~13万円くらいまでいったときに、一気に半分以下まで落ちました。何があったのか?というと、いわゆる再録です。しかも、全く同じレアリティでの再録だったのです。違いは型番だけということで、青眼の亜白龍のシークレットレアは1番底のときで5~6万円まで下がったのです。その後相場は復活傾向にありますけど。

 

遊戯王カードは買ってもらわないと商売にならないので、強いカードは再録することが多々あります。そして、この青眼の亜白龍というカードは、現状の遊戯王カードのルールではかなり戦力になるカードであり、カード自体の人気もありますけど、強いから欲しいという需要が存在していたのです。で、再録前の時点ではシークレットレアは確か2500枚くらいだった気がします。しかし、それが再録により、世の中に大量にばらまかれたので、価値が一気に落ちたのです。こういう例があるということです。ブラックマジシャンガールは現役のデュエルで使えるようなカードではないので、強いから欲しいという需要はあまり存在しません。むしろ、コレクション目的の需要が大半でしょう。だから、再録もされずらいですし、されてもレアリティが違うとか、イラストが違うとか、そういう状況であり、それによって価値の暴落はまず起きないのです。これはブラックマジシャンガールだけではなく、初期のカードは多くがそうです。

 

あと、初期のカードと現在のカードでは紙質が異なっています。消費税が10%に上がる前だったかな?遊戯王カードはパックやBOXの値段を消費税込みで据え置きにするために、カードに使っている紙を品質の悪いものに変えるという策をとりました。だから、それ以前と以後ではカードの紙が違うんですよね。これは実物を見ると違いは一目瞭然です。昔のカードの紙質は艶があったんですけど、今のカードの紙質はマットな感じです。だから、昔のカードが同じレアリティで再録されたとしても、紙質の違いで昔のカードの価値は大して落ちないだろうと予測されます。その根拠となる事例もあり、何年か前に出た遊戯王のあるセット商品の中に、遊戯王オフィシャルカードゲームのVol1の復刻パックが入っていたことがありました。1999年に発売された遊戯王カードの第一弾のパックです。その中には当時と同じカードが入っており、目玉カードはブラックマジシャンのウルトラレアです。そういったことが起きた後、復刻版ではない、1999年当時に発売されたパックから出るブラックマジシャンのウルトラレアの相場は落ちたのか?というと、全く変化はありませんでした。明らかに紙質が違うというのが大きかったと思います。あとは右下にある偽造防止のホログラムの有無という、細かい部分も厳密に言えば違うのですが。ちなみにさっき出した、青眼の亜白龍のシークレットレアに関しては、初出の2017年のWCSのものが出たのは、紙質が変更になった後なので、その後の再録版のカードと紙質は全く一緒であり、それが暴落につながったんじゃないか?と思います。

 

・禁止カード

遊戯王の公式大会などで使用できるカードとそうじゃないカードがあり、後者は禁止カードと言われています。友達とデュエルするときには禁止カードを使ってもいいのですが、公式の大会ではデッキに入れてはいけないカードがあるのです。同じようなルールで制限カードというのもあり、これはデッキに1枚ないし2枚までしか入れられないカードです。禁止カードというのは、ずっと禁止とは限らず、あるときから解禁されることもあります。そして、特定の禁止カードが解禁された直後というのは、そのカードへの需要が集中し、一気に高騰することがあります。特にレアリティが高いカードです。禁止カードは効果とかが強すぎるから禁止になっているので、解禁されれば誰もがデュエルで使いたくなるわけです。あとは制限カードが制限じゃなくなり、デッキに3枚入れられるようになるとか、そういうこともありえますが。禁止カードが解禁された例で言えば、最近だとサンダーボルトがそうです。ただ、サンダーボルトに関しては、解禁された直後にホログラフィックレアやシークレットレアのものが登場したので、初期のスーパーレア以外はあまり高騰した印象ないですけどね。スターターボックスという1999年に発売されたセット商品があるのですが、これに入っているサンダーボルトは結構高い値段で取引されています。あとはマリクが使っていた処刑人マキュラというカードも確か禁止カードから解禁されたはずです。こちらはレリーフがあるのですが、このレリーフに関しては多少値が上がった印象です。だから、禁止カードを買い集めるというのは1つの方法ですが、これはちょっとリスクがあります。いずれ解禁されるとは限りませんし、再録という可能性もありますから。でも、投資の方法の1つではあるということです。

 

・その他限定カード&製品

先ほどブラックマジシャンガールの話をしましたけど、ブラックマジシャンガールと言えば、2019年には販売されたDVD、Blu-rayの特典カードにもなっており、これが20thシークレットレアだったのですが、これも世の中には枚数があまり多くなく、1万枚強くらいと言われているようです。その結果、値段が高騰し、当初は5000円くらいだったのが最高値で3万円くらいまでいきました。その後やや下がって、2万前後くらいまで落ちましたが、その後また相場が伸び始めて、3~4万円くらいまで上がっています。いずれ10万円超えるときがくるのではないか?と思っています。こういう限定販売の製品に入っているようなカードは狙い目ですが、特に初期のカードであれば、高騰する可能性はあります。あとはカードと言えるのか?分かりませんけど、青眼の白龍の純銀製、純金製のものが販売され、これが定価で数十万円くらいしたはずです。しかも、希望者が全員買えたわけではなく、抽選で予約できるという品だったため、販売直後から転売され、値段がどんどん上がりました。Youtuberのヒカル氏の動画を見るとよく分かると思います。これに関しては、ほぼ100%値段が上がると確信できた商品です。投資対象として購入しようにも、売っているところがなかなかないわけですから。絶対に値段は上がりますよ。遊戯王カードの投資をするならば、そういう知識は知っておかないといけませんけど、詳しければ相場の情報などを把握しやすくなるので、投資としては成功できる可能性は十分にあると思います。個人的には初期のレリーフの美品を買っておくのが良いと思います。レリーフに関しては早く買わないとどんどん値段が上がっていくでしょうからね。レリーフはリスクなしで徐々に資産を増やしていくことができる1番のレアリティだと個人的には思います。リスクが0とは言わないけれども、長期的な投資として遊戯王カードを買うならば、これが1番おすすめだと思うのです。

 

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公務員試験というのはどうしても全落ちのリスクがあると思います。公務員試験というのは大学受験とかに似ています。受験する数に関しても多くても10とかじゃないですか?試験種単位で言えば、年間ではそれくらいでしょう。大学受験も私立大学を中心に受ける人であれば、5~10くらいが多いと思います。そのくらいの数しか受けられないと、全落ちの可能性は否定できません。そして、実際に公務員試験を全落ちしている人は一定の割合で存在しているはずです。筆記試験すら受からない人もいれば、筆記試験は受かるけど面接試験で落ちてしまうという人もいるでしょう。公務員試験で全落ちする人の理由などはそれぞれ違っているものの、公務員試験で全落ちする可能性は常に頭に入れておくべきだと思います。

 

・公務員試験で全落ちすることは珍しくないと言える

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公務員試験の場合には既卒になっても受けられますから、全落ちしてもまた来年頑張るということもしやすいですがね。民間の場合には新卒と既卒の違いが大きいので、また来年頑張るという手段を容易にとることはできないのです。就職のためにあえて留年する人もいますけど。公務員試験で全落ちする人は割合的にはそこそこいると思いますが、やはり筆記試験で全滅する人と面接試験で全滅する人は事情が全然違うので、そこは覚えておいてほしいです。面接試験も改良することができないわけではないものの、評価ポイントというのは確実に抑えることができず、面接官のさじ加減になってしまう部分はどうしてもあるので、そこは覚えておいてほしいですけど。再受験する人は多くいますし、再受験自体が不利になることはないでしょう。したがって、公務員試験の再受験は現実的に考えていきましょう。同じ市役所、同じ自治体を受けるということも特にありませんし、それが不利になるとは思えません。

 

公務員試験の浪人というのはそこそこいますし、そういったときに同じ試験種を受ける人は山ほどいます。そして、地方上級や市役所試験などにおいては同じ自治体を受けることもあるでしょう。多くの人は自分の出身県や市の自治体を受けるので、そういった受け方をするならば、公務員試験では同じ自治体を受けるということがありえるのです。同じ市役所を受けたところで、そもそも市役所側がそれをどこまで認識しているか?は不明です。筆記試験においては、同じ市役所を受けても不利になることはありえないでしょう。したがって、問題は面接試験ですけど、面接試験においても不利になるようなことはあまり考えづらいです。すでに話したように、そもそも同じ自治体を受けていることを面接官が知っているのか?が謎です。調べればわかることですけど、いちいち調べているのでしょうか?前年と同じ面接官だったら、もしかしたら記憶にあるかもしれませんけど。去年と同じ自治体を受けても、同じ面接官に当たることはなかなかないと思いますけど。

 

だから、去年落ちたところ、過去に落ちたところに再度受けるのはどうなんだろう?と思う人がいるかもしれませんが、それは気にしなくていいと思います。不利にしないといけない理由がありません。去年の自分と同じ自分であるわけがないので、結局は今年また面接で審査をすることになり、そこでの評価が良ければ受かることもあるということになります。面接試験の評価だけではなく、筆記試験も考慮されて最終合格が決まることが多いので、面接試験の点数が高くても絶対に受かるとは言えませんから、そこは覚えておきましょう。公務員試験で筆記試験、面接試験で全滅するようなことは避けないといけませんけど、絶対に避けられるわけではないので、そういう可能性があることは知っておかないといけません。毎年、公務員試験で全落ちする人たちが一定割合でいるので、絶対に出てしまうのです。特に面接試験で全落ちしたときには結構厳しい状況であることを頭に入れておいて欲しいと思います。

 

 

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