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人間のうち、大半の者の知能は犬や猫のそれと大差ないと思う

この記事のタイトルを見て、イラっとした人がいれば、私はっその人を相当頭が悪いと思うでしょう。私はまだ犬や猫の知能の程度について全く述べていないですからね。犬や猫の知能に関して一切評価していません。その状況でイラっとした人、不快に思った人がいれば、犬や猫の知能を相当低く評価しているのだろうと想像されます。犬や猫からしたら相当失礼な状況でしょうねw私は犬や猫の知能レベルに関しては、この世に存在する生き物の中では2位だと思っています。これは非常に大雑把な評価でしかないけど、2位タイです。要するに一部の知能を発揮できる生物とそれ以外のほぼ知能を発揮できない生物の2種類しかいないと思っています。で、2位に該当する生物が99%だと思っているので、犬や猫の知能レベルってのは、私の中では圧倒的多数派であり、普通ってことです。で、そのレベルに人類の大半も該当していると思っています。

 

猫を例に挙げると、猫って知能を使っていると思える行動が私には一切見られない。ほぼ全ての行動が本能によって無意識に行われているのではないか?と、私は考えています。非常に面白いシーンがあって、以前Youtubeである動画を見たときの話をしたいと思います。、チュールという、猫は割と好きなクリーム状の食品があります。このチュールを紙コップの中に入れて猫の前に置いたらどうなるか?という検証をしていたのです。ちょっとかわいそうな面も感じるけれども。当然、チュールは紙コップの底の方に溜まっており、普通に舐めようとしても届きません。で、この状況で猫はどんな行動をとったのか?というと、予想通り顔を突っ込もうとしますが、全く入りません。その後は前足を紙コップの中に入れようとしますが、それも入りません。その後はこの2つの行動をとる以外はありませんでした。そして、最終的に諦めたのです。人間であればどういう行動をとるでしょうか?仮に私が頭は人間のままで、身体だけ猫になったとしたら、紙コップをひっくり返すでしょう。そうすれば、チュールは液体と固体の間のような形状なので、徐々に垂れてくるはずですから、それで舐めることができます。

 

恐らく同じような行動をとるだろうなと考える人が多いんじゃないですか?でも、これって知能じゃないですよね。これは知識なのです。人間には重力の知識がある。その知識があれば、チュールをなめる方法は一瞬で思いつくと思う。だから、これは頭で考えた結果ではなく、思い出した結果という言い方ができると思います。要するに飲み物を飲む行動と一緒なのよ。飲み物を飲むときにはコップをさかさまに近い状況に持ってくるわけだ。重力を利用して口の中に入れようとする。それをやっただけ。飲み物を飲むときに頭で考えて行動をしている人はまずいない。無意識のうちにやっている行動なのです。この猫が起こした行動のうち、顔を突っ込むに関しては、普段の食事の風景と同じ。つまり、無意識にやっている行動と同じであり、どの猫でもできる。何も考えなくてもできる。前足を突っ込む行動に関しては、普段の食事ではやらない行動だろうけど、前足を使って何かをするという行動、つまり前足を道具として使うということは普段からしている。歩くという行動がそうだね。これも考える間もなくできるだろうし、どの猫でも割と思いつくと思う。やるか?どうかは別ですけど。サイズ的に最初から無理だと諦めるケースもあるかもしれない。ただ、動画では2匹ともやってました。人間も届かないものを獲ろうとするときに手を伸ばすことは無意識にやるだろうね。手を伸ばしたら取れる確率が上がるかな?なんて考えないですよね。上がるに決まってんだろ!と無意識に思ってるんじゃないですか?

 

どの動物、どの個体でもほぼ行える行動というのは、ほぼ知能ではないと思っています。同じ種の遺伝により、それが無意識に行える状態になっていると思うのです。人間であれば言葉を話せるというのは代表的ですが。頭で考えた結果、言葉を話せるようになったわけじゃないですからね。母国語以外に関してもあらかじめ言語を身に付けるための方法論が存在していて、それを実践したから身に付いたわけだから、これは知識なんですよ。身に付けるために知識をアレンジしたりして、独自の方法を編み出したとかならば、知能と言える余地はあると思う。つまり、私に言わせれば、常識的な行動=知識、非常識な行動=知能だと思っているのです。全部が全部そうとは言えないかもしれないけど、傾向としてはそのように捉えています。他の人、他の動物ができないことを行い、自分の望みを達成した状況が知能だと思っています。結局、自分のこれまで蓄積されている知識に頼らないというか、知識のみに頼らないという点が、知能と言えるポイントだと、私は思っているわけです。知能って言葉も結構漠然としているので、どのように捉えるのか?は人によって異なる面があると思いますから、参考程度に聞いてほしいですが。

 

常識的な行動しかとれない人は、知能を活用しているシーンが限りなく0に近いと思っています。知能犯って言葉があるように、警察や民間人などが想定できないような手段で犯罪を行い、目的を達成した人間がいれば、その人は知能を使っているだろうな。オレオレ詐欺とか、振り込め詐欺を最初にやった人は私は本当に頭いいなと思いますよ。前にも似たようなことを書いたけど、損得じゃなくて、善悪で自分の行動を決定する人が世の中にはたくさんいます。このパターンの人はまさに知能が使えないタイプだと思う。この場合の善悪はたいてい、世の中の常識的な価値観に沿っているもの、もしくは自分が直感的に感じたものが基準になっている。どちらにしても、自分で考えた結果ではない。

 

人間以外の動物を見ていると、人間と比べて大きな違いを感じる部分があるのですが、それは自殺です。私は自殺は人間しかしないものだと思っています。実際はどうか?は分かりませんが。ネットで調べてみると、動物でも自殺をするケースがあると書かれていたことはあるのだが、それを読んでみると、これって自殺じゃなくて自殺行為のことだよね?と思えてきます。それも踏まえて人間以外の動物は、そもそも死という概念があるのか?が分からない。そして、自ら死ぬ方法を知っているのか?も怪しいと思っています。だから、無理なんじゃ?と思うのです。野良猫とか見るとさ、人間が餌をやると必死で食べている姿があるんだけど、こういうシーンを見ると、自殺ができないんだなと思うし、知能ではなく、本能のみで生きている印象になるわけです。だいたい野良猫って、腹がめちゃくちゃ減っているケースが多いと思うのですが、腹を満たしたところで、腹ペコの苦痛はまたやってくるのです。腹を満たすことは次なる不幸の前触れになってしまっています。飼い猫じゃない、野良猫の場合には、次餌にありつける保証はないでしょう。だから、腹を満たしたら、またそこから空腹を味わうケースが増えるだけ。野垂れ死んだ方がマシなのでは?と私はマジで思っている。人間のホームレスよりも悲惨です。人間は犯罪を含むならば、生き延びる方法がないわけじゃないし、知識として知っている。しかし、猫には確実に餌を見つけるための知識もないだろうし、方法論としても思いつかないだろう。

 

人間の場合、そこまで頭が及び、この先の自分の人生に絶望したときには自殺を選ぶ人がいるわけです。自分のこれまでの人生を振り返り、このまま生きていくならば死んだ方がマシと判断したときに自殺は行われる。そこはある種の知能の活用はある気がします。常識に沿っていないということもありますが、結局合理性を判断しないとできないことですから。無意識のうちに、突発的にするケースもあるんでしょうけど。でも、人間以外の動物はそもそも未来予測ができない可能性もあるが、未来予測ができたとしても、目先の利益に食いついてしまうわけだから、こういうシーンを見ていると本能的に生きているんだろうなと思えて仕方ないです。腹が減ったから餌を求めるという指令通りに生きている。私から見ればロボットと差をあまり感じないんですよね。人間には意思を持って生きているように見えても、実態はあらかじめインプットされたデータ通りに身体を動かしているだけ。だから、ロボットに見えるのです。ロボットの中にも生き物に近いものもあるんだろうけど。ただ、そこで一部の人間と他の動物の知能の差を感じます。本能的に生きようとしてしまうことが非合理的であるという可能性が恐らくないと思うのです。ただ、本当に本能で生きているならば、不幸という感情もほとんどないはずなので、それ自体が問題とも言えないわけですけど。そういう意味では、本能的に野良猫が餌を食べようとする状況もどうでもいいって評価になります。ただ、知能の面で言えば、世の中に1%くらい存在していると思われる一部の存在との違いを感じる部分として、個人的にはかなり印象的だったのです。私が見ている限り知能をまともに使えている存在は、人類の中にもほぼいないように感じます。

 

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