就職しないで、ブロガーになった人のBlog

就職して雇われてお金を稼ぐという従来の働き方にとらわれない、未来の生き方を模索していきましょう。

レッテルを貼られて嫌がる人、怒る人の気持ちが理解できません(笑)

世の中にはレッテルを貼りたい人が大量にいると思う。しかし、レッテルを貼る側に関しては、基本的にはバカだと思う。ちなみにここで言う「バカ」ももちろんレッテルだ。私は自身が他人からどう思われても気にしないので、平気で自分自身がバカだと思うレッテル貼りを他人にするが、その意図はレッテル貼りをする怒る人がいるから。相手に精神的ダメージを与えたいときには便利です。レッテル貼りにはいろいろなものがあるけど、例えば以下のツイートがそれです。

 

このツイートは転売行為が「小売」に当たる、当たらないに関する考えを述べたものです。小売りに当たると考えるのもレッテルだが、当たらないというのもレッテルだ。私はこのツイートのような小売業に当たるか?当たらないか?を検証すること自体が愚かだと思っているし、もちろん転売を小売業だと言い張る転売屋も愚かだと思っている。私は転売は全面的に肯定派ですけど。小売業に当たる、当たらないを検証している時点で頭が・・・と思うのだが、そもそもこのツイートはもっとおかしなポイントがある。恐らくこのツイートをした人は転売は小売業に当たらないという意図で、このような内容のことを書いたのだろう。しかし、前にも同じようなことを書いたんだけど、ここに述べられていることは、転売の実態とこの人がイメージする小売の違いを述べただけ。例えば殺人という言葉があるが、殺す人数、殺す手段、殺す動機などはケースバイケースで違う。しかし、それらに違いが生じても、全部「殺人」と表現することに違和感はないはず。つまり、そういうこと。

 

小売業だって、それぞれに違いはありますよね?(笑)扱っている商品のジャンル、お店の規模、お店の立地など、挙げたらキリがないかもしれないが、小売業に当たる商売だって違いはある。ここで述べられている違いが、なぜ小売業に当たる、当たらないの違いになるのか?の説明が一切ない(笑)遊戯王カードとかでもいるんですよ。本物と偽物のカードの違いをドヤ顔で語っている人間が。本物同士のカードを見比べたってどこかに違いはあるのに、その違いがなぜ本物と偽物の違いになるって断言できるのか?誰も述べない(笑)エラーカードという概念があるせいで、正規のカードとは明らかに違う本物というややこしい存在が生まれている中で、本物と偽物を確実に見分けることはほぼ不可能だと思いますがね(笑)単なる個人的な推測を、自信満々に語る人たちの頭は本当に理解できませんよ。

 

話は戻るけど、ここで述べられているのは単なる売り方の違い、つまり手段だ。その手段の違いがあることで、小売業に当たらないとなぜ言えるの?闇金だって、結局は(違法な)金融業って誰もが思うんじゃないですか?(笑)利息の取り方など、明らかに手段は正規の金融業者とは違うと思うけど。小売業の定義を持ってきて、転売の実態はこうで、だから小売業に当たらないんだ。という説明なら分かる。しかし、小売業の定義とは関係なく、転売と小売りの違いだけを述べても、は???って感じだ。「ぜんぜん違う」っていうけど、「ぜんぜん」っていうのも、この人のさじ加減の話で、その違いが「ぜんぜん」と言えるのか?という問題もあるがね。「大した違いじゃないじゃん!」って、反論してきた人になんて返すの?(笑)感想しか出てこないと思うんだけど(笑)それにだ、転売屋が小売業じゃないってことは、業種は何になるんですか?(笑)転売が商売じゃないって主張をする人はまずいないと思う。ってことは、何らかの業種に当てはまっているはずなんですが、小売業じゃないならなんなんでしょう?そこまで考えてるんですか?(笑)

 

同じようなことは私も経験してるんですけどね。私に論破されて、よほど悔しかったのか、「お前病気だな」とか言ってきた人間がいたのです。ここでいう「病気」ももちろんレッテルです。否定する材料がないので、相手からすれば私を病気扱いするしかないわけです。ただ、当然病気って言うならば、何の病気なの?って気になるわけですよね。そこを聞きましたよ。「病気って断定したならば、病名なんなんですか?」と。予想通り答えられない。特定の病名に該当する状況に陥っているからこそ、病気の状態にあるわけです。だから、病気=病名が存在するはずなのだが、バカはそんなところまで考えられません。もちろん、この場合の病気というのは単なる詭弁だから、この場合には病名がなんであるか?判断できない状態でも病気と罵るわけですがね。結局、レッテルを貼ってくる人間は論破が容易なんです。中には反論が来なくなると、「呆れたから返信しなくなっただけ」とか周りで言ってくる人もいるけど、「反論ができない状態なら、呆れたことにするのが1番得策だよなw俺も今度反論に困ったときに使わせてもらおっと!」と言い放つこもあった。もちろん周りの人間に「じゃあ、どこにどう呆れたの?」って聞くと、呆れただけというのが、単なる詭弁であることがバレますけどね。

 

ようやくここで本題に入るが、レッテルを貼る人間は基本的に何も考えていない人なんだと思う。むかつくから相手を否定する気持ちが真っ先にきているだけ。だから、何の根拠も言えない発言を平気でする。カッとなって人を殺すタイプの同じだと、私は思ってます。世の中にはそんなレッテルを貼られて怒る人間もいると思う。でも、なぜレッテルを貼られると怒るのでしょう?私はレッテルを貼る側の気持ちを理解しているつもりだ。気持ちというよりは、脳内構造と言った方がいいかもしれない。私は基本的にレッテルを貼ってくる人間がいた場合には、その人を論破するのが容易なので、怒る理由がない。頭悪いことを言ってんなwくらいには思うけれども、怒りはしない。面白いので、さっきみたいにそのレッテルを貼った根拠を問うこともありますけどね。そもそもレッテルってのは、その人がそう思っているに過ぎないんですよ。西村博之氏が以前、ネットにおける炎上を嫌う人に対して「炎上って、ネット上で特定の文字列がざーっと大量に並んでいるだけじゃないですか?無視すればいいと思うんですよ(笑)」って言ってたのですよ。パソコンやスマホで特定のページを開かなければ、いつもと変わらない日常なのです。レッテルも同じで、そう思う人が世の中にいるだけだと私は思っています。特定の人が私のことを病気だと罵っても、私が何らかの病気にかかるわけじゃない。無視しちゃえば何の害もないんですよね。これはレッテル貼りというよりは、悪口全般に関しても同様ですけどね。

 

世の中にはレッテルを貼る人間、レッテルを貼られるのを嫌がる人間がいます。レッテルを貼ったところで、対象のものに何かしら実質的な変化が生じることはありません。犯罪者と罵っても、犯罪者は犯罪者のままだし、犯罪者じゃない人が犯罪者になることはありません。冒頭の転売屋の話だって、小売りに当たったらなんなの?って話ですよ。転売屋が小売だったら何か変わるの?(笑)仮に転売屋を否定する連中を論破したとしても、彼らの見方が変わるわけじゃない。自分たちが論破されても、転売屋を憎み続ける状況は続くでしょう。何の変化も生じないと思います。貼られた側が精神的に嫌な気分になることがあるから、それを狙ってやってるんだろうけど。でも、嫌な気分になる必要性がないので、無視すればいいと思ってるんですよ。それか私みたいに根拠を問えばいいんじゃないですか?根拠が出てこない、または出てきても感情論になると思う。そしたら、その感情論の根拠をまた問えばいい。例えば、「どこで病気だと思ったの?」と聞いて、「お前の言動がバカだから」と返ってきたら、「どこでバカだと思ったの?」と再度聞くわけだ。相手も嫌気が差してそのうち返信をやめるだろう。レッテルを貼る人間は何も考えてない。何も考えてない人間の意見に何の価値があると言うのか?

 

 

あわせて読みたい記事